上 下
283 / 885
第五章 破滅を招くもの

388 冬生まれのハグレ

しおりを挟む
 この里では地鳥と呼ばれる飛ばない鳥を各家の庭で養っていて、その卵がよく採れるとかで、朝食には芋と穀物と半熟卵の粥が出た。
 栄養のありそうな美味しい朝食だった。
 ゆっくりと休める場所と美味しいものを振る舞ってもらったのだから、その分きちんと働いて返さねばならないだろう。

 勇者一行と俺とメルリルとフォルテは、名主さんから紹介してもらった魔物を見たというきこりの一人をつけてもらって、山に入ることとなった。

「なかなかきれいに整備されている山だな」
「へい、あっこに鉄道があるでしょ? 伐採した木は列車にどんどん積み込んで集積所まで運べるんでだいぶ楽に作業が出来るようになりましたからね」
「列車が通ったのは最近なのか?」
「へい、ここ十年ってとこでしょうか」
「なるほど」

 列車の普及は帝国とそれほど大きくは変わらないようだ。
 技術は北冠が独占しているという話だから外に提供しだしたのがその頃ということなのかもしれない。

「魔物は奥のほうで見たのか?」
「へい。親父の代からはとんとでかい魔物の被害はなかったんで、気い抜けてたんかもしれません。爺さんからは口うるさく魔物に気をつけるように言われてたんですがね」
「そうだな。今までいなかったから安心ということはないからな」
「そんとおりです」

 きこりの男は健脚で、魔力持ちでもないのに冒険者並の脚力でさっさと山道を進んだ。
 俺たちからすれば道などないように思える場所も、彼にとっては慣れた道なのだろう。

「あ、そっちのほうの獣道は奥に猟師の罠がありますんで気をつけてくだせえ」

 分岐した細い道を見つけてそこをガサガサやっていた勇者にきこりの男が注意する。

「おおそうか。すまない」

 勇者は一言謝ると、戻って来た。

「猟師の罠は多いのか?」
「それほどでもないですね、浅いところにいくつか仕掛けてあるだけですよ。奥にはあまり仕掛けないんです。山に入ると壁の手前までは獣にとっちゃあまり餌場がないんですよ。壁の向こうは植林をしてない自然林なんで生き物も多いんですが、その分魔物もいますからね」
「ふむ、しかしそれならその豊かな森から壁のこっちに魔物が来るというのも少しおかしいか」
「へい、それで、ギッシの奴は、……ああっと、猟師の男ですが、おそらくハグレだろうと言ってました」
「夏場にハグレが?」

 俺がそう言うと、きこりの男が顔を綻ばせる。

「いやあ、ギッシの奴と同じことをおっしゃるんですね。あの男も夏場にハグレは珍しいが、もしかすると冬生まれの個体かもしれんと」
「冬生まれ!」

 俺はその情報に気を引き締めた。

「師匠、冬生まれのハグレだと何が問題なんだ?」

 勇者が気になったようで尋ねて来る。

「冬生まれの魔物は、飢えを魂に刻まれていることが多いんだ。何年かに一度程度生まれて大きな被害を出すことがある」

 俺の答えに勇者たちは緊張した面持ちになった。
 メルリルは俺の後ろでコクコクと首を振って俺の言葉を肯定している。

「へい、ギッシの奴もそう言ってました。そんで名主さんに軍隊を呼ぶように詰め寄ってたんですが、名主さんが無理だとおっしゃって……」
「まぁ軍隊ってのは被害が出てからじゃないと動かないもんだからな」
「まことその通りで」

 きこりの男が肩を落としてため息をついた。

「王さまを悪く言う訳じゃないんですが、やっぱり中央のお方たちはわっしら僻地の人間はどうでもいいんかなって思っちまいますよね。壁の件といい……おっと、よけいな愚痴を、すんません」
「いやいや、わかるよ。俺も生まれは僻地の農村でね」
「おお、そうでしたか」

