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第四章 世界の片隅で生きる者たち
293 絵描きの騎士1
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二十代と言えば師匠から離れてソロで冒険者を始めてそれなりに経った頃だ。
周囲からは成長株の冒険者と目されていて、そのことを自分でもわかっていた。
その頃の俺は、自分の技量にある程度以上の自信を持っていたと思う。
そして魔物を恐ろしい相手だと身に沁みて感じ始めていた頃だった。なによりも憎い敵という意識があった。
俺と同じぐらいの頃に冒険者になった若手は、魔物との戦いですでに半分以上姿を消していて、なかには仲のいい相手もいたのだ。
魔物を恨むには十分な理由だったと思う。
その頃の俺の活動場所は、今は『森人の森』となった『緑の獄』の近くにある、魔物狩りを中心に行う冒険者の街だった。
今思えばあの頃にメルリルたちの集落近くを通ったこともあったのかもしれないな。
森人の集落はメッセリの施した術によって発見されないようにしてあるのだそうだから、出会うことがなかったのは当然の話だが、少女の頃のメルリルも見てみたかった。
「二十代の頃もやっぱりソロで、たまにほかのパーティの助っ人とかもやっていた俺だが、ある日、妙な依頼が来た。お偉い騎士さまが森と魔物に詳しくて、長期間雇える冒険者を一人探しているというものだ。お前にはちょっと言いにくい話だが、実は冒険者の大半はあんまり騎士が好きじゃない。だから長い間お偉い騎士さまと二人っきりで仕事するなんて仕事はみんな嫌がるんだ。そのせいでギルドでは若手だった俺にその仕事が回って来たという訳だ」
「いえ、わかります。冒険者は自由ですから、騎士とはそりが合わないでしょう」
俺の言葉に聖騎士クルスは同意した。
腹を立てた様子もないし、つくづく寛容な奴だ。
「まぁ、力関係から言って、俺は断れなかった。そこで渋々その仕事を受けた訳だ。引き合わされた騎士さまは、騎士の鎧を着てはいなかったが、仕立ては立派な服装で、なによりも髪やヒゲの手入れが行き届いていて、いかにも貴族という見た目の男だった。年齢は、そうだな、今の俺よりも上だったと思うぞ。その騎士さまは俺に向かっていきなり名乗ってよろしくと言った。ちょっと驚いたな」
「驚いたのですか?」
「いや、驚くだろ。普通貴族は冒険者には名乗らない。お前たちと最初に会ったときだって名乗らなかっただろ?」
「申し訳ない」
「いや、それが普通だからな。ある意味それは配慮でもあるんだ。平民がうっかり貴族の名前を呼び捨てにしたり、家名を出して何か問題を起こしたらそれだけで大きな罪になる。まぁ、それで俺はその騎士さまは庶民とあんまり触れ合わない立場なんだなと思った訳だ」
「なるほど、ダスター殿は思慮深いな」
「いや、それは違うだろ」
聖騎士クルスからの見当違いの評価に困惑する。
「私もダスターは思慮深いと思う」
メルリルまで便乗してそんなことを言い出した。
二人共身内を高く評価する癖があるよな。ありがたいことだと思っておこう。
「俺のことはともかくとして、その騎士さまの話だ。仕事の内容を聞いてみて俺は驚いた。どうやらその騎士さまは、国王陛下に定期的な魔物の調査を進言したということだった。その頃、貴族は完全に魔物関連の問題は冒険者に丸投げで、何かあっても冒険者を雇って解決するというような状態になっていた。騎士たちは隣国である大連合のなかのいくつかの国との小競り合いにかかりきりになっていて、魔物にかかずらっている暇はないという態度だったからな」
「私が幼い頃は何度か騎士団が出る戦いがあったと聞いております。我が家でもそのときに手柄を立てた者がいます」
「人間同士が戦うの?」
メルリルがびっくりしたように言う。
そうか、同種族の間では意識の交流があって助け合って生きている森人にとって、仲間同士で争うというのは不思議な話なのだろう。
