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1巻

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「やっぱもう無理」

 そう口にしたのは、すっかり口調までも下賤げせんに染まってしまった勇者だった。

「おっさん、何もしてないし。戦闘のときさ、いなくてもいいよね?」

 勇者が「おっさん」と呼んだのが俺――ダスターである。

「そう、ですね」

 勇者の言葉に、独特の舌足らずな話し方で追従ついじゅうする聖女。パーティで一番幼い彼女は人見知りが激しく、基本的に勇者の言葉にうなずくだけだ。

「いや、しかし、彼も国王がつけてくださったサポート役ですから……」

 勇者をたしなめたのは、騎士団出身の剣聖。対人戦闘の専門家として、才能は豊富だが経験の少ない勇者のサポートとしてついている。ある意味、俺と似た立場ではあるな。

「いやフェイバーズ、お前はさ、強いからいいんだよ。いる意味あるし。でもさ、おっさんはさ、戦わないよね」
「まぁ、俺の役回りは戦闘ではないからな」
「なんでいるの?」

 今さらの疑問であった。
 なぜいるのかと聞かれたら、戦い以外の面でのサポートのためなのだが、そういう雑用係は必要ないというのが勇者の言い分だった。今になって言い出したのは……まぁ、やっとそういったことに気が回るようになったのだろうな。
 右も左もわからずに必死だった時期をようやく過ぎたということだ。

「世慣れない勇者パーティのサポート役。そのまんまだ」
「じゃあもういいよね。俺たちもう半年こうやって戦って来たし。正直さ、みんなが戦っているときにおっさん一人だけ戦わないって、すげえイライラする」

 しかしつくづく思うが、この半年での勇者の豹変ひょうへんっぷりはすごいな。今となってはとても王家の血を引く貴公子とは思えない。
 なにかこう、やさぐれてみたい年頃なのかもしれない。

「ふむ。まぁこのパーティのリーダーは勇者だ。陛下も、出立した後は自己判断で行動するように、とおっしゃられていたそうだから、俺はあなたの判断に従いますよ」

 俺はあえて、勇者の意見に反論しなかった。パーティの雰囲気を悪くしても仕方がないからな。
 王都のお城の前で行われた派手な出立式から半年。季節は秋。山には食料も多い。
 冬になれば野外活動は無理なので、勇者たちもどこかの領主のもとに身を寄せることになるだろう。本当はそこまで同道するつもりだったが、もう俺がいなくてもなんとかなるか。

「どうなんだ? 反対の奴いる?」

 勇者は他のみんなに聞いた。一応パーティメンバーの意見は尊重するらしい。

「わたしは、勇者さまに、従う」

 まぁ聖女はそうだよな。あんまり主体性がないし、そもそも俺とはほぼ口をいてない。

「……勇者がそう決めたのなら」

 剣聖は貴族で、しかも勇者との身分差が大きい。同じパーティとは言っても、ほとんど主人と従者の関係だ。
 積極的に反対をしないのは当然だろう。

「……好きにしたら?」

 もう一人、大聖堂所属のモンクの女性がため息と共にき捨てるように言った。……彼女はいろいろあったらしく、かなり人間不信気味だ。
 なんというか、厄介やっかい払いのような形でこのパーティに参加させられたようで、大聖堂ではものさわるような扱いを受けていたという。
 人間不信にもなるだろう。
 ただ勇者たちパーティの仲間とは、割と上手うまく行っていると思う。
 男連中に対する態度はともかく、聖女には優しいし、戦闘の際の呼吸の合い方を見ていると、すっかり馴染なじんでいて大丈夫そうな気がする。

「じゃ、おっさん。いままでお役目ご苦労さん。もういいから出てけ」
「勇者、言い方」

 剣聖がたしなめる。苦労性だな。俺がいなくなって一番大変なのは剣聖だろう。

「言葉飾っても仕方ないだろ。もういらねーんだよ。邪魔、いちいちうるせーし、俺らのことは放っとけよ!」
「わかった、世話になったな」

 まぁ確かに十八歳の勇者にとって、もうすぐ三十のおっさんの俺はうざったかったよなぁ。なにしろ世間知らずの貴族の坊やだし、いろいろうるさく言ってしまったという自覚はある。
 俺は最後に、剣聖と冬場に逗留とうりゅうする場所の候補や、事前の手配なんかの打ち合わせをして、この若々しい勇者パーティから去ったのだった。
 なかなかハードなお役目だったが、実は案外嫌いじゃなかったんだよな。