 そんな話をしながら、俺たちは問題の場所に到着した。
 そこは崖の上から沢を見下ろせるようになった場所だった。

「こん場所は、わっしたちが休憩のときに沢に下りて水を使うための階段があるんですけんど、こっから川の上流のほうを見たときにでっけえ魔物が魚を獲っているのを見かけた奴がいて、腰抜かして皆を呼び集めたんです。そんで俺も見て、こりゃあやべえって、こっちのほうには近づかなくなったんで」
「どんな奴だった?」
「穴熊に似てたんですが、ずっとデカくて、毛が逆立ってました。驚いたのは、そいつが川に顔を向けると、水がつむじ風に巻かれたように魚ごと巻き上がってたことですね」
「風の魔術を使うのか。厄介そうだな」
「へい」
「ここまで案内ありがとう。ここから先は危ないからついて来ないほうがいい」
「わかりました。先生たちもお気をつけて」

 気のいいきこりの男を帰すと、俺たちは階段を使って沢へと下りる。

「嫌な地形だな」
「ええ、逃げ場がないですね」

 俺の言葉に聖騎士が答える。
 川と河原を合わせても、この沢の幅はせいぜい大人五人が手を広げて横に並んだ程度だ。
 大きな魔物と戦うには足場の問題を考えても不利だろう。

「とりあえず上流へ向かうか」
「わかった」

 勇者がうなずく。

「フォルテ、先行を頼むぞ」
「ピッ!」

 バサリと羽根を広げたフォルテが、鮮やかな青い光を撒きながら上流へと飛んで行った。
 川の流れを見て、嫌なことを思い出したのか、聖女が少し顔をしかめている。
 大丈夫、今度はいきなり死体が流れて来たりはしないはずだ。

 沢を遡って行くほどに川幅と河原が狭くなり、川そのものが深くなって行く。
 俺は河原や崖の斜面を調べながらゆっくりと進んだ。

「ここに足跡があるな」

 河原の一画を指差すと、勇者たちは不思議そうにその場所を見た。

「え? ここって水たまりじゃ?」

 無理もない。足跡と考えるにはでかすぎるのだ。
 俺はその跡を指し示しながら解説した。

「ここが指。爪が地面をえぐった跡がある。こことこことここが指の跡だ。ちゃんと五つあるだろう? この深い穴は後脚で立ち上がったときのものだろう」
「そう言われてみれば確かに」
「そしてこっちの岩にあるのが爪痕。マーキングだな」

 その爪跡は、あまりに深すぎて、岩の亀裂のように見える。
 爪がかなり鋭い魔物だ。

 フォルテからの合図もなく、俺たちは更に奥へと足を進めたが、ふと、首筋にチリチリと焼け付くような痛みを感じた。

「下がれ!」

 叫ぶと同時に飛び退いた俺たちの前の空間を引き裂くような鋭い音が通り過ぎ、地面が半月状にえぐれた。

「えっ?」

 メルリルが驚きの声を上げる。
 土がむき出しの斜面の一つ。
 最近の雨かなにかで崩れたのであろうと思われた場所に転がっていた大岩がのそりと動いた。

「擬態か!」

 フォルテも気づかなかった見事な擬態を解いて、巨大な魔物が姿を表す。

「ガアアアアアアッ!」

 まるで鎌のように鋭い爪が四本ずつ、黒い尖った鼻に、ややはみ出し気味の牙からよだれが滴っている。
 赤く染まった目は魔力の供給過剰による血管破裂によるものだ。

「ハグレ、か」

 フゥフゥとその魔物の荒い鼻息が周囲の瓦礫を吹き飛ばす。
 そう、こちらが十分に準備を整える前に、ハグレの魔物との遭遇戦に突入してしまったのだった。
しおりを挟む
感想 3,670

あなたにおすすめの小説

集団転移した商社マン ネットスキルでスローライフしたいです!

