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第五章 破滅を招くもの

381 山の防壁

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 俺たちの今の問題は現在地がどこかわからないということだ。
 予知者ウルスによると、研究所の所員のほとんどは北冠の人間だったとのことなので、地理的には北冠に近いだろいうという推測となった。
 まずは東に移動したいところだが、バカ正直に東に移動すると研究所の調査に来た連中とかち合ってしまう可能性がある。
 そこでこの場所を北冠の近くと仮定した上で、南へと移動することにしたのだ。

「ずっと山歩きになるんだが、子どもたちは大丈夫なのか?」

 勇者が不安そう言う。
 保護対象が突然大勢出来て困惑しているようだ。

「ミュリアにあの、なんと言ったっけ、行進魔法をかけてもらうしかないだろ」
「天使の行進だな。だがあれは疲労を軽減するだけだぞ」
「ないよりはマシだろ」

 という勇者との話し合いもあり、聖女に全員分の魔法「天使の行進」をかけてもらう。
 こわごわ魔法をかけてもらった魔力持ちの東国人たちは、特に変化を感じない魔法に拍子抜けといった感じだ。

「魔法ってもっとこう、派手なものだと思ってたぜ!」

 南海生まれのローエンスが跳ね回りながら言う。

「いくら疲れにくいと言っても、これから山登りだぞ? バテたら捨てていくから覚悟しろ」

 そうすごんで言うと、ローエンス本人よりも、ほかの周囲の子どもたちのほうが萎縮してしまった。
 子どもの扱いは難しい。

「ピャ!」
「む?」

 研究所の敷地からかなり離れた場所で、崖にそった細い道を注意しながら渡っていたときに、フォルテが敵を察知した。
 風切りワシだ。
 でかい。
 俺の知っている魔物の風切りワシと少し模様や全体の姿が違っているので、能力にも違いがあるかもしれない。

「風切りワシだ! 斜面にぴったりと体をつけろ!」
「いやああああ! 魔物!」

 大人の女性ネスさんが大きな悲鳴を上げる。
 襲うタイミングを図っていた風切りワシは、それがきっかけとなったのか、恐ろしいスピードで急降下して来た。
 近づくと、その大きさがよくわかる。
 大人が五人程手を横に広げて横に並んだぐらいだろうか?

「アルフ、任せる!」
「わかった」

 じいっと風切りワシを見ていた勇者は、地形的に武器を抜くのは無理と判断したのだろう。左手を一閃した。
 その手の甲から腕にかけて淡い光が文様をなぞって浮かび上がる。

「落ちろ!」

 まっすぐに、子どもたちの列に向かっていた風切りワシは、カクンと空中で姿勢を崩した。
 そして、次の瞬間、真っ二つに体が分かれて、血と臓物を撒き散らしながら落ちて行った。
 前から思っていたが、勇者はもしかすると詠唱必要ないんじゃないか?
 かなり適当に術を発動しているよな。
 毎回必ずしっかりとした詠唱を行う聖女と比べて魔法の発動が自由すぎる。
 まぁ神罰魔法とやらのときはきちんと詠唱しているようだが。

「す、凄い!」

 怖くて目を瞑っていた子どもの一部と大人組は何が起こったのかよくわかっていないようだったが、目を開けて成り行きを見守っていた子どもたちは勇者の魔法にいたく感動したようだった。

「にーちゃん凄い! ぼ、僕も、そういう魔法使えるようになる?」

 ええっと、確かエイエイだったか? 北冠生まれの男の子だ。
 年齢は八だったか九だったか……人数が多すぎて年まで覚え切れないぜ。

「んー、どうかな。こういう系統魔法は大聖堂から付与された教本で習うんだ。天性の魔力持ちはあんまり魔法とか使わないよな」

 そう言えばという感じに勇者が言った。
 というか、その言い方で子どもに理解出来る訳ないだろ。

「どういうこと? 学校とかで習うの?」
「学校というのは確か集団教育の場所だな。魔法に関しては書物を読んで師匠とマンツーマンで習う。普通は家ごとにお抱えの魔法の専門家がいるからそういう教師に習うんだが、俺の使う魔法のほとんどは紋章に刻まれているんでちょっと違うな」

 子どもたちは勇者の話がよく飲み込めないようだ。
 逆に大人であるウルスが興味深そうに聞いていた。

「それで、結局僕にも使えるの? 使えないの?」

 あ、エイエイもじれたのか、怒ったような口調になっている。
 そうだよな、訳わからんこと言って煙に巻いたように思えるよな。

「お前たちには魔法は無理だ。自分に合った魔力の使い方を探せ」
「なんだよ、ケチ!」
「ケチとはなんだ! 俺は親切に教えてやったんだぞ!」
「え~、ケチだからケチだよ!」

 あ、勇者が不貞腐れた。
 おまえ、十は年が下の子相手に本気で腹を立てるなよ。

 ともあれエイエイだけでなく、魔力持ちの子どもたちは総じて魔法に興味しんしんのようだった。
 その後も休憩ごとに勇者と聖女は子どもたちのなぜなに攻撃を受け、山越えの疲労以上に精神的疲労でかなりまいってしまったのである。

 ときどき襲って来る魔物を撃退し、目についた食用の植物を採取して、動物を片手間に狩りながら南下した俺たちは、左手に巨大な防壁を間近に見ることとなった。

「これは、ええっと、央国の巨大な要塞というやつか?」
「いや、壁自体は人の住む場所と魔物の棲む場所とを隔てるために国の西側に延々とあるんだ」
「こんな壁を延々と造るとかどれだけ手間暇と資材が必要なんだよ。普通考えても実行しないよな」
「造ったときには全ての国から国の運営予算なみの金を出させたらしい」

 俺とウルスが壁を見ながら話していると、その内容に勇者が呆れたような顔をした。

「嘘だろ。普通は反対する国が出て来るだろ」
「かなり昔の話で俺も全部知っている訳じゃないが、反対した国では不幸が起きて、トップが変わったようだぞ」

 勇者の疑問に答えたウルスの話が物騒すぎる。

「マジかよ」
「神罰による不幸だと教わったぞ」
「どう考えても人為的なもんだろ。それか……」

 勇者は眼光鋭く、東にそびえる壁を見た。

「神を名乗る何者かのしわざか」
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