       ◇ ◇ ◇

 勇者パーティを去るにあたって、俺が使っていた馬を勇者たちの荷運び用に残すことにした。
 勇者は「馬を奪ったと言われるのは嫌だ!」という理由で反対したが、「俺がいなくなった後に、誰がテント道具や簡易式のや大鍋を運ぶんだ」と言ったら納得した。
 普通の冒険者のようにマント一枚あればどこでも眠れて、土の下の虫を掘り起こして食えるならいいが、こいつらには無理だ。豪華ごうかでなくとも、人間味のある生活環境を整えるには、ある程度の荷物がどうしても必要になる。
 ああ、なんかちょっと不安になって来たが、まぁ若いと言っても子どもじゃないんだ。大丈夫だろう。……たぶん。
 そもそも馬はこの旅に出る際に下賜かしされたもんだ。まさか返せとは言われないだろうが、やっぱり勇者パーティのための馬という意識がある。
 それに、一介の冒険者である俺には馬を世話し続けるのも一苦労だしな。
 そんなこんなで、イライラし続ける勇者と、オドオド震える聖女、四角四面で融通の利かない剣聖と、いつも不機嫌なモンクと別れて、俺は晴れてお役御免となった。
 そして、別れた街から辻馬車をいくつか乗り継いで、俺は冒険者として活動していた拠点の街へと戻ったのだった。

「よう、ひさしぶり」

 表からは何の建物かわからないごつい造りのドアを開けると、ガラガラと大きな音がする。ドアベル代わりに吊るされている、得体の知れない金属片同士がぶつかった音だ。
 よくよく見ると、それは壊れた装備の一部であることがわかる。
 薄暗い室内には、いくつかのテーブルとカウンター。一見して酒場にしか見えない場所だが、ここが俺が所属しているギルド『不屈の野良犬のらいぬ』のギルドハウスだ。
 テーブルにはギルドメンバーがたむろしていて、カウンターの向こうにギルドマネージャーの姿がある。

「戻ったのか。ずいぶん時間をかけたな」
「そうか? 一年もってないぞ。俺としては短すぎて不本意だ。もうちょっとこの美味おいしい仕事をしていたかったんだがな」
「ほう? 確かに金額的には美味しいが、お前には退屈だったんじゃないか?」
「ぬかせ。それより、城に依頼完了と連絡しておいてくれ」
「承知した。達成報奨金をごっそりもらうとするか」
「ごっそりピンはねするなよ」

 俺の警告を鼻で笑ったギルドマネージャーは、さっそく書面の作成に入ったようだった。こういう細かい部分の仕事をやってもらえるのが、ギルドに所属する特典と言えるだろう。
 基本的に冒険者なんて連中は、戦う以外のことは苦手なのだ。そもそも学があれば他の仕事をしている。

「おかえりなさい、ダスターさん」
「ただいま、リリ」

 ギルドメイドのリリが、俺の外套がいとうを預かって席へと案内してくれた。
 疲れていることをおもんぱかったのか、カウンターの端、他人があまり関わってこない場所だ。
 リリは元冒険者の嫁で、夫をくして今は一人で暮らしている。旦那がこのギルドのメンバーだったんで、女一人となってもここで仕事を得ることができたのだ。
 男ひでりの三十二歳。一つ一つの動作に色気があるが、俺はあいにく年上好みではない。
 以前正直にそう言ったら、平手打ちを喰らったが、後に和解して、その後はギルドメンバーとして身内の付き合いをしている。

「でも、すごいよ。勇者パーティってえらいさんばっかりなんだろ? 普通、冒険者のサポーターって、大聖堂での祝福までの付き合いって言うじゃない。なかなか帰って来ないから、こりゃあ、やっこさん、自分も勇者パーティの一員になるつもりじゃないかってうわさしてたんだよ」
「いやいや、平民が勇者御一行になる訳にゃあいかんだろ。あくまで俺はサポーターだよ。まぁなんというか、危なっかしくてな、いろいろ世話焼きしちまって、ずるずると長引いてたんだ。やっとお役御免になってホッとしている」
「そうだよね。うちの人も、偉いさんの護衛は息が詰まって仕方ないとか言ってたし」
「違いねえ」

