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1巻

1-3

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       ◇ ◇ ◇


「とにかくここで議論していても始まらない。勇者たちはどうしてるんだ? この街に連れてきているのか? 剣聖はどうした」
「この街の宿に。剣聖は二人を守っている」
「わかった。そっちへ移動しよう」
「では、私たちを助けてくれるのか?」
「見てみないことにはなんとも。ただ、もしかすると覚悟をしたほうがいいかもしれないぞ」
「……そんな」

 がっくりと力なく座り込んでしまったモンクをなんとか引っ張って、俺は勇者たちが滞在している宿へ向かうことにした。
 その前に、ギルドカウンターで興味津々という顔をしている面々を一瞥いちべつし、ギルドマネージャーに声をかける。

「岩塩を一塊ひとかたまりと水を中樽ちゅうだるで。ついでに小ぶりのおけを二つ頼む」
「おおっ。出かけるのか?」
「ああ。急いでくれ」

 さすがに即断即決が身上のギルドだけあって、一般的な商店などのように手間がかからない。すぐに求める品物が届き、俺はそれらをひとまとめにして担いだ。
 その間モンクは、焦ったように走り出そうとしては俺に襟首えりくびを掴まれて止まり、ぼーっと立ちすくんではハッとして走り出す、というループを繰り返していた。

「さて、準備が出来たから行くぞ」
「あ、ああ」

 俺が声をかけてもうわの空だ。
 これは単に聖女と勇者が心配というだけではない。モンク自身もある程度、毒の影響が残っているのだ。この状態で街までたどり着けたのだから、やはり勇者パーティはたいしたものと言えるだろう。バカみたいな理由で毒に当たりさえしなければ感心してやったところだ。
 勇者パーティは、案の定というか、この街でも有数の上等な宿に泊まっていた。
 宿の人間はモンクを確認すると、その連れであるいかにも冒険者という格好の俺を見ても何も言わず、頭を下げて迎える。
 さすがは上流の宿だ。半端な宿だと冒険者お断りってとこもあるからな。
 勇者たちの部屋は一階の奥のようだった。通常、この手の宿はあまり一階に客を泊めないのだが、どうやら奥には宿泊出来る部屋もあったらしい。通路の途中は食堂になっていて、それなりに人の出入りがある。その、出入りをしている者たちが、一様にちらりと通路の奥へ目を走らせていた。
 案の定、そこには剣聖がいる。

「剣聖殿」

 俺の声に反応して振り返った剣聖は、モンクよりはずっとしっかりしていて、疲労は少なく見えた。もちろんモンクと同じように泥やホコリなどを被っていて、宿にふさわしくない有様となっていたが、まぁ宿の人間がいいなら俺の知ったことではない。
 だが、その剣聖は、俺を認めるなり、がばりと土下座をした。
 またか!

「お言葉を守れず、ましてや仲間を守れず、私にこの世に存在する価値などあろうはずもありません」
「おい、やめろ。バカか。人が見てるだろうが! お貴族さまに土下座させた男として、有名にしてくれるつもりか? 命がいくらあっても足りねえよ! それより中へ入るぞ。なんでここにいたんだ」

 俺はまくしたてながら、剣聖のくすんで尚見事なよろいをひっつかみ、逃げ込むように中へ入る。その間も剣聖は男泣きに泣いていた。
 うぜえ。

「申し訳ありません。申し訳……」

 こいつも顔には出てないが、毒の影響が残ってるんだろうな。本来はこんなに精神的にヘタれるような奴じゃないはずだ。
 俺は水樽の栓を抜いて桶に水を注ぐと、岩塩をナイフで削ってその中に入れ、二人に渡す。

「まずはこれを飲め。全部だぞ」
「こ、こんな量は」
「わかりました」

 モンクはためらっていたが、剣聖は一気に桶の水を飲む。相当の量だが、思いきりがいいな。
 それを見ていたモンクは、意を決したように口をつけて、水を飲み始めた。
 魔物の毒を抜くには、薄い塩水を大量に飲むのがいいとされている。
 これは一般人向けの治療方法だが、現在動けているんだから、あの二人はこれでなんとかなるだろう。出すものを出してすっきりすれば、マシになるはずだ。
 問題は勇者と聖女だ。あの二人は普通の人間と違い、体内に魔力を豊富に持っている。
 魔物の毒は、一般的には食い物に当たるのと同じようなものとされているが、それは魔力を持たないか、持っていても少ない人間の話だ。
 魔力が多い人間にとって、魔物の毒はたちまち脅威きょういとなる。確実に命を奪う猛毒だ。

