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第五章 破滅を招くもの

373 脱出行

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 山岳の民の女性が教えてくれた方向には小窓がある扉があり、鍵がかかっているのか押しても引いても開かなかった。
 取っ手のようなものもなく、鍵穴もないので、もしかすると例の登録している人間だけが開ける壁と同じなのかもしれない。
 ここでグダグダしていても仕方ないので俺は「星降りの剣」でさっさと扉を破壊した。
 本来なら俺の「断絶の剣」を使わなきゃ斬れないようなものでも簡単に斬れるんで俺は剣技を磨く必要もない。
 どんどん自分が駄目になっていくような気さえする。
 師匠にバカにされるはずだ。

「誰かいるか?」

 声をかけるが返事がない。
 ここは先刻の檻と違って、なかを見ることの出来る窓つきの部屋が並んでいる。
 手前の部屋を覗いてみたが、どうやらここにある数部屋には誰もいないようだった。
 奥へと進むともう一枚扉があり、俺はそれを考える前に斬った。
 その途端、音と臭いが押し寄せて来る。

「怖いよー」
「こっから出せ! 俺は一級市民だぞ!」
「助けて! なんでもするから、家に小さい子どもがいるの!」

 何人だ?
 見たところ一つの部屋に一人ずつ入っているようだった。
 ということは、全部の部屋に人が入っているとして十六人か?

「みなさん、今から扉を壊しますので扉から離れてください!」

 俺が声をかけると一瞬シーンと静まり返り、ぼそりと一人が尋ねた。

「出してくれるのか?」
「そう言ってます」
「おお!」「やった!」「よかったこれで帰れる」

 何か盛り上がっているところ申し訳ないが、ここを出たところで無事に家に帰れるかどうかまでは保証出来ないんだけどな。
 とりあえずわけもわからないまま閉じ込められた状態で死ぬことはなくなるだろう。

 俺はどんどん流れ作業の要領で扉を壊す。
 狭い部屋のなかには年齢や性別に特に脈絡もない感じで一人ずつ押し込められていたが、基本的に子どもが多いようだった。
 一人いた大人の男は、俺を見ることもせずに壊した入り口のほうへと一目散に走って行った。
 まぁこの状況の判断としては正しいと言わざるを得ない。
 残ったのは十代の少年少女が三人ほどと二十代の女性が一人、十歳以下であろう子どもたちが五人だ。
 誰も出て来なかった部屋を覗いてみたが、一人だけ発見して残りは空き部屋だった。
 全部で十一人いたところを一人が逃げたので現在十人となっている。

「あの……」

 二十代の女性が恐る恐る声をかけて来た。
 何が起こっているのか不安なんだろうと思い、説明をする。

「今、この研究所とやらの建物のなかで彼らが実験していた魔物が暴れているようです。逃げないと危ないでしょう。俺はここの関係者ではないので、あなたがたは正式に開放される訳ではありません。国には戻らないほうが安全かと」
「そんな! 家に子どもが待っているの。私、病院に定期検診を受けに行ったらそのままここに連れて来られて……」
「お、俺は、学校の検診の後車に乗せられて」
「僕はね、周りで変なことが起きるからって、ママと一緒にお役人さんに相談に行ったの」

 それぞれ連れて来られた事情はさまざまなようだ。

「悪いがゆっくり話を聞いている暇がない。とりあえず脱出するからついて来てくれ」

 みんながうなずくのを確認して俺は通路を逆に戻る。
 一人、部屋のなかでうずくまって無反応だった子どもがいたので、俺はその子だけ抱えて行くことにした。
 壊した扉を子どもも通れるぐらいにどかすのに少し時間がかかったが、とりあえず線による誘導がある通路に戻り、上に向かう階段へと進んだ。
 階段への上り口の前に到着すると、先程逃げ出した男性がいた。