 笑い話にしてしまえる――今回のお役目はその程度の適当な仕事だった。
 しょうもないお偉いさんのガキどもを、放っておけなくてついつい長丁場になっちまったが、その夢も終わった。
 俺の前に、ぬるいエールがそそがれたコップがドンと音を立てて置かれた。
 ぐいっとあおると、懐かしい芳香が鼻に抜け、苦味が喉をすべり落ちる。俺にとっての日常の味だ。
 ギャーギャーうるさい小僧っ子のために走り回って探し出した、古いワインをお湯で割った上品な味なんか、どう考えたって俺向きではない。
 ああ、そう言えば、聖女がワインに入れる蜂蜜はちみつを欲しがって、それを聞いたいつも寡黙かもくなモンクが奮闘して、蜂に刺されながら取って来た蜂蜜入りのホットワインは、びっくりするぐらいうまかったっけ。
 俺は一つ頭を振って気持ちを切り替えた。
 もう俺は勇者パーティのサポーターじゃねえんだ。あの連中のことは、噂で聞く遠い世界の物語だと思うようにしてしまわねえとな。


       ◇ ◇ ◇


「おう、勇者さま御一行のサポーター仕事の最終評価が出たぞ。後金あとがねが大金貨二枚だ」
「おお、ありがてえな」
「……ふむ」

 思わぬ大金に、俺が相好そうごうを崩すと、ギルドマネージャーは片眉を上げて、微妙な表情になった。

「なんだ?」
「いや、まぁ貴族相手の護衛の仕事としてはけっこうな値段なんだが、期間を考えると割に合わないんじゃないか?」
「そうなのか? 俺は勇者のお付きなんて初めてだからな。あんまりよくわからんが、ひと月程度の商隊の護衛が大銀貨一枚ぐらいだろ、あれを考えればかなりの儲けだと思うが」
「ありゃあ、集団で雇われるから一人の取り分が少ないってだけで。それに、お国の依頼には威信があるから、かなり色が付くのが普通さ。半年も付き合ったにしちゃあ、二ヶ月程度の場合とほぼ同じってのはなぁ」
「そう言えば、通常サポーターは大聖堂までなんだそうだな。別に期間を指定していたわけじゃないのに、俺が勝手にずっとついて行ったって判断なんじゃねえか?」
「まぁそうなんだろうな」
「いいって、ちゃんと交渉してくれたんだろ? わかってるさ。終わった仕事には固執こしつしないのが俺たちのルールだろ。とりあえず金は銀を五枚だけ寄越してくれ。後はギルド保管で頼む」
「はいよ」

 少しくすんだ王国銀貨を手にして、軽く鼻歌が出る。今回の仕事ではほとんど剣を使っていないから、ぎは必要ないな。ナイフを新しいものに替えるか。
 とにかく、まずはうまい飯と酒だな。
 しかし、そうは問屋がおろさなかった。

「あ、それと、ダスター。新しい仕事だ」
「ああん? 前の仕事が終わったばかりでそれか? 懐の暖かいうちは働かないのが冒険者ってもんだぜ」
「ち、お前の主義はどうでもいい。ちと山のほうがきなくさい。急ぎだ」

 ああ、魔物調整の仕事か。何の因果かまた役所の依頼だな。まぁ、放置してっと俺ら自身が危ねえからいいんだけどよ。

「リーダーは『大地の牙』のケインだ。詳しくはそっちで聞いてくれ」
「へいへい」

 ったく。ゆっくり疲れをやす暇もねぇってどういうことだ? だがまぁ、グチグチ言っても仕方ない。俺は大テーブルを囲んでいる集団のもとに向かった。

「よお。なんか急ぎの仕事だって?」
「よう、ダスター。貴族の坊やたちのおりは終わったのかよ。てっきり、お前さんも勇者御一行として、俺らの手の届かない有名人になるんじゃねぇかって思ってたぜ」
「ぬかせ」

 ケインの言葉に大テーブルの周りでゲラゲラと笑い声が起きる。まったく、相も変わらずがさつな連中だぜ。
 俺がいている椅子に腰を落ち着けると、ギルドメイドのリリがすかさずエールを持ってきてくれた。
 気が利くな。まぁ無料じゃねえんだけどな。商売上手と言うべきか?
 大テーブルには大きな地図が広げられている。南方の大森林と、その奥にある雷鳴山らいめいざん周辺の地図だ。この地図は俺ら冒険者の情報によって作られたもので、このギルドの財産と言える。

