184 / 885
第四章 世界の片隅で生きる者たち
289 宿替え
しおりを挟む
安宿というものはだいたい二種類ある。
一つは倒壊寸前の違法な宿屋。
こういうタイプの安宿は下手をすると盗賊宿であり、泊まったら最後荷物も命も奪われて終わりということになりかねない。
もう一つは設備と人員を出来るだけ省いたほぼ素泊まりの宿。
冒険者が利用するのはそういう簡素な宿が多い。
同じ安宿でもまともかどうかを見分けるポイントは、掃除が行き届いているかどうかだ。
客商売で見た目だけでも気持ちよく見せようという努力のない宿は、客のことを全く考えていない。
俺は勇者たちを酒場で待たせておいて、宿を探して歩いた。
そして酒場で聞いた噂を元に絞り込んだ五軒のなかから一番まともそうな宿を選んだ。
道がわかりにくいこの街のなかでも、やたら入り組んだ路地の奥にあった宿だ。
この一画は小さな店が多く、どうやらその宿は冒険者というよりも商人向けの宿のようだった。
「大部屋というから雑魚寝かと思ったが、ちゃんとベッドがあるんだな」
「ああ、二段ベッドが三台、丁度六人部屋があったから都合がよかった」
大部屋という名前に反して実に狭っ苦しい部屋を勇者が物珍しそうに見渡して言った。それに答えながら、俺はベッドの状態を確認する。
シーツが清潔で虫の気配がない。
これはいい宿を引いたな。
窓は外側に押し上げるタイプのもので、二つ並んでついていた。
開けてみると窓枠には鉢植えが吊り下げてあり、花が咲いている。
「可愛い」
メルリルがうれしそうに言った。
森育ちのメルリルからしてみれば、植物が少ない場所はあまり落ち着かないのだろう。
少しでも心が安らぐならよかった。
こういう目立たない場所に手を入れている宿は気持ちよく過ごせることが多い。
「狭いですけど、心地よさそうなお部屋です」
聖女も気に入ったらしく、いくつか置いてある端切れを組み合わせたような大きなクッションのなかから自分好みの柄を一生懸命選んでいた。
暖房は暖炉ではなくストーブだ。天板では調理も出来る。
燃料は別料金かな?
また、この街らしいのは、作り付けの本棚に多くの本が並んでいることだ。
ゴワゴワの薄っぺらい本だが、表紙には絵が描かれていてなかなか中身が気になる。
「小さな英雄~りんごの谷のケイン~、現代若者論、人はなぜ生きるのか、メリッサとザック、数の真理、工場を警戒せよ! 、魔法使いと竜の話……本の種類が雑多すぎてかえって面白いな」
勇者がさっそく本のタイトルを読み上げた。
たしかにタイトルを聞く限り、子ども向けから専門書までごちゃ混ぜになっているようだ。
「あ、ここの一画は勇者関連本のコーナーのようですよ。初代から前代までの勇者さまの英雄譚が並んでいます」
部屋の片隅にクッションを設置して読む本を探していたらしい聖女が、本棚の一画をチェックして声を上げた。
一瞬勇者が顔をしかめるが、自分の本はないとわかるとどこか安心したような顔になる。
お前まだ本にまとめられるような活躍してないだろ。だが、いずれ溢れかえった英雄譚で恥ずかしい思いをすることになるだろうな。まぁがんばれ。
しかし勇者の本はほかのと違って立派な作りだな。表紙とか頑丈で布張りだし、刺繍で精密に描かれた絵が入っている。お、ケースもついてるじゃないか。
やっぱ人気があるんだな、勇者の物語は。
「荷物はワードローブにまとめて入れておくか?」
宿の大部屋は基本的に鍵がない。
荷物の管理は自分たちでしなければならないのでベッドに持ち込むのが普通だ。
しかしこの大部屋は俺たちの貸し切りだし、すぐに使わない荷物はまとめておいて、外出のときには魔法を使って封印しておくということも可能だ。
そうするとベッドが広く使える。
「ああ、それでいいだろ。何日借りたんだっけ?」
「言っただろ? とりあえず三日、それ以上手間がかかりそうならその都度延長させてもらうって」
「そうか」
あ、勇者、受け答えがおかしいと思ったらすでに何か本を読み出しているぞ。
文章の決まりがどうとかブツブツ言ってやがる。
すっかり自分の心地いい場所を作ってクッションに沈み込んでいる聖女と、立ったまま本を物色している勇者、モンクは窓を全部開けて外の様子を窺っているし、聖騎士は武装を解いて身軽な格好になり、荷物をワードローブに片付けている。
おっと、一人に任せてしまったな。
「悪いクルス」
「いえ、このぐらい大したことありませんよ」
メルリルはストーブの焚口を覗き込み、火かき棒を突っ込んでいた。
「おき火はあるみたい。薪もひと晩分ぐらいはあるみたいよ」
「そうか、火を起こしておいてくれるか?」
「はい」
どうやらこの狭い大部屋が気に入らない人間はいないようだ。
「キュ」
バサッと羽音を立てて俺の頭から飛び立ったフォルテは、高い天井の下にある梁の上に止まって羽繕いを始めた。
「お前も気に入ったか」
「クルル」
それぞれにくつろいでいる様子に思わず笑みが浮かぶ。
さて、俺も茶を淹れる準備をするか。
昨日はつい立ち寄った小さな市場で、初めて見る穀物を挽いた粉を思わず買ってしまったが、これで何か作ってみるのもいいな。