「ほら、二翼国家でも王家を陥れようとする奴もいたろ。メルリルに囮になってもらったときとか」
「ええ、簡単に引っかかったわね」
「まったくだな」
あっちは集団で武装しているし、追いかけるのは無力そうな村人の女性だからな。
人間だけの話ではないが、生き物は己が強者となって弱者を襲うときが一番油断している。
だから簡単に欺かれるのだ。
「ああいう風に自分たちに利益があり、大義名分があると人は争いを起こす」
「なんとなくわかった。なわばり争いの大規模なやつね」
「そうそう」
「そんな風に言われてしまっては騎士も形無しですね」
俺たちの会話に聖騎士が苦笑する。
「騎士だけの話じゃないさ。生き物の本能のようなもんだ。それは仕方ないと俺は思っている」
「そう、ですね。名誉ある戦いは、私たち騎士にとっては喜びです。戦うために技を磨き、己を鍛えて生きているのですから」
「そういう生き方もあるだろうさ。と、そうそう、絵の上手い騎士さまの話だったな」
俺がそう言ったところに頼んでいた料理と酒がやって来た。
最近は茶ばかり飲んでいたんで久々に酒を頼んでみたのだ。
店の少女からここの名物の果実酒を猛プッシュされたという事情もある。
料理に合うからと言われれば頼むしかないだろう。
クルスもメルリルも同じ酒を頼み、料理はそれぞれ別のものを頼んだ。
全員で少しずつ楽しめるからな。
一緒に出て来たパンは薄めにスライスされていて、それを油で揚げているようだった。サクッとした食感と香りがいい。
「切り取った料理をその揚げパンに乗っけて食べると美味しいよ」
とは、店の少女の言葉である。
「ありがとう」
「どういたしまして」
手間賃を手渡すとにっこりと笑って去って行った。
「キュルルル」
「わかっている。分けてやるから」
フォルテ用に頼んだ小皿に揚げパンと肉と魚の料理を少しずつ入れてやる。
こいつものを食べる必要もないのに妙に食い意地が張った奴になってしまった。
勇者の影響を受けたのかな、困ったものだ。
「話の続きは食べてからにするか」
「わかりました」
「楽しみです」
俺たちは黙々と料理の攻略に取り掛かったのだった。
周囲からは成長株の冒険者と目されていて、そのことを自分でもわかっていた。
その頃の俺は、自分の技量にある程度以上の自信を持っていたと思う。
そして魔物を恐ろしい相手だと身に沁みて感じ始めていた頃だった。なによりも憎い敵という意識があった。
俺と同じぐらいの頃に冒険者になった若手は、魔物との戦いですでに半分以上姿を消していて、なかには仲のいい相手もいたのだ。
魔物を恨むには十分な理由だったと思う。
その頃の俺の活動場所は、今は『森人の森』となった『緑の獄』の近くにある、魔物狩りを中心に行う冒険者の街だった。
今思えばあの頃にメルリルたちの集落近くを通ったこともあったのかもしれないな。
森人の集落はメッセリの施した術によって発見されないようにしてあるのだそうだから、出会うことがなかったのは当然の話だが、少女の頃のメルリルも見てみたかった。
「二十代の頃もやっぱりソロで、たまにほかのパーティの助っ人とかもやっていた俺だが、ある日、妙な依頼が来た。お偉い騎士さまが森と魔物に詳しくて、長期間雇える冒険者を一人探しているというものだ。お前にはちょっと言いにくい話だが、実は冒険者の大半はあんまり騎士が好きじゃない。だから長い間お偉い騎士さまと二人っきりで仕事するなんて仕事はみんな嫌がるんだ。そのせいでギルドでは若手だった俺にその仕事が回って来たという訳だ」
「いえ、わかります。冒険者は自由ですから、騎士とはそりが合わないでしょう」
俺の言葉に聖騎士クルスは同意した。
腹を立てた様子もないし、つくづく寛容な奴だ。
「まぁ、力関係から言って、俺は断れなかった。そこで渋々その仕事を受けた訳だ。引き合わされた騎士さまは、騎士の鎧を着てはいなかったが、仕立ては立派な服装で、なによりも髪やヒゲの手入れが行き届いていて、いかにも貴族という見た目の男だった。年齢は、そうだな、今の俺よりも上だったと思うぞ。その騎士さまは俺に向かっていきなり名乗ってよろしくと言った。ちょっと驚いたな」
