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第五章 破滅を招くもの

332 迷宮跡~序盤~

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 聖女が『隠れ鬼』の魔法を使っているので、わずかでも負担をかけないほうがいいだろうということで、灯りの魔法である光球は勇者が浮かべた。
 一つだと却って周囲が見えづらいので三つの光球が前方、頭上、後方にふわふわと浮かんでいる。
 俺は魔力を目に通せば暗闇でもそれなりに見えるが、モンクや聖騎士、メルリルは完全な暗闇には対応出来ないので灯りは必要なのだ。

「メルリル、内部に空気の動きはあるか?」
「ええ。ゆっくりとだけど、流れはある。だけど淀みがあるから注意したほうがいいかもしれない」
「ガス溜まりがありそうか?」
「はっきりとはわからないけど、風の通りは悪いから」

 こういう地下で怖いのは空気の流れが悪いこととガス溜まりだ。
 地中にはときおり危険なガスが溜まっていて、それが地表に吹き出すことがある。
 それが地表でも危険だが、地下ならガスは溜まる一方なので、逃げ場がなく、特に危険なのだ。
 息が出来なくなったり火がつきやすかったりするので、注意が必要だ。

「フォルテ、お前が先導してくれ」
「キュイ!」

 フォルテは自分が活躍出来るとあって、うれしそうだ。
 全身に青い光をまとって、先へと飛んで行った。

「師匠、フォルテはガスは大丈夫なのか?」
「あいつ別に息をする必要がないからな。つい忘れそうになるが、あいつそもそも生物じゃないから」
「というと、さっきの蛇に近いのか?」
「ん~、どうなんだろうな」

 勇者の問いに俺自身も返答に窮してメルリルを見た。
 現在の俺たちの並びは、俺が先頭で次がメルリル、その次が勇者で次に聖女、そしてモンク、一番後ろが聖騎士となっている。
 配置的に俺が話すとしたらメルリルか勇者ということになるのだ。
 とは言え、今回の話題についてはメルリル以上に詳しい者はいないだろうから、別に無茶振りした訳ではないぞ。

「さっきの蛇は精霊メイスにかなり近い存在でした。でもフォルテは私たちにとても近い存在です。同じように魔力が現界した姿なのにとても不思議です」

 メルリルの説明を少し考える。

「つまりフォルテは意思を持った精霊と考えていいのか」
「ええっと、説明しにくいのだけど、精霊メイスにも意思はあるんです。ただしそれは周囲に感化されて変化することはありません。私たちのような生物は、常に周囲の状況によって意思、……う~ん、思考を変化させていますよね。フォルテはそれと同じことが出来ます」
「難しいことはわからんが、フォルテも俺たちと同じと思って付き合えってことだな」

 俺の言葉にメルリルがうなずく。
 俺は勇者に視線を向けて、わかったか? と目で聞いた。

「わかった。つまりあいつは生意気でうるさいバカ鳥ということだな」
「ギャァ! ギャァ!」
「うおっ! きさま先行偵察に行ってたんじゃないのか! 仕事しろ!」

 勇者がフォルテをバカにしたような発言をした途端、フォルテが現れて勇者の髪を引っ張り出した。
 今、突然現れたな。
 こいつもしかして距離関係なく移動出来るんじゃないか?
 だいぶわかって来たと思ったが、まだまだ俺もフォルテを知らないんだな。

「師匠、こいつなんとかしてくれ!」
「謝ればやめるんじゃないか?」
「くっ、俺は本当のことを言っただけなのに!」
「キシャー!」

 フォルテの攻撃が激しくなった。
 たまらず勇者が魔法を使って頭上を守りだす。

「おい、魔法の無駄使いをするな。安全な場所じゃないんだからおふざけはいい加減にしろ」

 仕方がないので、二人共を叱る。

「う、師匠、悪かった」
「キュィ」

 フォルテではなく俺に謝った勇者の頭をしたたかに蹴飛ばして、フォルテは再び前方に飛んで行った。
 今度は羽を使って飛んで行くのか。
 フォルテにとっての優先順位を心から知りたい。

「う~」
「お前もフォルテとじゃれ合うのはいいが、もうちょっと場所を選べ」
「……はい」

 勇者がしょぼくれると光球も少し光が陰る。
 やれやれだ。
 さて、フォルテに先行してもらって地図を確認する。
 昔の冒険者の残した地図にはいろいろな書き込みがあったが、まだ入り口であるこの辺りは特に注意事項はないようだ。
 洞窟の壁にはうっすらと苔が生えている。
 触れると少し湿っているので、どこかに水源があるのかもしれない。

「おっ」

 俺は以前教えた手の合図で止まれと示す。
 フォルテが何かを見つけたのだ。

「この先にスライムがいるな」
「スライムっ!」

 勇者の顔色が変わる。
 ああ、あの巨大なスライムはヤバかったな。
 正直、密封出来る環境下にあったからよかったが、あれが外に開放されていたら打つ手がなかったかもしれない。

「落ち着け。通常のスライムは大きくても人の頭程度のサイズだ。あんな大物は自然界ではまず存在しない」
「ああ、大公国の英雄と知り合ったときの話ね。なに? そんなにヤバかったの?」
「ヤバいってもんじゃないぞ。お前ら見てないから平気な顔していられるんだ」

 俺の言葉にモンクが以前俺たちが巨大スライムを倒した話を思い出したらしい。
 その反応の薄さに勇者がむくれた。
 見てない奴にあのヤバさはわからないって。

「とは言え、普通のスライムもあまり戦いたい相手ではありませんね。攻撃が効いているかどうかさっぱりわかりませんからね」

 聖騎士が肩をすくめた。
 
「今回は狭い場所だし、勇者に火の魔法で一掃してもらうのがいいだろう。とは言え、スライムはこういう狭い環境だと有用な生物ではあるんだよな。死体とか排泄物とか食うからな」
「あの」

 聖女が俺の言葉を聞いて発言したそうに声を上げた。

「ミュリア、何か思いついたら口に出して大丈夫だぞ」
「あ、はい。そういう性質のスライムがたくさんいるなら、その近くに何か生物がいるのではないでしょうか?」
「おお、いい着眼点だ。干しナツメをあげよう」
「ありがとうございます!」

 おお、ものすごくうれしそうだ。
 甘いもの好きだもんな。

「え、俺は?」

 なぜか勇者が主張する。

「何かいい発言をしたらやる」
「くっ……」

 ついでにさっきフォルテと喧嘩してたから二人共一回ペナルティだからな。
 俺の意識を通して、先行しているフォルテが「ギャッ!」と、小さな悲鳴を上げるのが聞こえた。
 当然だろ。
 なんで悪口言われたら役目を放り出してすっ飛んで帰って来るんだよ。
 愚か者め。

「ならばスライムは向かってこない限りは無視をして、その先にいるであろう何かに備えたほうがいいのではないでしょうか」

 聖騎士が意見を言った。

「そうだな。その方針で行こう。ということでクルスにも干しナツメ」
「あ、ありがたく」
「アルフにやるなよ、信賞必罰は騎士の常だろう」
「確かに」

 聖騎士は苦笑したようだった。
 ちょっとショックを受けた様子の勇者を気の毒に思ったのかもしれない。
 聖騎士は勇者を主と決めて以来、何かと勇者に甘いからな。
 そして俺たちはゆっくりと、スライムを刺激しないように歩を進めたのだった。
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