一つは倒壊寸前の違法な宿屋。
こういうタイプの安宿は下手をすると盗賊宿であり、泊まったら最後荷物も命も奪われて終わりということになりかねない。
もう一つは設備と人員を出来るだけ省いたほぼ素泊まりの宿。
冒険者が利用するのはそういう簡素な宿が多い。
同じ安宿でもまともかどうかを見分けるポイントは、掃除が行き届いているかどうかだ。
客商売で見た目だけでも気持ちよく見せようという努力のない宿は、客のことを全く考えていない。
俺は勇者たちを酒場で待たせておいて、宿を探して歩いた。
そして酒場で聞いた噂を元に絞り込んだ五軒のなかから一番まともそうな宿を選んだ。
道がわかりにくいこの街のなかでも、やたら入り組んだ路地の奥にあった宿だ。
この一画は小さな店が多く、どうやらその宿は冒険者というよりも商人向けの宿のようだった。
「大部屋というから雑魚寝かと思ったが、ちゃんとベッドがあるんだな」
「ああ、二段ベッドが三台、丁度六人部屋があったから都合がよかった」
大部屋という名前に反して実に狭っ苦しい部屋を勇者が物珍しそうに見渡して言った。それに答えながら、俺はベッドの状態を確認する。
シーツが清潔で虫の気配がない。
これはいい宿を引いたな。
窓は外側に押し上げるタイプのもので、二つ並んでついていた。
開けてみると窓枠には鉢植えが吊り下げてあり、花が咲いている。
「可愛い」
メルリルがうれしそうに言った。
森育ちのメルリルからしてみれば、植物が少ない場所はあまり落ち着かないのだろう。
少しでも心が安らぐならよかった。
こういう目立たない場所に手を入れている宿は気持ちよく過ごせることが多い。
「狭いですけど、心地よさそうなお部屋です」
聖女も気に入ったらしく、いくつか置いてある端切れを組み合わせたような大きなクッションのなかから自分好みの柄を一生懸命選んでいた。
暖房は暖炉ではなくストーブだ。天板では調理も出来る。
燃料は別料金かな?
また、この街らしいのは、作り付けの本棚に多くの本が並んでいることだ。
ゴワゴワの薄っぺらい本だが、表紙には絵が描かれていてなかなか中身が気になる。
「小さな英雄~りんごの谷のケイン~、現代若者論、人はなぜ生きるのか、メリッサとザック、数の真理、工場を警戒せよ! 、魔法使いと竜の話……本の種類が雑多すぎてかえって面白いな」
勇者がさっそく本のタイトルを読み上げた。
たしかにタイトルを聞く限り、子ども向けから専門書までごちゃ混ぜになっているようだ。
「あ、ここの一画は勇者関連本のコーナーのようですよ。初代から前代までの勇者さまの英雄譚が並んでいます」
部屋の片隅にクッションを設置して読む本を探していたらしい聖女が、本棚の一画をチェックして声を上げた。
一瞬勇者が顔をしかめるが、自分の本はないとわかるとどこか安心したような顔になる。
お前まだ本にまとめられるような活躍してないだろ。だが、いずれ溢れかえった英雄譚で恥ずかしい思いをすることになるだろうな。まぁがんばれ。
しかし勇者の本はほかのと違って立派な作りだな。表紙とか頑丈で布張りだし、刺繍で精密に描かれた絵が入っている。お、ケースもついてるじゃないか。
やっぱ人気があるんだな、勇者の物語は。
「荷物はワードローブにまとめて入れておくか?」
宿の大部屋は基本的に鍵がない。
荷物の管理は自分たちでしなければならないのでベッドに持ち込むのが普通だ。
しかしこの大部屋は俺たちの貸し切りだし、すぐに使わない荷物はまとめておいて、外出のときには魔法を使って封印しておくということも可能だ。
そうするとベッドが広く使える。
「ああ、それでいいだろ。何日借りたんだっけ?」
「言っただろ? とりあえず三日、それ以上手間がかかりそうならその都度延長させてもらうって」
「そうか」
あ、勇者、受け答えがおかしいと思ったらすでに何か本を読み出しているぞ。
文章の決まりがどうとかブツブツ言ってやがる。
すっかり自分の心地いい場所を作ってクッションに沈み込んでいる聖女と、立ったまま本を物色している勇者、モンクは窓を全部開けて外の様子を窺っているし、聖騎士は武装を解いて身軽な格好になり、荷物をワードローブに片付けている。
おっと、一人に任せてしまったな。
「悪いクルス」
「いえ、このぐらい大したことありませんよ」
メルリルはストーブの焚口を覗き込み、火かき棒を突っ込んでいた。
「おき火はあるみたい。薪もひと晩分ぐらいはあるみたいよ」
「そうか、火を起こしておいてくれるか?」
「はい」
どうやらこの狭い大部屋が気に入らない人間はいないようだ。
「キュ」
バサッと羽音を立てて俺の頭から飛び立ったフォルテは、高い天井の下にある梁の上に止まって羽繕いを始めた。
「お前も気に入ったか」
「クルル」
それぞれにくつろいでいる様子に思わず笑みが浮かぶ。
さて、俺も茶を淹れる準備をするか。
昨日はつい立ち寄った小さな市場で、初めて見る穀物を挽いた粉を思わず買ってしまったが、これで何か作ってみるのもいいな。
11
お気に入りに追加
9,276
あなたにおすすめの小説
集団転移した商社マン ネットスキルでスローライフしたいです!
