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第四章 世界の片隅で生きる者たち
308 時を越えた冒険者の記録
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平らな板の上に広げた昔の冒険者の記録を、一つ一つ確認して分類していく。
なかにはもう文字も記号もかすれて見えないものもあり、そういったものは残念ながら箱に戻しておいた。
分類したなかでもっとも多いものは地図らしきものだった。
とは言え、断片なのでそれだけだと何が何やらわからない。
「この切れ端の隅に小さい記号が書いてあるだろ」
俺は地図の断片の一つを持って全員に示した。
見えにくいのでとりあえず手渡しで回してそれぞれ手元で確認させる。
「小さな黒点とか白点とかが数違いで描いてありますね」
聖女が丁寧にぐるりと切れ端を回し見て言った。
「それぞれの端に描かれた記号と同じものが描かれている切れ端同士を繋いで行くことで、全体の地図が完成するようになっているんだ。ということで、全員探して組み合わせよう」
「おお、面白いな」
「古いものなので丁寧に扱わないといけませんね」
勇者がひょいと別の切れ端を拾って見比べて面白がる。
聖騎士はおっかなびっくりといった感じで緊張しながら切れ端を手にした。
「クルル?」
「ん~、お前は身が軽いから風を起こさないように全体の繋がりを確認してくれ」
フォルテもやりたそうだったので、役割を与える。
上から全部を見渡せば違う人間に渡った同じ記号もわかりやすいだろう。
しばし全員が布や紙の切れ端とにらめっこしながら組み合わせて行く。
冒険者が書いたものだからある程度歪みもあるので、うまく繋がらない部分もあるし、欠損もあった。
とりあえず手元にある分で繋げられるものは繋げ終わると、それでもかなりの大きさになる。
「かなり長い迷宮ね。それにいろんなところに走り書きがあるけど、私には読めない」
メルリルがその地図を把握しようとして諦めたように首をかしげた。
勇者は立ち上がって地図の周りをぐるぐる回ったが、やがて悩ましげに唸る。
「いや、この文字は俺にも読めないぞ。なんというか文章になっていないな」
「そうでうすね。冒険者が使う特殊な言葉でしょうか」
勇者の言葉に聖騎士が同意した。
聖女はやたら静かだと思ったら、いつの間にかモンクの膝の上で寝てしまったようだ。
「隅に板を敷いてそこに寝せて来る」
「ああ。頼んだ」
俺はモンクに聖女を任せると、荷物から巻いた一枚布を取り出す。
この国は紙が安価で俺も紙束を購入してあるのだが、この地図を写すには紙ではまた分割するしかない。
そこで布地に直接描いて行くことにしたのだ。
この国で買ったペンではなく、長く愛用している携帯筆を取り出す。
皿に出した塗料を水の魔具で出した水で練って溶き、筆に含ませ、布に地図を写して行く。
「師匠凄いな、正確に写してるぞ。複製師になれるんじゃないか?」
勇者が覗き込んで感心したように言った。
「地図作成は冒険者の必須技能なんだぞ。まぁなかにはパーティメンバーに地図師を入れてそいつに任せるという冒険者もいるが、ソロでやって行くには自分で出来ないと仕事にならんからな」
答えながら黙々と写す。
意識を地図から離すと繋がりがわからなくなってしまうので集中力が必要だ。
段々周囲の言葉が聞こえなくなり、地図だけが見えるようになって来る。
この状態の間に完成させてしまわないとな。
やがて、細部まで見直し、見えなくなっている部分以外の写し忘れがないことを確認して一息つく。
「ふう。終わったぞ」
「ご苦労さまです。お水をどうぞ」
「あ、ありがとう」
メルリルが隣にいて、水の入ったカップを差し出してくれた。
ぐっと飲み干し、緊張をほぐす。
「師匠大丈夫か? ざっと二つ鐘程度の時間書き続けてたぞ」
勇者が心配そうに言った。
そうか、と言うことはもう深夜だな。
しまったな、ほかの連中を先に寝せておけばよかった。
「悪かったな付き合わせて」
「大丈夫です。私は適度に休みました。勇者とメルリル殿は寝ませんでしたけどね」
俺の言葉に聖騎士が少し苦笑しながら答えた。
見ればモンクは聖女と一緒に隅で寝ている。
なるほど、眠さを感じさせない聖騎士も少しは休んだようだ。
「メルリルとアルフももう寝ろ。俺も今日はもう寝る。クルス、悪いが明け方前に起こしてもらっていいか?」
「……わかった」
勇者はそう言うなり、その場でうずくまるようにして丸くなって寝てしまった。
お前そこ、板敷いてないじゃねえか。明日体が痛くなるぞ?