「くそっ、なんでこんなことに……」

 奥のカーテンで仕切られた部屋には二つの寝台があり、そこにここ半年ほど見慣れた顔が二つあった。だが、どちらもまるで数年会わなかったかと思うほどに変わり果てている。
 特に聖女がひどい。ぴくりとも動かずに、血の気も感じられない真っ青な顔色だ。
 思わず駆け寄り息を確かめたが、手をかざしても息の有る無しが判別できなかった。そこでナイフを取り出し、そのくもりでようやくまだ息があることを確認してホッとする。
 いや、安心とかしていられる状況じゃないんだけどな。

「彼女から……はな……れろ」

 どうやら俺に気づいたらしい勇者が、口から血の泡をこぼしながらそう言葉を発した。


       ◇ ◇ ◇


「勇者殿、意識があるのか?」

 驚いた。勇者の魔力は聖女に匹敵する。いや、もしかしたら聖女よりも多いかもしれない。だからこそ、体の状態は聖女と同じぐらいキツイはずだ。
 ってか、口と鼻と目から血が出てるじゃねえか。おいおい。

「勇者殿、俺だ。聖女さまの呼吸を確かめただけで、害するようなことはしない」

 どうやら相手が誰だかわかっていなかったらしい勇者は、俺だとわかった途端にまなじりを吊り上げた。

「きさま、出て行けと言ったはずだぞ! いまさらノコノコとなんのつもりだ? 今すぐ出て行け!」

 なんという精神力と感心するべきか、そんなに俺が嫌いか? と苛立つべきか。

「モンク殿に呼ばれて来た。このままだと、勇者殿も聖女さまも危険だと」

 ぜいぜいと息を切らして、勇者は何度か口をパクパクさせる。言うべき言葉をなんとか吐き出そうとしているようだった。

「あなただって死にたくはないでしょう」
「死など……」

 ゴホッと血の塊を吐き出して言うと、勇者は一度目を閉じた。

「だが、ミュリアは……そうだな、確かに」

 ふと、最初の頃の貴公子の面影が勇者によぎる。だが、それも一瞬の幻のように消え去った。

「だが、きさまに何が出来る!」

 そしてまた、咳き込む。

「勇者殿、この毒は気を荒らげれば荒らげるほど身を焼きます。今はおとなしくしていてください」
「……本当に」
「え?」
「本当に助かるすべがあるのか?」

 こいつ他人の言うこと全然聞かないよなと、半ば諦めながらも、俺は勇者の問いに答えた。

「正直に言うと、ほとんど絶望的です。ですが、俺は悪あがきする人間でしてね。やると決めたら諦めるつもりはありませんよ」
「彼女は」

 ぼそりとかすかな声で、勇者が告げた。

「ミュリアは、助けてやって欲しい。あれは、まだ、戻るところが……」

 そして、気絶するように意識を失った。
 聖女を助けて欲しい、か。やっぱり勇者は根っから非情な人間という訳ではないのだろう。そもそも最初に会ったときにはまだ、それなりに穏やかなところもあったしな。
 勇者が決定的に荒れ出したのは、大聖堂で祝福を受けた後からだ。
 その後いろいろあったが、俺が勇者に対して最初に本気で腹を立てたのが、そもそもの原因である魔物を食べる選択をしなければならなくなったときだった。
 魔物が多く、毎年のように行方不明者を出している大陸中央にある身分け山に分け入って魔物討伐をしたのだが、勇者と聖女は俺の忠告を守らずに、食料を持ってこなかった。
 今思えば、勇者はそれまで他人に全てやってもらっていたお貴族さまなんだから、俺が全て用意するものだと思っていたのだろう。
 俺からしてみれば、他人をあてにするなんぞ自殺行為としか思えないから、最低限三日は生き延びることが出来る装備を自分で揃えるのは当然と考えていた。
 元貴族の勇者たちと、農民出の叩き上げ冒険者である俺とは、そもそもの育った環境自体が違う。
 俺がそのことを思いやれるようになったのはかなり後で、その頃はまだ、俺も相手を理解出来ないまま、ひたすら面倒をかける貴族の若者どもに腹を立てていたって訳だ。
 そして俺は遠慮なく、勇者たちをののしった。
 ただ、モンクと剣聖はきちんと俺の言いつけを守って携帯食などを持ち込んでいたので、俺の怒りは勇者と聖女に向かうこととなった。
 とは言え、さすがにまだまだ子どもで、人見知りが激しい聖女を叱りつける訳にもいかなかったし、なんと言ってもパーティのリーダーは勇者だ。
 パーティメンバーの前でリーダーを叱るのはよくないからと、俺は怒りを抑えて、根気よく、なぜ個々人で必要なものを持っていなければならないのかをパーティ全員に説明した。
 それを勇者はバカバカしいと鼻で笑った。