「この雷鳴山に雷獣がんでいるのは知っているな。どうもこいつが山を下りて来ているらしい」
「おいおいマジか。原因はわかっているのか?」
「近隣の狩人かりゅうどの話では、大森林では今獲物が不足しているって話だ。同じ現象が雷鳴山でも起きているんじゃないかって言ってたぜ」
「獲物が不足してる?」
「ああ、お前はこっちにいなかったから知らねえだろうが、今年の夏の頭に季節はずれの大嵐があってな。森が荒れたんだ。で、えさ不足で獣に仔があまり生まれなかったようだ」
「なるほど、食料不足で下りて来やがったのか」

 雷獣というのは雷鳴山に棲んでいる巨大な魔物だ。雷を放って攻撃してくる、かなり厄介な相手として知られている。通常ならまず戦うという気持ちにならないだろう。

「そのまま東に来ちまうと牧場地がヤバイ」
「それでおかみから調整依頼が来たって訳か」
「そういうこった」

 国は立派な騎士団を抱えているが、魔物や獣相手に戦うのは下賤の仕事として、こういう仕事は俺らに回して来る。戦がほとんどない今、いったい何から民を守っているのやら。

「俺らにイケニエになれってか」
「お偉いさんにとっちゃ、そうなってくれれば厄介な獣が両方片付いてありがてえってところじゃねえか」

 大テーブル周りの冒険者たちは、ケインの冗談にならない冗談に、またゲラゲラと笑った。
 命の危険も笑い話の種にするのが冒険者の悪癖あくへきだ。仕方のねぇ連中だな。まぁ俺もそうなんだけどよ。


       ◇ ◇ ◇


 今回の仕事の概要をつかんだ俺は、雷獣の性質を思い出していた。
 雷獣は二階建ての建物ほどもあるでかい魔物だ。普段は高い山のいただき付近に棲んでいて、狩りのためにその山のなかを縦横無尽じゅうおうむじんに動き回る。ほとんどの場合、遭遇したら死を覚悟しなければならなかった。
 とは言え、遭遇を避けるのは簡単だ。そいつの棲む山を把握して、近づかなければいい。
 雷獣はあまり低い土地は好きではないらしく、ふもとまで下りてくることはほとんどなかった。
 魔物の多くはテリトリーにこだわりを持つ。
 現地の民に土地神として信仰される魔物がいるのも、棲み分けることが出来れば外敵を寄せ付けない頼もしい存在となるからだ。テリトリーに入り込まなければ滅多に事故は起きない。
 ただし例外はある。
 その一つが、今回問題になっている食料不足だ。どんな生き物も、えれば食べるものを探して苦手な場所にだっておもむく。

「確か……」

 俺はギルドの地図をまじまじと見た。
 そこには危険な獣、あるいは有益な植物などの情報がいくつも書き込まれている。俺は探していたものを見つけると、ふむ、とうなった。

「騎士蜂の巣が大森林にあるな」
「なるほど、騎士蜂を使うのか。妙案と言いたいところだが、ある意味こいつらも雷獣に負けず劣らず危険だぞ」

 ケインがしかめっつらになる。

「いえ、上手くいくかもしれません」

 俺たちの会話に割って入ったのは、『大地の牙』の副リーダーであるアイネだ。ケインの奥方でもある迫力美人である。

「見てください。雷鳴山からこちら側に下りるいくつかのルートのうち、雷獣の巨体が通るとなれば、ほぼ一つに限られます。その他はがけと滝、雷獣の嫌う大きな高低差があります」
「そうだな。おまけにこないだの嵐で、崖が増えた。あいつが通るとしたらこのルートか」

 ケインが示したルートは、針葉樹林帯が終わり、巨石がゴロゴロしている道筋だ。
 見晴らしが良すぎるため、あまり獣の姿は見ない場所だが、雷獣には天敵がいない。見晴らしがよくても気にしないだろう。
 そして、そこから大森林が広がっている。

「騎士蜂を仕掛けるなら、ぴったりのポイントだ」

 俺の言葉にケインはうなずくが、同時に嫌な顔もする。

「確かに雷獣は騎士蜂を嫌うが、そもそもあいつらを嫌わない生き物のほうが少ねえよ。俺だって蜂に刺されて死ぬのは嫌だぜ」
「そこで私の出番でしょう。しびれ草を使うんですね」

 アイネの提案に、俺は首を横に振った。

「しびれ草は強すぎるんじゃないか? 攻撃と判断されるかもしれないぞ」
「でも普通の眠り薬は効きませんよ」
「前に猟師に聞いたんだが、騎士蜂は紫てのひら草と、大ダンゴムシの粉末をいた煙で眠っちまうとか」
「ああ、猟師の知恵ですね。うーん、加減は難しいけど、毒や薬の専門家として、なんとかしてみます。ただ、巣をいぶすなら暗くなってすぐじゃないと。夜になると蜂は巣の奥に入り込みますから、煙の効き目が薄いかもしれません」