七転び早起き
ファンタジー
「望む3つのスキルを付与してあげる」 その天使の言葉は善意からなのか? 異世界に転移する人達は何を選び、何を求めるのか? そして主人公が○○○が欲しくて望んだスキルの1つがネットスキル。 ただし、その扱いが難しいものだった。 転移者の仲間達、そして新たに出会った仲間達と異世界を駆け巡る物語です。 基本は面白くですが、シリアスも顔を覗かせます。猫ミミ、孤児院、幼女など定番物が登場します。 ○○○「これは私とのラブストーリーなの!」 主人公「いや、それは違うな」

攫われた転生王子は下町でスローライフを満喫中!?

伽羅
ファンタジー
 転生したのに、どうやら捨てられたらしい。しかも気がついたら籠に入れられ川に流されている。  このままじゃ死んじゃう!っと思ったら運良く拾われて下町でスローライフを満喫中。  自分が王子と知らないまま、色々ともの作りをしながら新しい人生を楽しく生きている…。 そんな主人公や王宮を取り巻く不穏な空気とは…。 このまま下町でスローライフを送れるのか?

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

2年ぶりに家を出たら異世界に飛ばされた件

後藤蓮
ファンタジー
生まれてから12年間、東京にすんでいた如月零は中学に上がってすぐに、親の転勤で北海道の中高一貫高に学校に転入した。 転入してから直ぐにその学校でいじめられていた一人の女の子を助けた零は、次のいじめのターゲットにされ、やがて引きこもってしまう。 それから2年が過ぎ、零はいじめっ子に復讐をするため学校に行くことを決断する。久しぶりに家を出る決断をして家を出たまでは良かったが、学校にたどり着く前に零は突如謎の光に包まれてしまい気づいた時には森の中に転移していた。 これから零はどうなってしまうのか........。 お気に入り・感想等よろしくお願いします!!

間違い召喚! 追い出されたけど上位互換スキルでらくらく生活

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は20歳独身、名は小日向 連(こひなた れん)うだつの上がらないダメ男だ ひょんなことから異世界に召喚されてしまいました。 間違いで召喚された為にステータスは最初見えない状態だったけどネットのネタバレ防止のように背景をぼかせば見えるようになりました。 多分不具合だとおもう。 召喚した女と王様っぽいのは何も持っていないと言って僕をポイ捨て、なんて世界だ。それも元の世界には戻せないらしい、というか戻さないみたいだ。 そんな僕はこの世界で苦労すると思ったら大間違い、王シリーズのスキルでウハウハ、製作で人助け生活していきます ◇ 四巻が販売されました! 今日から四巻の範囲がレンタルとなります 書籍化に伴い一部ウェブ版と違う箇所がございます 追加場面もあります よろしくお願いします! 一応191話で終わりとなります 最後まで見ていただきありがとうございました コミカライズもスタートしています 毎月最初の金曜日に更新です お楽しみください!

公国の後継者として有望視されていたが無能者と烙印を押され、追放されたが、とんでもない隠れスキルで成り上がっていく。公国に戻る?いやだね!

秋田ノ介
ファンタジー
 主人公のロスティは公国家の次男として生まれ、品行方正、学問や剣術が優秀で、非の打ち所がなく、後継者となることを有望視されていた。  『スキル無し』……それによりロスティは無能者としての烙印を押され、後継者どころか公国から追放されることとなった。ロスティはなんとかなけなしの金でスキルを買うのだが、ゴミスキルと呼ばれるものだった。何の役にも立たないスキルだったが、ロスティのとんでもない隠れスキルでゴミスキルが成長し、レアスキル級に大化けしてしまう。  ロスティは次々とスキルを替えては成長させ、より凄いスキルを手にしていき、徐々に成り上がっていく。一方、ロスティを追放した公国は衰退を始めた。成り上がったロスティを呼び戻そうとするが……絶対にお断りだ!!!! 小説家になろうにも掲載しています。  

積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!

ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。 悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。