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第五章 破滅を招くもの

344 予期せぬ再会

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 男の使った剣はどうも切れが悪いものだったらしい。
 左腕の半ばに突き刺して力押しでほぼ折るような形で引きちぎった。

「俺は里を守らなければならぬ。……それゆえ、命はもとより剣を振る右腕もやれぬ。ゆえに、……この腕一本で許してはくれぬだろうか?」
「何言ってるんだ!」

 だから俺は話し合いが出来ない連中が嫌いなんだ。
 なんで勝手に自己完結して詫びを入れてるんだよ。
 男は剣を地面に刺すと、ちぎれた左腕を差し出した。
 いらんわ!

「里長!」

 周囲に隠れていた者たちがわらわらと姿を現した。
 森人だけでなく大地人や山岳の民もいる。
 ん、見たことのない種族がいるぞ。
 もしかしてあれが噂の水棲人か? 肌が青黒くてぬめぬめしているな。

「俺たちをなんだと思ってやがる! 見ろ! うちには心優しい女性たちもいるんだぞ、ショックを受けてるじゃねえか!」

 とは言え、どなりつけても仕方がない。
 このどうしようもない男の傷をなんとかしないとな。
 しかし結界の外に聖女を出す訳にはいかないし。
 
「ダスター師匠、わたくしが治します」
「あ、出て来ちゃ危ないぞ」

 気づいたら聖女が近くまで来ていた。
 傍にはモンクがぴったりとついて周囲を警戒している。
 聖女が動いたことで結界が解除されてしまった。
 
「なんでそいつは自分の腕を切ったんだ?」

 勇者が顔をしかめて聞いた。

「勘違いで襲った責任を取ったつもりのようだ」
「バカじゃないか」

 俺の説明を聞いて言い捨てる勇者に周囲の者たちが気色ばむ。

「なんだときさま! 里長は俺たちを守るために体を張ってくれているんだぞ!」

 言い返したのはまだ若い山岳の民だ。
 若いというか、まだ少年だな。
 勇者がよせばいいのにさらに言い募る。

「だからバカだと言うんだ。仲間を守るためにいちいち体を切り捨てていたらすぐに役に立たなくなるだろうが! それにこいつ自身もその里とやらの一員なんだろう? 里の者を自分で傷つけてるじゃないか」
「こいつ!」
「あ、こら!」

 仲間が止める間もなく少年は勇者に斬りかかった。
 獲物は剣じゃなくてナタだけどな。
 勇者はちょいと少年の手首を捕まえると足を払って転がす。
 そしてフンと鼻で笑ってみせた。

「くそっ、この野郎! 離しやがれ」
「そんなにガリガリな体で俺に敵う訳ないだろ? もっと食え」
「食えるもんなら食ってるよ!」

 さて、勇者が少年と遊んでいる間に、聖女がその力を振るってくれた。

「ダスター師匠、腕をぴったり合わせておいてくださいね」
「ああ、しかし切り口が汚いからうまく繋がるかな?」
「繋げてみせます」

 聖女の胸の神璽みしるしがいつもの魔法のときと違う輝きを放った。
 強い一回限りの光ではなく、淡くずっと光っている。

「神よ、この者の肉体を癒やしたまえ」

 切れた腕の組織同士が絡み合うように繋がっていく。
 やはりいくつか潰れた部分がうまく繋がらないようだ。
 それでも丁寧にゆっくりと欠けた部分も補われて、腕が元に戻る。
 同時に傷口から汚れが押し出されてこぼれ落ちて行く。
 さすがに聖女の治癒はすげえな。
 教会の施術師の施術は見たことあるが、きれいに切れていない切断面はうまく繋がらず、まともに動かせなくなるのが常だ。
 しかも時間が経てば経つほど繋げるのが難しくなる。
 それでも、あるのとないのじゃ全然違うから、腕やら足やらがちぎれた場合には教会に駆け込むのだ。
 まぁ魔物や獣に食われちまった部分はどうしようもないけどな。

「おおお、本物の聖女さまだ」
「うそだろ……」

 腕の治療が進むほどに周囲には祈りの印を切る者、涙を流す者などが続出した。
 東のほうには教会があまりないはずなんだが、聖女を知っていて神の印を知る者もいるのか。

「これで大丈夫です。でも、しばらくは激しく動かさないように。中身の足りない部分に使ったので表面があざのようになっていますが、治療を続けたらこれも消えます」
「ま、待ってくれ! 俺は詫びで腕を差し出したんだ。それを戻されちゃあ詫びにならねぇ」

 森人の男、里長とやらがあ然とした後にわめき出す。
 仕方のない奴だな。

「いいか。そんな腕なんぞいらん。いきなり攻撃して申し訳ないと思うならまずは事情を話せ。なんでもかんでも切った張ったで解決しようとするな! 聖女さまの前だぞ、恥を知れ!」

 里長はポカーンと口を開けて俺をしばし見て、ゆっくりと視線を動かして聖女を見た。

「……なら、どうやって詫びればいいんだ」

 おおう、話の通じねえ奴だな。
 頭のなかが筋肉で出来てるタイプだな。
 これでどうやって里長とかやってるんだ?

「師匠、こいつら肉をちょびっとと草の根ぐらいしか食ってないって言ってるぞ」

 そこへ勇者が山岳の民の少年をぶら下げてやって来た。

「こら、足を持ってぶら下げるな、頭に血が昇るだろうが」
「わかった」

 勇者がポイと少年を放り出す。
 少年は素早く起き上がると、勇者の足を蹴りつけた。
 ガツン! といい音がする。
 山岳の民の足は蹄になっているから堅いのだ。
 あれは痛いな。

「つぅ、こいつ!」
「こら、やめろ。子どもをいじめるな」
「いじめてない。むしろいじめられているのは俺だ」
「それ、言ってて恥ずかしくないのか?」

 むうっと口を尖らせた勇者の肩口に、若葉がスルスルと姿を現した。そしてその顔を見て「キシシ」と笑う。
 勇者の目がすっと細まり、素早く若葉を掴もうとしたが、その手が空振った。
 いや、無理だって。

「覚えてろよ、トカゲ野郎」

 俺たちのそんな様子を周囲を囲む者たちは呆然と見ている。
 いつの間にか遠くの木の上で弓を構えていた者たちも近くまで来ていたようだ。
 すると、いきなり聖騎士が顔色を変えて剣に手を掛け、俺たちの前に走り込む。

「どうした?」

 聖騎士は真剣なまなざしで一箇所を睨みつけている。

「やれやれ。女たちが見て来てくれって言うから仕方なく来てみたが、何やら面白そうな連中じゃねえか」

 ん? この声?
 聖騎士の視線の先から姿を現したのは、初老と言うには若々しい、がっちりとした体格の森人の男だった。

「……師匠?」
「ん? ……んん? ……俺にはお前みたいな腑抜けた顔の弟子はいねえはずだがな」
「相変わらずですね」

 シシシと笑ったその顔を忘れるはずもない。
 ガキの俺がつきまとって剣の教えを乞うたその人、俺の師匠がそこにいた。

「え? え?」

 勇者が驚いたように俺と師匠の顔を見比べている。
 聖騎士も少し驚いたようだが、その緊張は解けていない。
 まだ相手に殺気があるってことか。

「こっちはもう話がついています。引いてください。クルスとやり合いたいなら後で本人と話し合ってからにしてくれませんか?」
「ち、お前も相変わらず可愛げがねえな、クソガキ」

 覚えてるじゃねえか!
 イラッとしながらも、十年振りぐらいの思わぬ形での師匠との再会に、驚きと動揺もしていたのだった。
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