 協議の末、作戦が決まった。
 あんな小さな生き物を、強大な雷獣が恐れるなんてな。まぁ小さいと言っても、俺らの手のひら程度の大きさはあるが。
 ともかく、雷獣が苦手とするのが騎士蜂という蜂だ。こいつらは好戦的で、ぶっとい針を飛ばして攻撃して来る。
 さらに雷獣はこいつらの針を受けると、なぜか自分の雷でダメージを受けるようになるのだ。
 恐れ知らずの雷獣も、鮮やかな赤と黄色と黒の三色の組み合わせを見ただけで、道を引き返すという。畑のカカシのようにハリボテを使う方法もあるが、せっかく本物の騎士蜂がいるんだから利用しない手はない。
 俺たちは、雷獣がこっちに下る唯一のルートに、騎士蜂の巣を移す計画を立てた。
 ところで、この騎士蜂を使うというアイデアは、勇者パーティでの蜂蜜のエピソードを基に思いついたものだ。昔、俺の師匠が言っていたように、どんな経験もなんらかの実りを生むらしい。


       ◇ ◇ ◇


 今回の作戦の流れを確認しよう。
 午後から大森林に入り、暗くなって来たら騎士蜂の巣に特製の眠りの煙を流し込む。蜂が沈黙したら慎重に巣を取り出し、雷獣の予定進路上に設置する。
 まとめるとすごく簡単そうだが、実のところ命がけの仕事となる。
 まず騎士蜂がヤバイ。こいつらは巣の近くに生き物の気配を感じると、集団で取り囲んで針を飛ばしてくる。
 当然毒針だ。一本が大工の使う木材留めのくいほどのサイズで、その衝撃だけでも手足くらい簡単に吹っ飛ぶ。
 つまり、蜂が寝てしまわないうちに俺たちの存在がバレたら、終わりってことだ。
 それ以外にも、作戦が夜までかかるのも問題だ。
 夜の森は、人間には危険極まりない場所だ。どこから獣や魔物が襲ってくるとも知れないし、下手をすると道に迷うかもしれない。普通猟師でも夜は狩りに出ないものだ。

「ふう、気が重いぜ」
「あんたでもそういうこと言うんだ」

『大地の牙』の新入り、デクスが生意気な口調でそう言った。

「あんたでもって、おめえはまだ俺とあんま仕事はしてないだろ」
「噂は聞いてるぜ。辻褄合つじつまあわせのダスター。始末に負えない仕事を上手いこと終わらせる名人だってな」

 またそんな異名が広がってるのか。チッ、ギルドマネージャーの奴、使い勝手のいい手札扱いするつもりだな。
 俺は軽い悪意を感じながら、この年若い冒険者にどう答えようかと考えた。とは言え、うまい答えが浮かぶはずもない。

「……そりゃあ、悪名だな」
「そう言われると、どっちとも取れる名前だよな」

 そう言って年若い冒険者デクスはイシシと笑う。年齢的に勇者と聖女の中間ぐらいか。
 若いってのはそれだけで大きな力だ。おっさんとしてはやっぱり少しうらやましい。

「まったく、無駄口叩いて転ぶなよ。大事な荷物を抱えているんだからな」
「へいへい」

 列は先頭がケイン、どんじりが俺だ。
 デクスを含む中央のメンバーは、三人がかりで大きなけが人用の担架たんかを抱えている。山道では荷車を使うことができないので、蜂の巣を運ぶのに担架を使うことにしたのだ。
 夕暮れが迫り、ようやく目的地に到着した。とは言っても、目標の騎士蜂の巣からはまだ歩いて百歩以上はある。
 俺と同じくソロで参加の探索技能持ちが、風の向きを調べながら蜂の出入りの観察を開始した。
 かなり暗くなって、ようやく蜂の出入りがやむと、夜の風向きが定まるのを待って火を起こし、煙を出す材料を投げ込む。そして俺たちは全員風上に移動し、蜂の気配が消えるのを待った。
 俺たち冒険者のことを、戦いから戦いの勇ましい職業と考える連中もいるが、それは間違いだ。
 冒険者の仕事の大半は待つことであり、歩くことである。世間が考えるよりも地道なのだ。
 蜂が寝静まった頃合いを見計らって、俺は素早く近づいた。慎重に気配を探る。
 よし、いけるな。

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