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第四章 世界の片隅で生きる者たち

321 花嫁衣装とヤマモモ酒

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「無事終わりました」

 町長に報告する役割を勇者に任せ、俺は糸紡ぎの老女の家を尋ねた。
 糸紡ぎの老女ことファムリタは、相変わらずカタカタと糸車を回している。

「これ、お礼です。ここに置いておきますね」

 今回の件が無事に片付いたのはこの老女からの情報のおかげだ。
 そこでお礼は奮発して、ドラゴンフルーツから作った竜酒をワインで割って小分けにしたものを持って来たのだ。
 これでますます元気に長生きしてくれるだろう。

「待ちなさい。ほら、これを持ってお行き」

 糸車の音が止まったと思ったら奥から老女ファムリタが何かを携えて現れた。
 あれは、布?

「ほら」

 年寄り特有の強引さで押し付けられて、触れた布は、非常に軽く、さらりとした触り心地で、かなり上等なものだとわかった。

「え、いや、お礼に来たのにものをもらっちゃ本末転倒だろ」
「いいのよ。あの騎士さまを救ってくれたんでしょう? だからこれは少女時代の私からの感謝の品なの」

 どうも俺は老人に弱い。
 これは長屋で長年老人たちに冒険者のなんたるかを教わって来た弊害なのかもしれない。
 俺は結局断りきれずにその布を受け取った。

「これはお酒?」
「ええ。体にいい酒ですからぜひ飲んでくださいね」
「ふふっ、ありがとう。ほんと、いい男だね。私がもう三十も若かったら放って置かなかったよ」

 三十若くても俺よりもずっと年上ですよねとは言わずに、俺は礼儀正しくお礼を言って、町長宅へと戻ったのだった。
 町長宅に戻ると、なにやら家人が慌ただしく行き交っている。
 不思議に思いながら部屋へ戻ると、勇者から説明があった。

「町長が依頼達成を祝って宴を開いてくれるらしい」
「ほう、それはありがたいな」

 実のところいつものように身内だけで仕事が成功した祝いとして普段よりいいものを食べて、秘蔵のワインを開け、一日ゆっくりしようと思っていたところだ。
 町長が祝ってくれるというなら食料や酒を消費せずに済むのでありがたい。

「お師匠さま、それは?」

 聖女が俺の手にある布に気づいて問いかける。

「ああ、今回の情報を教えてくれた糸紡ぎの婆さんに礼をしにいったら、礼を返されちまった。俺には布の価値なんてわからんから、ミュリアが預かってくれるか?」

 言って、聖女に手渡した。
 受け取った聖女は少し驚いたようにその布に触れる。

「これ、ヤママユの糸で織った布。淡い緑色をしていて、この手触り、間違いないと思う。儀式用のローブに使うの」
「へえ、ヤママユの布か、そう言えば北のほうが原産地だって話だったな」

 聖女と勇者、育ちのいい二人が知っているということで、嫌な予感がした。

「高価なものなのか?」
「王への貢物に加えられるレベルだ」
「マジか、婆さん無理したな」

 勇者の答えに頭を抱える。
 まさか今から戻しに行く訳にも行かないが、罪悪感があるな。

「ん~。あのさ、この帝国って大公国から別れた国なんだよね。だったらうちの辺りの慣習と同じなのかも?」
「どういうことだ?」

 モンクの言葉の先を促す。

「ほら、大公国に機織りの町があったでしょ? ああいう村では、女は物心ついたころから時間をかけて最高の布を一枚織り上げるんだ。自分の花嫁衣装のためにね。だけどなかには事情があって結婚出来ないままになる女もいる。そういう場合は、死ぬまでにこの人と思った相手にその布を引き継ぐんだ。そうすることでいい縁が繋がるからね」
「それはまた、大事なものじゃないか」

 俺は唸った。
 ますます受け取ったことがマズかったような気がして来る。

「いやいや、ようはいい縁に繋げればいいんだよ。死蔵すると縁が切れちまうからね。ってことで」

 モンクはニヤッと笑った。

「これはメルリルの花嫁衣装用ね」
「えっ!」
「まぁ、素敵です。あ、あの、わたくし大切に保管いたしますね」

 モンクの言葉にメルリルが驚きの声を上げたかと思うと真っ赤になった。
 聖女が邪気のない顔でにっこりと笑う。

「ちょ、おい。テスタ!」
「おばあちゃんに助けてもらったんだろ? ちゃんと恩返ししないとダメじゃないか」

 テスタはひどく上機嫌だ。

「なるほど。庶民にはそういう慣習があるんだな。素晴らしい布だ。染めと仕立ては厳選しないとな」
「感動的ですね」

 勇者と聖騎士が至極真面目にそんな風にうなずき合っていた。ぐぬぬ。
 この話は引っ張るとますます俺にとってまずい状況が出来上がる。
 そんな予感がした俺は、とりあえずその話をスルーすることにした。

「……っ、コホン。今回はみんなご苦労だった。特にミュリアとメルリルと……フォルテが活躍したな」

 そして強引に話を変える。

「わたくし、活躍できました?」
「お、お役に立ったならうれしい」

 聖女とメルリルが控えめに喜びを表現する。

「ピャッ!」

 一方でフォルテはバッサバッサと羽をばたつかせながら胸を張り、テーブルの上でくるくる回って自慢げにアピールをしてみせた。
 こいつはほんと、褒めるとつけあがるよな。

「この後、町長が祝ってくれるらしいから、その前に俺たちだけで軽く祝杯をあげたいと思うんだが、どうだ?」
「おう。俺は師匠の祝杯のほうがご馳走よりもうれしいぞ」

 俺の提案に相変わらずの勇者が勢いよく食いついた。

「やはり身内だけというのは特別な感じがしますね」

 聖騎士も賛成のようだ。

「はい!」

 メルリルの返事はごく簡潔だった。
 先程の花嫁衣装云々の余韻か、顔が真っ赤である。
 ふわふわの耳がパタパタと忙しく動いてた。
 俺は再びゴホンと咳払いをして、今度はニヤつきそうな自分の顔を引き締める。

「飲めるならなんでもいいよ」

 と、モンク。

「あ、はい。うれしいです」

 もじもじしながら言うのは聖女である。
 聖女は他人のことだと途端に主張が激しくなるが、自己主張をするのは恥ずかしいみたいだ。

「ピャッ!」

 うん、フォルテ、お前普段はいつも寝ているくせに食い物とか勝手に食べていると怒るよな。
 俺は知っているぞ。
 お前飲み食い必要ないじゃねえか、なんで食いしん坊なんだよ?

 ともあれ、俺たちは町長が開いてくれる祝宴の前に、俺が持参したヤマモモ酒で身内だけの祝杯をあげたのだった。
 メルリルの里で分けてもらって今回の旅に持参した貴重なヤマモモ酒もこれで終わりだ。
 もったいないが、いつまでも取っておくよりも、祝い事で飲んでしまうほうがいいからな。
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