「そのためにお前がいるんだろう? 戦わないのだから荷物ぐらい持て」

 俺の話を全く理解していないことは明らかだった。
 それで俺が、自分の命綱を他人任せにするなと叱ったんだったな。懐かしい。
 それ以来、勇者はずっと俺に反発していたし、何かと文句を言うようになった。だが、それ以上に、俺が不安に思ったのは、勇者のパーティ以外の人間に向ける態度だ。
 どんな相手にも等しく、魔物に向けるものと同じような冷ややかな目を向けて、一切自分から話しかけることがなかった。そんな勇者の態度にどれだけヒヤヒヤしたことか。
 まぁ王家の血筋のお偉いさんだからと、対応する側も気にしていないのは幸いだったが。

「どうですか?」

 俺が勇者を見て感慨にふけっていると、剣聖が何かを恐れるように俺に聞いた。俺は改めて、剣聖とモンクに現在の状況を詳しく説明して、彼らにも解決策を考えてもらうことにした。

「魔物の肉や内臓がなぜ人間にとって毒なのか、知っているか?」
「いえ」
「……」

 剣聖が答える。モンクは少しは気持ちが落ち着いたのか、元の寡黙で無表情な状態に戻っていた。
 お偉いさんたちに魔物についての知識がないのは、彼らが実際に魔物と戦わないからだ。
 魔物と直接相対するのは、ほぼ冒険者の仕事と言っていい。だからこそ魔物については、専門の研究者を除けば、冒険者が最も詳しい。

「魔物は強い魔力を持っている。それは人間の持つ魔力とは性質が違い、人と魔物の魔力は互いに反発する。これは知っているな?」
「ええ」

 魔物に関する知識の基本中の基本だが、実は庶民の中には、このことすら知らない者も多い。だが、貴族として教育を受けた剣聖は当然知っていたようだ。
 モンクもうなずく。

「魔物の魔力は死後もその体内に留まる。特に内臓には多い。魔物の肉を食うということは、この魔力を体に取り込むということだ。もともと魔力のない人間にとっては、異物を体内に摂取したということで、排出するまで苦しむことになる。体が弱っている人間が食うと死ぬこともあるが、魔力がない、あるいは少ない人間なら、一般的な食あたりと同じようなものだ」

 俺の言葉に剣聖もモンクもハッとした。同時に剣聖は、何かを噛みしめるような複雑な表情をする。まぁ仮にも貴族である剣聖がモンクよりも魔力が少ないことで、いろいろあったんだろうなと察することは出来る。だが、今はそのことに構っている場合じゃない。

「ただし、体内に魔力を貯めることの出来る魔力持ちは違う。魔物の魔力を取り込むと、それが体内に蓄積されて、もともとの自分の魔力と反発する」

 俺は一つ息継ぎすると、続けた。

「魔物の魔力が体を破壊し、自らの魔力がそれを再生する。その繰り返しでだんだんと消耗していくんだ。そしていずれは死に至る。それが、魔物食いが危険とされる一番の理由だ」

       ◇ ◇ ◇


「先程の塩水は、体内の魔力を排出させるためのものでしたか」
「そうだ」

 剣聖の問いかけに俺はうなずく。

「なるほど、魔力はわずかながら水に溶ける。それならお二人にも先程の塩水を飲ませれば」
「それは無理だ」
「どうして!」

 一度は落ち着いたモンクだったが、二人が助からないかもしれないと聞いて、また焦る気持ちがぶり返したのか、強い口調で言った。

「静かに」

 俺は、二人が眠る寝台のほうを指していさめた。モンクも気づいて口をつぐむ。
 そうだ、今は二人の感情を乱してはならない。

「お前たちの体内に残った魔物の魔力は多くないから、こんな方法でもなんとかなる。もともと魔力のない人間や少ない人間は、体内にほとんど魔力を貯めることが出来ない。これはわかるな」
「はい」