「驚いたのですか?」
「いや、驚くだろ。普通貴族は冒険者には名乗らない。お前たちと最初に会ったときだって名乗らなかっただろ?」
「申し訳ない」
「いや、それが普通だからな。ある意味それは配慮でもあるんだ。平民がうっかり貴族の名前を呼び捨てにしたり、家名を出して何か問題を起こしたらそれだけで大きな罪になる。まぁ、それで俺はその騎士さまは庶民とあんまり触れ合わない立場なんだなと思った訳だ」
「なるほど、ダスター殿は思慮深いな」
「いや、それは違うだろ」
聖騎士クルスからの見当違いの評価に困惑する。
「私もダスターは思慮深いと思う」
メルリルまで便乗してそんなことを言い出した。
二人共身内を高く評価する癖があるよな。ありがたいことだと思っておこう。
「俺のことはともかくとして、その騎士さまの話だ。仕事の内容を聞いてみて俺は驚いた。どうやらその騎士さまは、国王陛下に定期的な魔物の調査を進言したということだった。その頃、貴族は完全に魔物関連の問題は冒険者に丸投げで、何かあっても冒険者を雇って解決するというような状態になっていた。騎士たちは隣国である大連合のなかのいくつかの国との小競り合いにかかりきりになっていて、魔物にかかずらっている暇はないという態度だったからな」
「私が幼い頃は何度か騎士団が出る戦いがあったと聞いております。我が家でもそのときに手柄を立てた者がいます」
「人間同士が戦うの?」
メルリルがびっくりしたように言う。
そうか、同種族の間では意識の交流があって助け合って生きている森人にとって、仲間同士で争うというのは不思議な話なのだろう。
「ほら、二翼国家でも王家を陥れようとする奴もいたろ。メルリルに囮になってもらったときとか」
「ええ、簡単に引っかかったわね」
「まったくだな」
あっちは集団で武装しているし、追いかけるのは無力そうな村人の女性だからな。
人間だけの話ではないが、生き物は己が強者となって弱者を襲うときが一番油断している。
だから簡単に欺かれるのだ。
「ああいう風に自分たちに利益があり、大義名分があると人は争いを起こす」
「なんとなくわかった。なわばり争いの大規模なやつね」
「そうそう」
「そんな風に言われてしまっては騎士も形無しですね」
俺たちの会話に聖騎士が苦笑する。
「騎士だけの話じゃないさ。生き物の本能のようなもんだ。それは仕方ないと俺は思っている」
「そう、ですね。名誉ある戦いは、私たち騎士にとっては喜びです。戦うために技を磨き、己を鍛えて生きているのですから」
「そういう生き方もあるだろうさ。と、そうそう、絵の上手い騎士さまの話だったな」
俺がそう言ったところに頼んでいた料理と酒がやって来た。
最近は茶ばかり飲んでいたんで久々に酒を頼んでみたのだ。
店の少女からここの名物の果実酒を猛プッシュされたという事情もある。
料理に合うからと言われれば頼むしかないだろう。
クルスもメルリルも同じ酒を頼み、料理はそれぞれ別のものを頼んだ。
全員で少しずつ楽しめるからな。
一緒に出て来たパンは薄めにスライスされていて、それを油で揚げているようだった。サクッとした食感と香りがいい。
「切り取った料理をその揚げパンに乗っけて食べると美味しいよ」
とは、店の少女の言葉である。
「ありがとう」
「どういたしまして」
手間賃を手渡すとにっこりと笑って去って行った。
「キュルルル」
「わかっている。分けてやるから」
フォルテ用に頼んだ小皿に揚げパンと肉と魚の料理を少しずつ入れてやる。
こいつものを食べる必要もないのに妙に食い意地が張った奴になってしまった。
勇者の影響を受けたのかな、困ったものだ。
「話の続きは食べてからにするか」
「わかりました」
「楽しみです」
俺たちは黙々と料理の攻略に取り掛かったのだった。
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