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第四章 世界の片隅で生きる者たち

299 情報と判断と

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 夕刻に宿に戻った俺たちは、先に戻っていた勇者たちと食事を取りながらの報告会を行った。
 外で購入したシチューをストーブであたためたものと、切り分けたパンに鹿肉のパテを乗せたものが今夜の食事の全てだ。
 ああいや、勇者が教会からワインを貰って来たので、あたためたワインもあるな。
 話し合い前提なのでワインはお湯を足して少し薄めてある。味は薬味スパイスを加えて整えた。
 俺にとってはあたたかいものが食べられるだけでご馳走なのだが、勇者にとっては貧しい食事なのだろうと思う。だが、意外に勇者はそういうことで文句を言ったことはない。
 わがままなようでわがままじゃないところもある。なんとも評価しがたい勇者だな。

「それで、そっちはどうなったんだ?」

 帝国らしいトロっとしたシチューを口にしながら、勇者は俺の言葉に答えた。

「この帝都の教会には聖人が一人配置されているんだが、こいつが皇帝陛下に絶大な信頼を寄せられているとのことだった。定期的に宮殿を訪問しているらしいんで、その際に『陛下の厚意により、勇者の国であるミホムの民が救われました。ありがとうございます』と、いかにも皇帝陛下の指示で技術供与がなされたというていでなし崩し的に皇帝陛下に認めさせることにした」

 うわあ、えぐい。
 これは勇者の発案か。
 しかしなるほど、この言い方なら皇帝陛下としても聞いてない! とは言えないよな。

「教会はそれを納得したのか?」
「はい。それだけでなく、今までそういう技術があったことに気づけず申し訳なかったと謝ってくださいました」

 俺の問いに答えたのは聖女だった。
 教会に関することは聖女にとっては身内の話だからな。何かと庇いたい気持ちがあるんだろう。

「そうか、それはありがたい。ということは技術書は教会で預かってミホムの学者先生に届けてもらえるんだな」
「ああ。神にかけて請け負ったから大丈夫だろう」

 勇者の頼もしい返答にホッと胸を撫で下ろす。
 これで懸念の一つはなくなったな。
 後は学者先生がちゃんと国に働きかけてくれるかどうかだが、そもそも国の後見を受けていろんな研究をしているんだから俺よりもずっとうまくやってくれるはずだ。

「勇者、こうやってパテを乗せたパンをストーブにしばらく乗せて少し焼くとさらに美味しいですよ」
「ほう?」

 報告が終わった勇者は食事に集中しようとパンを口にするところだったのだが、隣の聖騎士の美味しさアップの一工夫を聞いて、自分のパンをひとまずストーブに乗せている。
 焦がすなよ。

「じゃあ、俺たちのほうだな。本は一応見つかった。内容については俺には読めないからクルスに一通り読んでもらったんだが、クルスでも読みにくい部分があったんで、よければアルフも解読を手伝ってやってくれ」
「おう、わかった!」

 お、やたら嬉しそうだな。
 勇者のテンションが高いとパーティ全体の雰囲気が明るくなるからありがたい。

「それで、本以外にも、実際に東の国から亡命して来たという人たちに運良く会うことが出来た」
「へぇ、前から思ってたけど、ダスター師匠って運がいいよね。そういうの大事だよ」

 俺の報告にモンクがニヤニヤしながら茶々を入れた。
 どうでもいいがスプーンを振り回すのはやめろ、シチューが飛ぶだろ。
 というか、いつの間にかモンクまで俺のことダスター師匠とか呼ぶようになっているぞ。いつからだっけ?
 モンクはスルッと自分の意思を通すのが上手いんだよなぁ。

「ありがとう。で、その人たちから聞いたんだが、東の北冠という国では魔人が発見されたら隔離されることや、平野人以外の人間は亜人と呼ばれて虐げられているというのは本当のようだ」

 俺の言葉に隣のメルリルが暗い顔になる。
 メルリルは今は変装を解いて普段の姿になっているが、ふわふわの耳がぺったりと垂れているのが見えた。
 森人は本来森からあまり出ないものだが、あの老婦人の話からすると、攫われて奴隷にされている同族がいないとも限らない。気になるんだろうな。

「信じられないな、同じように苦しい時代を生き延びて、それぞれの方法で繁栄の道を探した同士じゃないか。それを亜人などと呼ぶとは。東方の連中は頭がおかしいのか歴史を学んでいないと見える。まぁその国だけの話かもしれんから東方全体を評価するのは早計だろうが」

 勇者が立派なことを述べる。
 ちょっと感動したぞ。
 だが。

「アルフ、パンが焦げてるぞ」

 焼いていたパンから異臭がし始めているので早々に指摘してやった。

「あっ!」

 焦げ臭いのに気づくのが遅すぎる。
 まぁまだ食べられる範囲の焦げ方だから大丈夫だが。
 勇者は慌ててパンを手に取り、熱さにお手玉をしながら一口かじる。

「ちょっと焦げ臭いが美味い」
「よかったです」

 隣で聖騎士が苦笑している。

「それにしても、魔力持ちは国の宝です。それを魔人と呼んで悪しき者のように扱うとは、その国を治める者たちの気が知れません」

 聖騎士は勇者から気持ちを切り替えて、今日聞いたことから自分が感じたことを話す。
 魔力が無くて苦労した聖騎士にとって、魔力があるから差別されるという状況は想像の外なのだろう。

「あとは購入して来た本を解読して、情報をまとめてから東国に渡った後の行動を決めよう」

 俺がそう言うと、全員がうなずいた。
 ただ、聖女が胸の神璽みしるしに手を触れながら暗い顔をする。

「わたくし、正直に言えばとても東の国々が怖いのです。まるで、言葉の通じない物語に出てくる悪魔の国のように感じてしまって」

 大聖堂で大切に育てられた聖女にとって、東の国が人々に向ける悪意はとても恐ろしいものなのかもしれない。
 とは言え、最初からそんな偏見を持ったまま行ってしまえばまともにものごとを判断出来なくなる。

「ミュリア、安心しろ。お前たちは最初メルリルにだって怯えていたじゃないか」

 俺の突然の言葉に、隣でミュリアがびっくりするのが見えた。
 悪い。昔のことを掘り返すようなことを言ってしまって。

「だけど、実際に会って話したら、別に怖い怪物とかじゃなかっただろう? それとおんなじさ。確かに全く考え方の違う相手と分かり合うのは難しい。それでも相手も人間だ。幸い東方でも平野人の言葉は森人ほど変化が激しくないからある程度理解出来るようだしな。ようするに、やる前からビビる必要はねえってことさ」

 俺は冒険者らしく締めた。
 その乱暴な言いように、聖女はちょっとだけ微笑みを浮かべることに成功したようだ。
 そう、情報は大事だが、先入観は判断を誤らせる。
 意識はフラットな状態で。それが俺のものごとに対する信条だからな。
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