まぁ寝たものはしょうがないか。
メルリルはどこか安心したような顔で、俺にもたれてうとうとはじめている。
「おまかせください」
聖騎士が頼もしい落ち着いた声で答えた。
俺はその声に対する信頼ゆえか、道具を片付けてメルリルと一緒に毛布を被ると、久々に完全な眠りに就いた。
「ダスター殿」
目を閉じたと思ったら呼び声に目が覚める。
だが空気は鋭い冷たさに満ちていて、夜明け前の気配があった。
寝た気はしないが、少しは熟睡出来たらしい。
「ああ、おはよう」
「寝起きがいいですね。起こした私のほうが驚きました」
「そりゃあ、寝起きが悪い冒険者は死ぬからな」
俺の言った冗談に笑っていいのかどうかわからないという顔になった聖騎士に笑いかけてやりながら、毛布をメルリルだけに渡して、そっと体を起こす。
広げたままだった冒険者の記録の地図の部分をまた小さい切れ端をまとめたものとして箱にしまう。
後に残ったのは走り書きの数々だ。
それを拾いあげて一枚一枚じっくりと読んでいく。
この冒険者は自分なりの暗号文字を使っていて、他人には自分の記録が簡単に読み取れないように工夫していた。
なにしろ冒険者にとって自分の仕事の情報は命綱であり、飯のタネだ。
しかも三百年も前ならギルドに所属する冒険者はまだ少なかっただろう。
自分の身は自分で守るしかないのだから他人に簡単に情報を盗み見される訳にはいかないのは当たり前、暗号化は当然の自衛手段なのだ。
だが完全にノーヒントという訳ではない。
万が一自分が解き方を忘れてしまった場合のために、あるいは自分のパーティメンバーや家族に財産として情報を残すために、読み解くヒントをどこかに記しているものだ。
俺はそれを見つけるために書かれた文字を確認していたのである。
「うん。だいたいわかったかな」
それほど複雑な暗号ではなかったので、簡単なヒントで読み方が理解出来た。
一番よく使われる文字の入れ替えによる暗号のようだった。
俺は迷宮についてのメモ書きだけを残して、ほかの全ての記録を箱にしまい込み、背負袋のなかに押し込んだ。
「とりあえず、今日には帝都を出立するか」
「そうですね。夜が明けたらで出ますか?」
聖騎士も不穏な気配に気づいているのか、急ぎの出立に賛成したのだった。
なかにはもう文字も記号もかすれて見えないものもあり、そういったものは残念ながら箱に戻しておいた。
分類したなかでもっとも多いものは地図らしきものだった。
とは言え、断片なのでそれだけだと何が何やらわからない。
「この切れ端の隅に小さい記号が書いてあるだろ」
俺は地図の断片の一つを持って全員に示した。
見えにくいのでとりあえず手渡しで回してそれぞれ手元で確認させる。
「小さな黒点とか白点とかが数違いで描いてありますね」
聖女が丁寧にぐるりと切れ端を回し見て言った。
「それぞれの端に描かれた記号と同じものが描かれている切れ端同士を繋いで行くことで、全体の地図が完成するようになっているんだ。ということで、全員探して組み合わせよう」
「おお、面白いな」
「古いものなので丁寧に扱わないといけませんね」
勇者がひょいと別の切れ端を拾って見比べて面白がる。
聖騎士はおっかなびっくりといった感じで緊張しながら切れ端を手にした。
「クルル?」
「ん~、お前は身が軽いから風を起こさないように全体の繋がりを確認してくれ」
フォルテもやりたそうだったので、役割を与える。
上から全部を見渡せば違う人間に渡った同じ記号もわかりやすいだろう。
しばし全員が布や紙の切れ端とにらめっこしながら組み合わせて行く。
冒険者が書いたものだからある程度歪みもあるので、うまく繋がらない部分もあるし、欠損もあった。
とりあえず手元にある分で繋げられるものは繋げ終わると、それでもかなりの大きさになる。
「かなり長い迷宮ね。それにいろんなところに走り書きがあるけど、私には読めない」
メルリルがその地図を把握しようとして諦めたように首をかしげた。
勇者は立ち上がって地図の周りをぐるぐる回ったが、やがて悩ましげに唸る。
「いや、この文字は俺にも読めないぞ。なんというか文章になっていないな」
「そうでうすね。冒険者が使う特殊な言葉でしょうか」
勇者の言葉に聖騎士が同意した。
聖女はやたら静かだと思ったら、いつの間にかモンクの膝の上で寝てしまったようだ。
「隅に板を敷いてそこに寝せて来る」
「ああ。頼んだ」
俺はモンクに聖女を任せると、荷物から巻いた一枚布を取り出す。