 剣聖が答え、モンクは無言でうなずく。

「魔力を豊富に持つ人間は体内に魔力を保持することが出来る。そして体内に取り込んだ魔力を意識的に使用することが可能だ。ただし、それは自分の意識とつながった自分の魔力の話だ。自分の意識と繋がらない魔力は体内に残ったまま。さらに悪いことに、魔力を使うための体となっているため、魔力持ちの体は、できるだけ魔力を保存しようとする仕組みになっている」
「つまり、魔力が排出されにくい体質ということですか?」
「そうだ。そして、意識して魔力を放出しても、それは自分の魔力を放出するだけだ。それでも、自分の魔力が空になれば魔物の魔力を少しずつ排出出来るんだろうが、そうなると魔物の魔力で体内が破壊されるばかりで癒やす力がなくなり、排出が終わる前に死んでしまう」
「そ、そんな……」

 剣聖も、モンクも、絶望的な顔でうなだれている。絶望的な気分なのは俺も同じだ。確かに、俺はもう勇者パーティとは関係ないと言えば関係ない。しかし、だからと言って、自分が関わった若者たちがむざむざ死んでいくのを見ているしかないというのはつらいものだ。
 いや、諦めるな。
 俺は自分を叱咤しったした。教会の上位者が持つ導師の力。あれがあれば魔物の毒でも解呪出来ると聞いたことがある。
 導師の力は導きの力。他人の魔力を外から動かせるのだとか。それはなぜだ?
 俺は考えながら寝台から離れた場所を歩き回った。剣聖とモンクは真っ青な顔で座り込んで、まるですでに葬式のような有様だ。
 もっとシャンとしろ! お前ら勇者パーティなんだろうが! 世界中の子どもたちの憧れなんだぞ? そんな思いが湧き上がる。
 俺だってわかっている。彼らは伝説上の人物ではない。生きて、悩みつつ毎日を過ごしている若者だ。
 冒険者は死にやすい、と言われているが、実際には、最も死にやすい時期を乗り越えたら死亡する割合は落ち着く。そして、その最も死にやすい時期が最初の三年だ。
 良心的なギルドでは、最初の一、二年はサポートをつける。
 先輩せんぱいの冒険者がサポートしつつ仕事のノウハウを伝えていき、ヒヨッコ冒険者は何もわからないからひたすら言われたことをこなす。これで死亡率はかなり下がった。
 だが、サポートが外れて自分だけで仕事をするようになって一、二年経つと、自分は一人前の冒険者であるという自負心が強くなる。どれだけ諌めても、だいたいこの時期に多くの若い冒険者が死んでしまうのだ。
 その点、この勇者パーティは規格外だった。
 なにしろ初々しいはずの初心者の時期であるにもかかわらず、既に一人前の自負心が出来上がっていたのである。
 無知でありながら自尊心だけが強い。普通なら死への最短の道行きだろうな。まぁそこは桁外けたはずれの強さを持つ勇者だから、そのぐらい傲慢ごうまんでも問題ないんだろうなと、俺は思っていた。
 見知った人間が死ぬのはいつだってつらい。それが自分より若い人間ならなおさらだ。

「くそっ!」

 ガツン! と無意識に、俺は部屋の柱に自分の頭を打ち付けていた。

「大丈夫ですか? 頭をぶつけたのでは?」

 剣聖がぎょっとして、慌てて声をかけて来る。モンクは、俺の頭がおかしくなったのではと、疑わしそうにこちらを見た。

「ちょっと活を入れていただけだ」

 恥ずかしくなって、俺はそう言い訳をした。
 ん?
 ふと、額の痛みと共にひらめくものがあった。……強い力をぶつける。
 そうか、導師は修業を積んで、魔力を高めていると聞いたことがある。外から強く純粋な魔力をぶつけることで、相手の体内の魔力を動かせるのだとしたら……。

「……手が、あるかもしれない」

 俺の言葉に、何を言ってるのかわからない風だった剣聖とモンクが、しばらくして意味を理解したのか、ハッと顔を輝かせた。
 うん。そんなに期待されると困るが、俺は諦めだけは悪い男だ。まぁせいぜい悪あがきしてやるさ。


       ◇ ◇ ◇


「まず、君たちは出すものを出して来るといい」

 俺は真っ青な顔をしている二人に言った。
 なんで我慢をしているのか知らないが、モンクも剣聖も尿意を必死に耐えていることがわかる。そもそも俺の行った治療方法は、出すのが目的だから我慢したら意味がない。

「え、しかし、大切な話の途中で離席するなど」

 と、剣聖が抗議をし、モンクは青い顔のまま少し震えている。

「どんな場合でも、体の欲求を無理して抑えるな。その分、注意力や行動のさまたげになるだろ。とにかくつべこべ言わずに行ってこい」

 俺が重ねて言うと、二人とも、渋々という風に退出した。
 やれやれだ。
 場を改めて、すっきりとした二人に対して、今回の作戦を説明する。やや狭いが、部屋の備え付けの上品なテーブルに地図を広げた。この地図はギルドの地図を自分で描き写したものだ。素人仕事だから大陸の輪郭などはいびつだが、場所の把握には十分役に立つ。
 この他に冒険者は、自分たちが行動する場所の狭い範囲の地図も作って持っているのが普通だ。環境調査と維持、素材採取が主な役割なのだから、地図は必須アイテムなのである。

