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第五章 破滅を招くもの

376 合流の後に

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 俺たちが崖の下に戻ると、捕まっていた人たちは無防備に見晴らしのいい草地に座り込んでいた。
 普通せめてなにかの遮蔽物があるところに身を寄せるもんじゃないのだろうか?
 不思議に思ったが、まぁ精神的に疲弊してそれどころではないのだろうと推察する。

「当面の危険はなくなったみたいだが、あんたたちはどうする? どこかに行きたいなら依頼として受けてもいいぞ」
「依頼だと?」

 ほかの人間がぼんやりとしているなか、予知持ちの男ウルスが聞き返して来た。

「俺たちは西方からやって来た冒険者だ。まっとうな依頼なら受けるにやぶさかじゃないぞ」
「冒険者だと? はっ、こりゃまた古風だな。西はまさかまだ馬車に乗っていたり剣を振っていたりするんじゃないだろうな?」
「そのまさかだ」
「マジかよ……」

 ウルスは呆れたように言ったが、その声の響きはどこか子どものようにワクワクしたものだった。

「ガキの頃は憧れたもんだよな、騎士さまに勇者さま。なぁ、そこの坊主?」

 ウルスは一緒に逃げて来た子どもたちのほうへ話を振る。
 子どもたちは一種のショック状態のようで、表情から感情が抜け落ちて、ものを考えられないような様子だった。
 しかし、ウルスの言葉を受けて、そのなかの少女が微笑みながら言った。

「私、女騎士に憧れたなぁ。女でも騎士さまになれるのかな?」
「女騎士は少ないが、女性の貴人を守るために必要だからある程度はいるぞ。なかには下手な男よりも体格のいい女もいる」
「えっ、ムキムキの筋肉はちょっと……」

 勇者の説明に、少女が焦ったように言って、周囲は少し笑った。
 笑ったことで少し気持ちがほぐれたのか、彼らはやっと自分たちの状況に困惑を覚えたようだ。

「ともかく、その合成魔獣キメラにされた子たちを俺たちの仲間のところへ連れて行こう。ミュリアならなんとかなるかもしれない」
「そうだな。少なくとも意見を聞いてみたい」

 俺の提案に勇者がうなずく。

「おい、俺たちもついて行っていいんだよな?」

 ウルスが焦ったように言う。

「依頼するのか?」
「わ、わかった。俺が全員分の依頼を出す。無事に行きたいところに送ってやってくれ」

 意外と太っ腹なことを言い出したウルスに感心した。

「へぇ、あんた金にうるさそうな匂いがしたんだが、案外いい奴なのか?」
「そういうことを面と向かって聞くのかよ。別にそういうんじゃねえよ。そのほうがいい方向に転びそうだと俺の勘が告げているのさ」
「予知か」
「ん~そこまではっきりとしたもんじゃねえけどな。これまで俺はこの勘に導かれて生きて来たんだ。まぁ一回ドジを踏んじまったが」

 予知者というのは不思議な存在だ。
 予知者は教会の盟約者からは生まれない。
 純粋に天然の魔力持ちだけの能力なのだ。
 西方にも少しだけ予知者はいる。
 彼らはたいがい預言者として貴族に仕えていて、作物の出来や景気の動き、戦争の気配や魔物の動向などへの助言をしているそうだ。
 なかには商売人への助言で身を立てている者もいる。
 このウルスという男からはどちらかというと打算的な、商売人のような気配がした。

「あ、あの……」
「ん? どうした」

 確かカウロとか言ったか、こっちは天然の治癒者だったな。
 まだまだ子どもなのに、人を助けようとする気持ちが大きいらしい。
 治癒者は優しい人間が多いが、魔力の方向性というのはやはり本人の気質によるものなのだろうか。

「この子たち、このままだと……その……」

 暗い顔をして合成魔獣キメラの子たちを見ている。

「安心しろ。俺たちの仲間に治癒の専門家がいる。その人に診てもらうからな」
「あ、はい!」

 そんなこんなで、俺たちは仲間たちが隠れている場所まで移動することにした。
 研究所のある周辺は見晴らしのいい草地か、まばらな木々が生えている場所しかない。
 ゆるやかな渓谷を挟んでその向こうが何もない岩だらけの荒れ地という地形だ。
 何かあったときに身を隠す場所がほとんどなかった。
 メルリルたちがいる辺りが最もマシな場所なのだ。
 もちろん事前にフォルテを通じて連絡を入れておいた。
 囚われていた人たちを開放して連れて行くことは言っておいたが、研究所のやっていた詳しいことについてはまだ説明していない。
 フォルテを通じて間接的に説明出来るような内容じゃないしな。

「ダスター!」

 メルリルが駆け寄って来て抱きついた。
 いきなりのことにびっくりする。

「どうしたんだ?」
精霊メイスがひどく騒いでいたから心配で」
「そうか、心配かけてすまない」
「全くです」

 そう言って、そっと俺の胸に触れる。

「無事でよかった」

 こんな風に無事を喜んでくれる相手が出来るとは、思ってもみなかったな。
 ひどく不思議な感覚だ。

「……師匠。いちゃつくのは後でいいんじゃないか?」
「うおっ!」

 勇者が背後から睨んでいる。
 あー、一緒に逃げて来た連中がぽかーんとした顔で見ているな。

「その娘、あんたの奴隷か?」

 言われた言葉に思わず反射的に殴ってしまってはっとする。
 そう言えば東では平野人以外は奴隷扱いだったか、彼らにとってはそれが当たり前なんだ。
 仕方ないか。

「いてぇ! お前今、本気で殴っただろ? さっきのごたごたは無事に切り抜けたのに、今の一発で死ぬかと思ったわ! 見ろ! なんか腫れてるぞ!」

 俺に殴られたウルスが文句を言った。

「お前の予知も大概ポンコツだな」
「うっせー、日常のことにいちいち能力が発動する訳ねーだろ! それなら俺は今頃捕まってねーよ」
「……いいか、そっちのお前たちもよく聞け。西方では全ての種族が平等だ。種族による差別はない。そもそも彼女のような森人やほかの種族は俺たち平野人ともともと同じ人間だったんだ。魔力の影響の大きい場所を住処に選んだから特殊な性質を持つようになっただけの話だ。それを差別するなんぞバカバカしいと思わないか? 少なくとも俺たちの前で変な差別をするのは許さないぞ!」

 いい機会だから宣言しておくことにした。
 生まれてからずっとほかの種族を差別するのが常識だという場所で育った彼らにとって、俺の言っていることは逆に非常識だろう。
 だが、少なくとも俺の目の前でメルリルを奴隷として見る奴はどんな事情が相手にあろうと決して許さない。
 それは言っておくべきことだと思ったのだ。

「わかった。悪かった」

 意外にも、ウルスは素直に誤った。
 ほかの人間は戸惑っているようだったが、特に何か言う者はいない。

「あの!」

 いや、一人、先程女騎士に憧れたと言っていた少女がなぜか手を挙げて声を上げた。

「わ、私、たまたまほかの人と違った力を持っていただけで、あんな場所に閉じ込められて、魔物とくっつけられそうになっていたから、だから、私、人と違うから差別していいって考え方がとても嫌! 私も、もうほかの種族を奴隷とかにするの、我慢出来ない、嫌です!」

 ああそうか。
 この人たちは、差別される側を骨身に染みて味わったのだ。
 だからこそ、今までの常識を越えた考えを受け入れることが出来るのかもしれない。
 俺はそんな風に感じたのだった。
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