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第五章 破滅を招くもの

346 森の中の隠れ里

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 里長が合図をすると、周囲にいた連中はするすると姿を消して行った。
 森のなかを少人数で移動して大丈夫なんだろうか?
 そのことを里長に尋ねると、三人程度のグループに別れて、別々の方向から里へと戻るようにしているらしい。
 個人を守るよりも里を守るほうを優先しているとのこと。
 これはそうとう苦労して生活しているな。

「普通森人の里は特殊な結界に守られているはずだが、そういう仕掛けはないのか?」
「……残念ながら我らのなかにメッセリはおらぬ。柵を作り、見張りを立て、森のなかでやっと暮らしているのだよ」

 里長の言葉に俺は思わずメルリルを見た。
 メルリルは眉をひそめてその話を聞いていたが、我慢出来なかったのか口を開いた。

「あなたは先程ダルスと呼ばれていたが、それは里長の名前ではない。もしかして正式な里ではないのでは?」

 あー、俺もおかしいとは思ったんだ。
 名前に繰り返し部分がないもんな。

「そうだ。我らは一度里を奪われし者。位階の高い者ほど里との結びつきが強い。里から引き離されてしばらくして、二つ韻以上の大半は回帰病で死んだ」
「……そんな」

 メルリルは自ら里を離れなければならなかった身だが、それだけに森人が里を離れる辛さは知っている。
 同情したのか辛そうな顔になった。

「奪われたと言ったな。どういうことだ?」
「それについては里に到着してから話そう。道中に気を散らすのは危険だ」
「確かにそうだな」

 どうも最近はフォルテやら若葉やらがいるせいで、俺も警戒をないがしろにしていたかもしれない。
 気持ちを新たに周囲を覗いながら案内にしたがって進む。
 意識を周囲に向けた拍子に、師匠がモンクを口説いている様子が視界に入った。
 ……あの人は全く。

「美人だなぁ、何よりもプロポーションがいい。しなやかな筋肉が無駄なく全身に張り巡らされている。尻も安産型だ。さぞやモテるだろうな」
「私、男はあまり好きじゃないから」
「わかる。俺も男はあまり好きじゃない」

 まぁモンクは大丈夫だろう。
 聖騎士と勇者が警戒と戸惑いの視線を向けているが、その人少なくとも嫌がる女性に手を出したりはしないから安心してくれ。

 そうこうしている内に、木々の間から物見櫓がちらりと見えた。

「この先は道を外れると鳴子や罠が仕掛けてある。道から外れないように注意してくれ」

 里長が注意をして来る。
 道と言っても獣道なので、一人ずつしか通れないため、足元に細心の注意を払いながら進むこととなった。
 さまざまな方法で自衛しているんだな。
 まぁ当然か。
 人間が森に住むというのは本来は無茶なのだ。
 森人は長年かけて森に適応した種族だが、それでも彼らの里はメッセリの結界なくしては平安を得られない。
 メッセリがいない状態で森に住むのは危険すぎる。
 だがおそらくはそうしなければならない理由があるのだろう。

 やがて、頑丈な丸太で作られた柵で囲われた集落に到着した。
 柵の前には空堀もあり、村というよりは砦のような造りだ。
 少なくとも、大森林の湖の迷宮近くに最初作られていたキャンプ地よりは、防御面ではずっとマシな造りと言える。

 俺たちを見て、見張りは驚いていたが、里長が手を振って合図をするとうなずいて入り口を開けた。
 入り口も丸太を組んで造られた上に持ち上げて開くタイプで、いざというときにはロープを切ってすぐに入り口を塞げるようになっているようだ。

 俺はちらっと未だにモンクを口説いている師匠を見た。
 これ、もしかして師匠の指導かな?
 あの人、なぜか戦争のやり方とか妙に詳しかったからな。

 なかに入ると、すごく険悪なムードの出迎えだ。
 いろいろな種族の男たちが少し遠巻きに囲んでいる。
 いろいろな種族と言ったが、そのなかに平野人はいない。
 うーん、東側の平野人が他種族を亜人と呼んで差別しているということは聞いていたが、どうもそれどころじゃないような問題が起こっているっぽいな。

「里長、こいつらは!」

 なかから若手の山岳の民らしい男が叫ぶように問いかけた。
 俺たちを見る目はギラギラと敵意がむき出しだ。
 それに、服で隠れているが、どうも、体のあちこちに問題がありそうな動き方だった。
 片足を少し引きずっているし、片目も潰れているな。

「落ち着け。この人たちは敵ではない。平野人だが、西に住まう民だ。しかも、勇者さま御一行だぞ」

 里長の言葉に対する反応は、大半が戸惑いだった。
 そりゃあまぁいきなり勇者が西から来たとか言われても信じられないよな。
 何しろここは既に大陸の東側。
 地図で見ると、人が住む海岸沿いから山脈越しの西側にある深い森だ。
 普通に考えて大陸西の住人が通常ルートで辿り着ける場所じゃない。

「ほ、本当に西には別の国々があったのか……」

 おい、そこからか。
 てか師匠がいてその認識なのかよ。

「だから言っただろうが!」

 師匠がなぜか威張って言った。

「イルハス殿のお話は、とうてい本当とは思えぬようなものばかりだったから、まさか事実とは思いもよらなんだ」

 師匠、信頼されてないな。
 まぁあの人、ホラ吹きだからな。
 特に女性相手だと。

「お、おい、森人の女性がいるぞ。捕まっているんじゃないのか?」

 あ、またそれを疑うのか。
 多いのかな。
 そういうことが。

「みんな、いろいろ気になるだろうが、一人一人にいちいち話をしていては始まらん。広場に全員集めていっぺんに話をするから、気になることがある者はその場で尋ねよ!」

 里長がそう告げると、人々は納得したように散った。
 密集して造られている家からは、女子どもがちらちらとこちらを窺っているのが見える。
 この家、だいぶ変わった造りだな。
 すごく小さいが大丈夫なのか? 屋根しかないように見えるんだが。

「すまないな。みんな余所者が怖いんだ。気を悪くしないでくれ」
「訳ありなんだろう?」
「ああ。とりあえずうちに来てくれ」

 集落の一番奥にほかの家よりも二回りほど大きな家があった。
 何よりもほかの家と違うのは、柱を立てて床をその上に造っているところだろう。
 本来の森人の家は、自然に生えている木が何本か絡まるようにして空間を造っているもので、大工仕事はほとんど必要ないものなのだが、メッセリのいないこの里ではそんな家は造れないということか。
 一見して、里長の家の見た目は大きな櫓のようだ。
 そんな里長の家の木造の階段を上がってなかへと入ると、意外なほどに広い空間があった。
 奥には別の部屋があるようで、そこから女性が顔を覗かせいている。
 
「あなた?」
「ああ、大丈夫だ。客人にもてなしを頼む」
「わかりました」

 森人の女性だ。奥方かな?

「奥さんですか?」
「ああ。何もないところだが、まずは楽にしてくれ。これを尻の下に敷くといい」

 里長は俺たちに草で編んだ丸く平べったい敷物を渡してくれた。
 特にテーブルがある訳でもないので、俺たちはその敷物を敷いて適当に座る。

「我らについて、一番重要なことを知っておいてもらいたい。我らはみな、元は平野人の国に捕らわれて奴隷として働かされていた者だ。言うなれば逃亡奴隷だな」

 腰を落ち着けてすぐ、里長は衝撃的な告白を始めたのだった。
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