「どうしました?」
「嫌な予感がする。俺の勘は当たるんだ」
「予知系ですか? 珍しいですね」
「予知系?」
「ここに連れて来られた人は全員魔力持ちなんでしょう? 天然の魔力持ちは魔力特性があって、ようするに向き不向きがあるんです。大概は自分の体の強化がせいぜいなんですけど、なかには放出出来たり、外や時空間の流れとかを感知するタイプとかいるんですよ」
「……詳しいな」
「俺は西方の人間なんで」

 男はぎょっとしたようだったが、焦ったように階段の上を見ると首を横に振る。

「駄目だ。ここを上がろうと考えると冷や汗が出る。俺の経験ではこの感覚は命に関わる」
「わかりました。でしたら安全そうな方向を感知してもらえませんか?」

 俺がそう言うと、男はしばし考えて視線を動かし、「こっちだ」と誘導し始めた。

『ジジジ……リミット……百……』

 数が減っている。
 とは言え焦ってもどうしようもない。
 勇者のほうはうまく行っているだろうか?
 そんなことを考えていたら、突然男がビクッと体を震わせて立ち止まった。
 どうした? と尋ねる前に、下のほうから激しい衝撃が突き上げて来る。
 どうやらあの少女と植物の魔物の合成魔獣キメラが上に上がろうとしているようだ。

「ま、まずい、死ぬ、俺はもう死ぬ!」

 男が叫び始めた。

「しっかり、自分の能力に呑まれては駄目だ! あんたが手綱を持つんだ! その力の主人はあんたなんだぞ!」

 俺がその体を揺さぶると、真っ青になっていた男の目の焦点が合い、俺を見てようやく震えを止める。

「そ、そうだ。俺が主だ。俺が、俺の会社を守らないと。クソ政府の狂信者共め!」

 何かわからないが、どうやら怒りで恐れを振り払ったらしい。
 男はあちこち見回した挙げ句、壁の一箇所を指さした。

「ここだ。何かわからないが、ここしかない」

 俺はピンと来て全員に少し離れるように言うと、その壁を崩した。
 案の定、そこには別の通路が繋がっていた。

「今どき剣などバカバカしいと思っていたが、案外役に立つものだな」
「俺たちの国では剣はメイン武器ですよ」
「野蛮だな」
「あんた方の国に比べれば全然平穏な国だと思うけどな」

 嫌味なのか思ったままを口にしただけなのかわからないが、東方の人間に西方が野蛮とか言われると腹が立つので言い返したら、男もしばし考えて「この状態じゃあ言い返せないな」などと言っていた。
 なんというか精神的に強いのか弱いのかわからない御仁だ。

 通路は薄暗かったが、真っ暗という訳ではなく、ところどころに室内灯が設置してあった。
 普段は使われていない通路という感じだ。
 子どもたちが不安そうにしているが、女性が一生懸命なだめている。
 十代のお兄ちゃんお姉ちゃんたちも小さい子の手を繋いだりしながら励ましているようだ。

「しっかりしろ! もうちょっとだ!」

 通路の先のほうから勇者の声が聞こえて来た。
 見るとやせ細った鹿のような下半身と二つの子どもの頭を持つ合成魔獣キメラを半分抱えるように引っ張って来ているようだ。
 勇者たちのいるところで通路が交わって三方向に向かっている。

「な、なんだ、あれは!」
「ばけもの!」

 俺と一緒に走っていた男性が子どもの合成魔獣キメラを見て後退る。
 女性は悲鳴を上げた。

「待ってくれ。あの子どもたちは実験でああされたんだ。いずれはあんた達もああいう風にされるところだったんだぞ」

 彼らが怖がるのは仕方のないことだったのだが、俺は思わずカッとなって言ってしまった。
 理不尽な怒りとわかっていても、あの子どもたちが今更同胞にすら怖がられるのは悲しすぎると思ったのだ。

「なんだ……と?」

 男はそう言って、あ然と目前の異形の子どもたちを見たのだった。
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