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第四章 世界の片隅で生きる者たち

326 小石のダンス

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「やったー肉だ!」
「お肉?」
「ごは~ん! それとお酒!」
「馬鹿野郎! 酒は飲ませんぞ!」
「え~」

 子どもたちは焼いた肉と野菜をあえたものと煮込んだ穀物が一緒に盛られた皿を受け取ると、素早く目立たない隅のほうに固まって食べ始めた。
 食べながらときおり周囲に素早く目を配るのを忘れない。
 ほとんど野生の獣のようである。
 大人たちは子どもたちほど飢えていないので、ゆったりと食べ物と酒を受け取ると、そのへんに転がった箱や樽をテーブル代わりに楽しみ始めていた。

 俺たちは全員に酒と食い物が行き渡ったのを見ると、カウンターに席を決めて料理と酒を置いた。
 椅子はないので立ったままだがな。
 料理の味はほとんど素材の味だが、肉や野菜をうまく工夫してそれなりに楽しめるようにしていた。
 しかし、こういう労働者の多い場所で塩気の少ない食事が出るのは珍しいな。

「塩はかなり貴重なのか?」

 俺の問いにロージーがうなずいた。

「塩はな。一日の労働の始まりに管理官から配られるんだ。それを仕事の合間に舐める。あと昼に振る舞われるスープがかなり塩っ辛い」
「なるほど、働かない者には塩はやらんという訳か。商人から買ったりは?」
「塩は会社を通さなきゃ売買出来ない決まりなんだ」
「キツキツに締め付けて来るな」
「会社の連中は働かずに昼間っから酒かっくらってごろごろしている奴が多すぎると言うんだがな。俺たちゃ命がけで数日働いて一日思いっきりだらける。そうしないと事故を起こすってことがわかってるからな」
「命がけの仕事をしない奴にはわからん世界だよなぁ」

 聞く限りでは、この鉱山は労働者側に立って会社と交渉する人間がいないんだなと思える。
 俺たち冒険者はそういう交渉機関としてギルドを立ち上げた訳だが、一つの会社に雇用される形になっている鉱夫たちは、別に組織を作ることが出来ないのだ。

「一度会社と話し合いをしたほうがいいんじゃないか?」
「いや、あいつら俺らを頭の悪い腕っぷしだけの連中と思ってるから話を聞いちゃくれねぇよ」

 なるほどな。
 知識層は労働層とまともに交渉しようとはしないのはどこも同じだ。
 そもそも字の読み書きが出来ない奴も多い労働者は、契約自体が出来なかったりするという事情もある。
 この状況なら、交渉役という意味でも教会を招いたほうがいいだろう。

 仲間たちのほうを見ると、モンクとメルリルは食事を手でそのまま食べていたが、勇者と聖騎士と聖女は手づかみの食事は辛いのか、野営用のスプーンを取り出して使っていた。
 こういう場所での食事は、以前はいちいち俺にどうすればいいのか聞いていたが、最近は各々自分で判断するようになって来たな。いいことだ。
 しかし、メルリルは手づかみなのに上品に食べるな。
 森人だからなのか、育ちがいいのか所作がきれいだ。

「ミュリア、ちょっと」

 そんなことを考えながら、俺は聖女に声をかけた。

「っはい、なんでしょうか?」

 背の高いカウンターを不便そうに使っていた聖女は、俺の言葉にビクッとして返事をする。
 いや、そんなに驚くことはないだろ?

「大聖堂はこういう場所に教会を建てると思うか?」
「了承をいただければすぐに教手が派遣されると思いますよ。教会を建てるかどうかはその後です。土地柄と権利者との交渉もありますし」
「なるほど、教手が先なのか」
「神の慈悲を説いて、その愛を理解していただかないと、なぜ人が救われるべきなのかということをご理解いただけないことがあるのです。盟約によって全ての人は等しく神の御慈悲を受けることが出来るのですが、その……、身分が低い者と富を分かち合うという考え方を受け入れてもらうのがまず大変だと聞きます」
「ああうん、さすが本職だ。よくわかった」
「ありがとうございます」

 俺が礼を言うと聖女は嬉しそうに微笑んだ。
 この街に来て以来、ずっとおどおどしていたのだが、ちょっとはほぐれたかな?

「兄ちゃん、なんかすげえもん見せてくれるんだろ?」

 子どもたちは食事が終わったのか、皿をカウンターに戻すと、わらわらと勇者に寄って来た。
 人気者でなにより。

「し、師匠~」

 いや、情けない顔で俺を見るな。
 お前もう飯食い終わってるんだから相手してやればいいじゃないか。

「お前最近魔力の鍛錬で精密操作をがんばっているじゃないか。あれを見せてやれよ」

 仕方ないので助け舟を出す。

「あれを?」
「前にどっかの村で流れの民が人形劇やってただろ? あんな感じで」
「師匠、言うだけなら簡単だと思って……」

 勇者はぶつくさ言っていたが、そのへんで適当に石を二つほど拾うと、子どもたちを前にそれを空中に放り投げた。

「うわっ!」

 子どもだけじゃなく、店にぎゅうぎゅうに詰まっていた男連中もびびって身を仰け反らせるなか、二つの石は空中でぴたりと止まる。

「おお~!」

 大人と子どもの気持ちが一つとなった瞬間だった。

「コホン、今からこの小石がダンスを踊る。よく見ていろ」

 少し気恥ずかしそうに説明すると、勇者は二つの石に向けてさっと手を振った。
 すると石は互いに絡み合うようになめらかにくるくると回り出す。
 近づいたり離れたり、まるで小さな子どもが習いたてのダンスを踊っているかのようだ。
 大人も子どもも目が釘付けになるなか、勇者は少し額に汗をかいている。
 本来はこういう細かい魔力操作が苦手な性質たちなのだ。
 それをさんざん鍛錬の際に鍛え直した。
 大きすぎる魔力に任せて魔法を放つだけでは、さまざまな戦いの場面に対応しきれない。
 せっかく生まれ持った魔力と、授かった祝福によって、世界最強の魔法が使えるんだからその力を伸ばすべきというのが俺の方針なのだ。

 メルリルが腰の笛を取り出して音楽を奏で始める。
 ちらりと見ると、目元だけで笑みを返された。
 別に精霊メイスに呼びかける訳ではないらしい。
 笛の音に感化されたのか、男たちがテーブル代わりの樽や箱を叩いてリズムを取る。それらが合わさって軽快な音楽となった。

 小石の踊りからぎこちなさが消え、まるで恋し合う男女が互いを求め合うように激しいダンスを披露する。
 ときに激しく。ときに優しく。ただの小石が心持つもののように振る舞えば、それを眺める観客たちはただただそれを食い入るように見つめるだけだった。
 やがて感極まったように二つの小石が空高く舞い上がり、空中で音もなく砕け散る。

「おおーっ!」

 砕け散った細かい破片が空中で集まり、光を発しながら球形を成して行く。
 そして、それがやがて丸い、つやつやとした一つの石となって、ゆっくりと地面に転がったのだった。

「すげー! すげー!」
「きれい! かっこいい!」

 大人も子どもも大絶賛だ。

「すごいな。思った以上に成長したな、アルフ」

 さすがに驚いた。
 そういう見せ方が出来るような奴とは思っていなかったからだ。
 勇者はにこりと笑って、拳で胸を叩いてみせた。
 だが、そんな得意げな勇者だったが、余裕はそこまでだった。
 その後何度も子どもたちの「もう一回!」を食らって、音を上げることとなったのである。
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