この国は紙が安価で俺も紙束を購入してあるのだが、この地図を写すには紙ではまた分割するしかない。
そこで布地に直接描いて行くことにしたのだ。
この国で買ったペンではなく、長く愛用している携帯筆を取り出す。
皿に出した塗料を水の魔具で出した水で練って溶き、筆に含ませ、布に地図を写して行く。
「師匠凄いな、正確に写してるぞ。複製師になれるんじゃないか?」
勇者が覗き込んで感心したように言った。
「地図作成は冒険者の必須技能なんだぞ。まぁなかにはパーティメンバーに地図師を入れてそいつに任せるという冒険者もいるが、ソロでやって行くには自分で出来ないと仕事にならんからな」
答えながら黙々と写す。
意識を地図から離すと繋がりがわからなくなってしまうので集中力が必要だ。
段々周囲の言葉が聞こえなくなり、地図だけが見えるようになって来る。
この状態の間に完成させてしまわないとな。
やがて、細部まで見直し、見えなくなっている部分以外の写し忘れがないことを確認して一息つく。
「ふう。終わったぞ」
「ご苦労さまです。お水をどうぞ」
「あ、ありがとう」
メルリルが隣にいて、水の入ったカップを差し出してくれた。
ぐっと飲み干し、緊張をほぐす。
「師匠大丈夫か? ざっと二つ鐘程度の時間書き続けてたぞ」
勇者が心配そうに言った。
そうか、と言うことはもう深夜だな。
しまったな、ほかの連中を先に寝せておけばよかった。
「悪かったな付き合わせて」
「大丈夫です。私は適度に休みました。勇者とメルリル殿は寝ませんでしたけどね」
俺の言葉に聖騎士が少し苦笑しながら答えた。
見ればモンクは聖女と一緒に隅で寝ている。
なるほど、眠さを感じさせない聖騎士も少しは休んだようだ。
「メルリルとアルフももう寝ろ。俺も今日はもう寝る。クルス、悪いが明け方前に起こしてもらっていいか?」
「……わかった」
勇者はそう言うなり、その場でうずくまるようにして丸くなって寝てしまった。
お前そこ、板敷いてないじゃねえか。明日体が痛くなるぞ?
まぁ寝たものはしょうがないか。
メルリルはどこか安心したような顔で、俺にもたれてうとうとはじめている。
「おまかせください」
聖騎士が頼もしい落ち着いた声で答えた。
俺はその声に対する信頼ゆえか、道具を片付けてメルリルと一緒に毛布を被ると、久々に完全な眠りに就いた。
「ダスター殿」
目を閉じたと思ったら呼び声に目が覚める。
だが空気は鋭い冷たさに満ちていて、夜明け前の気配があった。
寝た気はしないが、少しは熟睡出来たらしい。
「ああ、おはよう」
「寝起きがいいですね。起こした私のほうが驚きました」
「そりゃあ、寝起きが悪い冒険者は死ぬからな」
俺の言った冗談に笑っていいのかどうかわからないという顔になった聖騎士に笑いかけてやりながら、毛布をメルリルだけに渡して、そっと体を起こす。
広げたままだった冒険者の記録の地図の部分をまた小さい切れ端をまとめたものとして箱にしまう。
後に残ったのは走り書きの数々だ。
それを拾いあげて一枚一枚じっくりと読んでいく。
この冒険者は自分なりの暗号文字を使っていて、他人には自分の記録が簡単に読み取れないように工夫していた。
なにしろ冒険者にとって自分の仕事の情報は命綱であり、飯のタネだ。
しかも三百年も前ならギルドに所属する冒険者はまだ少なかっただろう。
自分の身は自分で守るしかないのだから他人に簡単に情報を盗み見される訳にはいかないのは当たり前、暗号化は当然の自衛手段なのだ。
だが完全にノーヒントという訳ではない。
万が一自分が解き方を忘れてしまった場合のために、あるいは自分のパーティメンバーや家族に財産として情報を残すために、読み解くヒントをどこかに記しているものだ。
俺はそれを見つけるために書かれた文字を確認していたのである。
「うん。だいたいわかったかな」
それほど複雑な暗号ではなかったので、簡単なヒントで読み方が理解出来た。
一番よく使われる文字の入れ替えによる暗号のようだった。
俺は迷宮についてのメモ書きだけを残して、ほかの全ての記録を箱にしまい込み、背負袋のなかに押し込んだ。
「とりあえず、今日には帝都を出立するか」
「そうですね。夜が明けたらで出ますか?」
聖騎士も不穏な気配に気づいているのか、急ぎの出立に賛成したのだった。
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