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第五章 破滅を招くもの

368 機械と獣

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 マドと呼ばれた男は素早く壁に触れた。
 ここまで何度もその仕草を目にして来たのだ、俺はその男が何をしようとしているのかに気づいた。
 慌てて飛び出しその手を押さえようとしたのだが、すでに遅く、研究員マドの触れた壁の横がパカリと口を開ける。
 そして研究員マド一人を飲み込んで再び口を閉じた。
 俺もその壁に触れてみたが、変化がない。
 あの空白地帯の機械と同じで、なんらかの符丁が必要なのだろう。

「仕方ないな、相手の陣地なんだから不利なのは先刻承知だ。アルフ、入って来た昇降機はどうだ?」

 アルフが素早く後退して入り口だった場所に触れるが、ここもぴくりとも反応しなかった。
 しかしまぁ俺も相手を見くびっていたようだ。
 多少は交渉の真似事をするかと思っていたが、いきなり罠に突っ込ませるとか思い切りが良すぎないか?

「師匠、前に進むしかなさそうだぞ」
「そのようだな。行くか」

 仕方なく先へと進む。
 壁は一面凹凸おうとつもなく、なめらかで手がかりとなるようなものがない。
 魔力が動かせないので体が重くて動きにくいし、無意識に周囲を魔力で探って得ていた分の情報が途切れたせいで、まるで目や耳の一部が利かなくなったようにすら感じる。
 こうして使えなくなってみると、自分がずいぶん魔力に依存していたことがわかった。
 依存というか、魔力はもはや自分の五感の一部だったのだ。
 ないと動きにくいどころの話ではない。

 通路は狭く一直線に続いていた。
 やがて、先のほうから物音がして来る。

「おいおい」

 キリキリキリ……、そんな耳障りな音を立てながらやって来たのは、いびつに骨を作って組み合わせたような見た目の何かだった。
 骨となっている素材が何かわからないが、硬そうだ。
 不格好な人体を模倣したその姿で重々しい足音を響かせながら俺たちに迫って来た。
 こいつがさっきの男が言っていた機械人形なのだろうか?

「とりあえず壊すか」

 俺は「星降りの剣」を抜く。
 あの男、何のつもりか知らないが、俺たちの武装を解除しなかった。
 俺も勇者も帯剣したままだ。

『ふはは、バカめ、その機械人形は頑丈だ。時代錯誤の武器などでどうにか出来るものか』

 さっきの男の声だ。
 どうやらどこかからこちらの様子を窺っているらしい。
 俺は無言で剣を振った。
 もちろん、剣技である「断絶の剣」を使うには多少魔力を必要とする。
 しかし、そもそもこの「星降りの剣」はドラゴンの爪から出来ているのだ。師匠が分不相応と言ったように、この剣には技などもともと必要ない。
 柔らかな草でも刈るような感触で、目前の機械人形とやらは両断される。
 ガラガラと、切断された体が床に当たって硬そうな音を響かせた。

「さすが師匠」
「いや、これを褒められても俺はちっとも嬉しくないぞ。剣が凄いんだからな」

 先へ進むと、少し広い丸い空間があり、さらに同じものが何体も出て来た。
 こうなるともう流れ作業のようなものだ。

「師匠、俺にも、俺にも残しておいてくれ!」
「大丈夫か?」
「師匠、知っているだろ。クルスの奴は魔力が全くない。それなのにあいつ、木刀で岩まで斬るんだぞ。物には全てそこを叩くと全てのつながりを断ち切れる筋があるとかなんとか言って」
「意味がわかるようなわからないような」
「だろ? 俺も悔しいから魔力なしである程度あいつと打ち合えるように頑張ったんだ」

 勇者が素早く前に出る。
 そして機械人形の足下を横薙ぎに払った。
 勇者の剣は国宝なのでかなりのわざものなのだろうが、それでも機械人形を斬ることはかなわなかった。
 あの男が自慢していたように、実際はかなり硬いのだろう。
 つくづくドラゴン素材は恐ろしいな。やっぱり俺には過ぎた剣なのかもしれない。
 とは言え、勇者に足を払われた機械人形はバランスを崩して転がる。

「はぁっ!」

 そこにさらに追撃して、勇者は気合一閃、機械人形の骨のつなぎ目の部分を破壊した。
 転がったその機械人形は、床でガチャガチャ暴れているものの、立ち上がれないようだった。
 思うんだが、この機械人形とやらは、なんで人間形状にしたのだろう?
 人間の形状は全体的に不安定だ。
 足が二本しかない上に縦に長いから横薙ぎの攻撃に弱い。
 足を多くして安定性のある形にしておけば、早々ひっくり返ることもなかっただろうに。

『おのれ、私の人形たちをよくも!』

 何かわめいてるが、とりあえず無視して周囲を観察する。
 俺たちがやって来た通路のほかに二方向に通路があった。
 片方はこの機械人形とやらがやって来た方向で、まだキリキリ、ガチャガチャと音が聞こえて来る。
 うへぇ、まだいるのか。

「あっちのほうへ行こう」

 俺は機械人形が来るのと別の方向の通路に向かうことにした。
 この場所に脱出路があるとは思えないが、ともかく何か脱出のヒントとなるものが欲しい。
 最悪の場合は「星降りの剣」で壁を壊して脱出するしかないが、どうもここって地下なんじゃないかと思うんだよな。
 その場合、どうなるんだろう。
 脱出出来ないだけならいいが、下手したら崩壊した瓦礫に押しつぶされてしまうかもしれない。
 うかつに力技でどうにかしようとは思わないほうがいいだろう。

 通路を進むと、段々酷い臭いが押し寄せて来た。
 貧民窟の臭いに似ているが、それよりももっと酷い。
 鼻を刺激して涙が出るような臭いだ。

「師匠、臭い」
「俺が臭いみたいに言うな。しかし酷い臭いだな。魔物かなにかを閉じ込めているのか?」

 そう言えばあの男、魔生物の研究をしているとか言ってたか。
 案の定、通路の先に檻が見えた。

「うっ」

 檻のなかに何かがいて、動いている。
 まるで骨がないようにうごめく様子はスライムのようにも見えるが、檻の隙間から出られないようだった。
 その理由はすぐにわかった。
 そのスライムには人間の頭がくっついていたのだ。

「うそ、だろ?」

 勇者は何かがこみ上げて来たのか、口を押さえて後ずさった。
 スライムについた頭はずっと「ゲゲッ、ゲゲッ」と呟いていて、正気ではなさそうだ。
 そう言えば昨日の連中が言っていたな合成魔獣キメラがどうとか。
 聞いたときには何のことかわからなかったが、もしかしてあれは、人と魔物を合成した獣という意味だったのか?
 川を流れて来た残骸は、その成れの果てだったのか?

 俺は腹の底から湧き上がる怒りの衝動に身を任せてこの場所を破壊したくなった。
 
「冷静に、落ち着け、考えるのをやめるな……」

 言葉を口に出して自分を落ち着かせる。
 心と体がこの先へ進むのを拒絶しているが、進まない訳にはいかない。

『怖気づいたか? だが、恐れる必要はないぞ。いずれお前たちもそいつらの仲間入りをするのだからな!』

 不快な声がどこからか響いて来る。
 どこにいるかわからなくて幸いだったな。
 目の前にいたら何かを聞く前に叩き斬っていただろう。
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