「地図、ですか」
「……これが、地図」

 どうやら剣聖は大陸地図を見知っている風だった。まぁ、元騎士団なら当然だろう。
 一方のモンクは地図自体を見たことがない感じだった。彼女は約半年前までは大聖堂で働いていたから、地図など必要なかったということか。

「つまり、旅程を短縮して大聖堂へ向かうということですか?」
「いや、そんなことをしていたら間に合わない。見たところ、聖女さまでギリギリ一週間前後、勇者殿に至っては、下手すると数日しか猶予ゆうよがないかもしれない」
「っ! そんなに?」

 あのバカ勇者は他人に弱いところを見せたくないのだろう。おとなしく寝ていればいいものを、なんとか意識を保とうとしていたのだ。その抵抗のせいで体内の破壊が進んでいた。

「そこで、勇者殿に関しては眠り草をせんじて無理に眠らせてしまおうと思う」
「そんなことをして大丈夫なのですか?」
「魔物の毒は意識があって、気持ちが高ぶるほど体内で暴れて危険になる。聖女さまの方が正解なんだ。おそらく彼女は無意識に自分を仮死状態にしているんだろう。『癒やし』を持つ者だからか、自分を守る手段も本能的に理解しているのかもしれない」
「どうやって飲ませるのですか?」
嚥下えんげさせるのは無理だろうから、今回は煙を吸わせよう。いぶすことで鎮静効果のある薬草かなにかを後で薬屋から調達して来る」

 俺はそう言って話を先に進める。

「話がれたが、俺の考えた方法を説明する。おかしいところや、もっといい方法があれば指摘してくれ」

 二人がうなずいたのを見て、俺は自分の考えを述べた。

「まず、二人のなかに魔物の魔力が入り込んだせいで危険な状態になっていることは説明したな。人は魔物の魔力を使うことが出来ない。そのため魔力を保持しようとする体質の者ほど、危険な状態になる。それは外に排出出来ないからだ」

 二人は真剣に聞いているが、ここまでの話に異論はないようだ。

「魔物の魔力、つまり魔物の毒の治療は、大聖堂にいる導師のみが行えると聞く。導師とはどのような者かはモンク殿のほうが詳しいだろう。今から俺の言うことに間違いがあれば指摘して欲しい」

 モンクは無言でうなずいた。

「導師は自分だけでなく、他人の魔力をも操作出来る。それは修業の末に、魔力を高い段階に引き上げたからだ」

 俺はモンクに視線を送った。

「あ、はい。導師さまは、魔力の放出のみで奇跡を起こせます。水をワインに変えました」
「それは……すごいな」

 モンクの言葉に、剣聖が思わずといった風に声を発した。
 魔力というものは通常、段階を踏んで世界に働きかける。つまり、自分以外のものに変化をもたらすには触媒しょくばいが必要なのだ。
 魔力を持った者は、自分自身と自分に触れているものに力を及ぼすことに秀でる。勇者の剣技はその代表と言えるだろう。
 ん? そう言えば。

「そう言えば、聖女さまの力というのは具体的にどういうものなんだ? 俺は祈りで神の奇跡を起こすとしか聞いてないが。前に傷とか治してたよな」
「あ、はい。純粋な信仰心で、信者の命や魂を救済すると聞かされています」
「よくわからないが、もしかしたら聖女さまならこの毒も浄化出来たかもしれないのか」
「おそらく」

 思わずため息が出そうになって、気持ちを切り替える。

「まぁとにかく、そういった特別な奇跡の力というのは、魔力を純化、つまり魔力の密度を上げることによって起こるとされている」
「そうですね」

 モンクがうなずくのを確認しながら、俺はさらに自分の考えを説明した。

「実のところ、強力な魔物は密度の高い魔力を有していると考えられている。その最高峰とされているのがドラゴンだ」

 二人の反応は鈍い。既知の事実だが、それがどうした? と言いたいのかもしれない。

「そこで、俺は二人の体内の魔力の浄化に、ドラゴンの魔力を使おうと思う」
「は?」
「……?」

 うん。二人共なんだかよくわかっていない顔だな。まぁ仕方ないだろう。


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