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第五章 破滅を招くもの

353 メッセリ候補の娘たち

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 里長によると、この里の住民は大人が三十四人、子どもが八人とのことだ。
 そのうちに森人は六人しかいないらしい。
 巫女メッセリ候補の子どもがいただけでも奇跡と言えるのかもしれないな。

 宴のことを伝えた里の人たちの反応は複雑なものだった。
 楽しみがほとんどない暮らしのなかでごちそうが食べられて騒げるのはうれしいが、余所者を歓迎するのは反対だという人が大半だったのだ。
 ただの余所者ならいいが、ほとんどが自分たちの敵である平野人だ。
 まぁ納得出来ないよな。

 巫女メッセリ候補の二人には、宴で歌と踊りを頼みたいと言う理由で里長に呼び出してもらった。
 
「私の里に伝わる歌と踊りで申し訳ないけど、基本を覚えたら自分たちで変えていいからね」

 十歳の森人の少女サリとは大地人のボリスの家で会っているのでそうでもなかったが、十八歳の森人の若い娘であるミヤは、俺たちの姿を見てひどく怯えた。
 俺や勇者たちが同席していては練習どころではなさそうなので、メルリルは里長の家の庭にあたる場所で、三人だけの指導をすることになった。
 その際に判明したのだが、サリは森人の言葉が全くわからず、ミヤは少しだけ覚えているという程度だったのだ。
 東の平野人たちは子どもたちを親から引き離して、ほかの種族の子どもとまとめて管理していたため、親から子への伝承が出来てなかったのである。
 酷い話だ。
 
巫女メッセリの唄は森人の言葉で歌うんだろう? 大丈夫か?」
「唄として覚えるだけだから。それに難しい言い回しとかはないからきっと大丈夫」

 メルリルはそう請け負ってくれたが、不安はある。
 とは言え、俺は門外漢なんで、メルリルに任せるしかないしな。
 料理に関しては、里の広場に土を使った竈を作ってそこで行うらしい。
 大地人たちがなにもないところから固めた土を切り出してレンガのように積んで竈を作る様子は驚きだった。
 大地人すげえな。

 里人たちは不安はあるものの、全員で準備をしている間にごちそうへの期待が段々高まっていたらしく、俺が料理場に顔を見せてもそれほど嫌な顔はしなかった。
 師匠の弟子のダスターだということを堅い角少年が触れ回ったようで、俺の顔を見てニヤニヤする男連中までいる始末だ。
 師匠、どんな話をしたんだ? 問い詰めたい。
 その師匠は、モンクを口説いていたと思ったらいつの間にか姿を消していたのだが、料理中の女性に囲まれている姿を発見することとなった。

「ここに水を入れればいいんだな」
「お願いね!」
「イルハスさまは腰が軽くていい男だね。ほかの男連中なんか遠巻きに見ているだけで手伝おうともしないし」
「お前たちが魅力的すぎて気後れしてるんだよ。察してやるのもいい女の努めだぜ」
「また、口が上手いんだから」
「おいおい、俺はいつだって本気だからな」
「うふふ」

 うわぁ、なんと言うか回れ右してここから離れたい。

「お、クソガキ来たんならお前手伝えよ。料理得意なんだろ?」
「得意なんじゃなくて、仕方なく覚えただけだ。それとこの年になってクソガキはねえだろ?」
「はっ!」

 くっ、鼻で笑われた。

「へぇ、お弟子さん料理得意なの?」
「嗜む程度です。何か手伝いますか?」
「じゃあ、これの皮を剥いで水に浸けておいてくれる?」
「アク抜きですか?」
「そうそう、わかってるわね!」

 という流れで料理を手伝うことになった。
 思ったよりも野菜やイモ類の種類は豊富だ。
 だが肉は俺たちが持ち込んだ分しかない。
 罠とか使えばもう少し改善しそうなんだがな、ここには猟師はいないということか。
 狩りというのは実はかなり労力を使う作業で大勢の人間が必要となるし時間もかかる。
 猟師は普段は罠を使って獲物を捕まえつつ、大物が必要なときに仲間を集めて狩りをするものだ。
 罠は手間がかかるが、少人数で出来るし効率がいい。
 少し罠の作り方とか教えておいたほうがいいかもしれない。

 さて、準備も万端整って広場には篝火が灯された。
 ついでに焚き火を作って全体を明るく照らすように調整した。
 広場にやって来た勇者たちは、聞いてみるとそれぞれ準備のときには勇者と聖騎士は薪割りを、聖女とモンクは食器作りをしていたらしい。

「薪割りというのは案外面白いな」

 勇者が楽しそうに言ったが、すぐに里長が渋い顔をしてみせる。

「こいつ最初は薪を細切れにしやがってよ。まぁ焚付に使えるからいいが」
「そうそう、おかげで力加減を覚えたぞ!」

 前向きだな、勇者。
 
「わたくし、不器用で……」

 その一方で聖女が落ち込んでいる。

「そんなことないよ、ちゃんと使えるから!」

 モンクが一生懸命慰めているが、どうやら食器作りが難しかったらしい。
 俺もそういうのは苦手だから聖女に少し共感を覚える。
 フォルテと若葉は飽きたのか、準備中は屋根の上で丸くなっていたようだ。
 
「それでは宴を始めよう!」

 カラカラカラと、硬い木の実の中身だけをくり抜いたようなものを連ねて出来た鳴子を振る。
 里長の家の屋根から下がっているものだ。
 意外と音が大きく響いて、この小さな里のなか程度なら聞こえるらしい。
 広場には草で編んだ敷物が敷かれていて、人々は適当にそれぞれ座った。
 竈に掛けられた大鍋ではグツグツと大量のスープが煮込まれ、その隣では俺たちの持ち込んだ燻製肉を練り込んだイモを使った焼き物が切り分けられている。
 里の人々の喉がごくりと鳴るのが聞こえた。
 それぞれの持つ器にスープが注がれ、上に蓋のように焼き物が乗せられる。
 食べ物の匂いに、誰もが顔をほころばせた。

「皆食べながら聞いてくれ。今朝魔物の洞から出て来た者たちは西から来た神の使者たる勇者さまの御一行だ。俺が一度切り落とした腕をそこの聖女さまが繋いでくださったので間違いない」

 里長の言葉に、夢中で食事をしていた人々の手が止まった。
 その視線が中央にしつらえられた舞台に立つ俺たちに向けられる。
 そこに込められたものが必ずしも敵意ではないことに胸を撫で下ろす。
 なかでも若い連中はかなり興味を持っているようだ。
 それと里長が一度腕を切ったことを知らなかった人がいたようで、かなり動揺している姿もちらほら見受けられた。

「とは言え、簡単に信用してしまうのは怖いという皆の気持ちもわかる。だが、彼らは俺たちの安全な暮らしのために手助けをしてくれると申し出てくれた。その手始めとして、我が里で巫女を育成出来ないか試してみたいとのことだ」

 里長の言葉に首をひねる者が多い。
 森人が少ないのだからそれはそうだろうな。
 だから里長もあえてメッセリという言葉は使わずに、一般的な巫女として話しているのだ。

「森人以外の種族は巫女とはどのようなものかわからない者もいるだろう。俺も幼い頃に姿を見ただけで、実際のところあまり知らないので、皆と気持ち的には差がない状況だ。メルリルさんによると、小難しいものではないらしい。まずはサリとミヤが普通に歌と踊りを披露して場を作り、その後にメルリルさんが巫女としての力の一端を見せてくださるとのことだ」

 そこで舞台に上がったサリとミヤを里長が全員に紹介した。
 狭い里なのでみんな顔を知っている。
 その知っている二人がいつもと違う衣装を着ているのを見て、里人は口々に「かわいい」「ミヤはそろそろ相手を決めてやれ!」などの声が飛んだ。
 巫女うんぬんよりも同じ里の女の子たちの着飾った姿が気になるらしい。
 
「メルリルさんによると、あまり堅苦しくせずに楽しんだほうが精霊の加護は受けやすいらしいので、まぁ、みんな気楽に楽しんでくれ」
「おー!」
「何かわからんが綺麗どころが見れるのはいいな!」

 気楽に囃し立てているのはいい大人の男連中だ。
 酒入ってないのに盛り上がってるな。
 どうやらミヤという少女は若い男に人気があるらしい。
 ぽーっと見とれているのが何人もいるぞ。

 とうてい巫女メッセリの候補決めの儀式っぽくはないが、とりあえず宴だからな。
 楽しんでくれればそれでいいか。
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