七転び早起き
ファンタジー
「望む3つのスキルを付与してあげる」
その天使の言葉は善意からなのか?
異世界に転移する人達は何を選び、何を求めるのか?
そして主人公が○○○が欲しくて望んだスキルの1つがネットスキル。
ただし、その扱いが難しいものだった。
転移者の仲間達、そして新たに出会った仲間達と異世界を駆け巡る物語です。
基本は面白くですが、シリアスも顔を覗かせます。猫ミミ、孤児院、幼女など定番物が登場します。
○○○「これは私とのラブストーリーなの!」
主人公「いや、それは違うな」
誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!
ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく
高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。
高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。
しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。
召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。
※カクヨムでも連載しています
辺境伯家次男は転生チートライフを楽しみたい
ベルピー
ファンタジー
☆8月23日単行本販売☆
気づいたら異世界に転生していたミツヤ。ファンタジーの世界は小説でよく読んでいたのでお手のもの。
チートを使って楽しみつくすミツヤあらためクリフ・ボールド。ざまぁあり、ハーレムありの王道異世界冒険記です。
第一章 テンプレの異世界転生
第二章 高等学校入学編 チート&ハーレムの準備はできた!?
第三章 高等学校編 さあチート&ハーレムのはじまりだ!
第四章 魔族襲来!?王国を守れ
第五章 勇者の称号とは~勇者は不幸の塊!?
第六章 聖国へ ~ 聖女をたすけよ ~
第七章 帝国へ~ 史上最恐のダンジョンを攻略せよ~
第八章 クリフ一家と領地改革!?
第九章 魔国へ〜魔族大決戦!?
第十章 自分探しと家族サービス
ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い
平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。
ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。
かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。
攫われた転生王子は下町でスローライフを満喫中!?
伽羅
ファンタジー
転生したのに、どうやら捨てられたらしい。しかも気がついたら籠に入れられ川に流されている。
このままじゃ死んじゃう!っと思ったら運良く拾われて下町でスローライフを満喫中。
自分が王子と知らないまま、色々ともの作りをしながら新しい人生を楽しく生きている…。
そんな主人公や王宮を取り巻く不穏な空気とは…。
このまま下町でスローライフを送れるのか?
母親に家を追い出されたので、勝手に生きる!!(泣きついて来ても、助けてやらない)
いくみ
ファンタジー
実母に家を追い出された。
全く親父の奴!勝手に消えやがって!
親父が帰ってこなくなったから、実母が再婚したが……。その再婚相手は働きもせずに好き勝手する男だった。
俺は消えた親父から母と頼むと、言われて。
母を守ったつもりだったが……出て行けと言われた……。
なんだこれ!俺よりもその男とできた子供の味方なんだな?
なら、出ていくよ!
俺が居なくても食って行けるなら勝手にしろよ!
これは、のんびり気ままに冒険をする男の話です。
カクヨム様にて先行掲載中です。
不定期更新です。
没落した貴族家に拾われたので恩返しで復興させます
六山葵
ファンタジー
生まれて間も無く、山の中に捨てられていた赤子レオン・ハートフィリア。
彼を拾ったのは没落して平民になった貴族達だった。
優しい両親に育てられ、可愛い弟と共にすくすくと成長したレオンは不思議な夢を見るようになる。
それは過去の記憶なのか、あるいは前世の記憶か。
その夢のおかげで魔法を学んだレオンは愛する両親を再び貴族にするために魔法学院で魔法を学ぶことを決意した。
しかし、学院でレオンを待っていたのは酷い平民差別。そしてそこにレオンの夢の謎も交わって、彼の運命は大きく変わっていくことになるのだった。
【完結】実はチートの転生者、無能と言われるのに飽きて実力を解放する
エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング1位獲得作品!!】
最強スキル『適応』を与えられた転生者ジャック・ストロングは16歳。
戦士になり、王国に潜む悪を倒すためのユピテル英才学園に入学して3ヶ月がたっていた。
目立たないために実力を隠していたジャックだが、学園長から次のテストで成績がよくないと退学だと脅され、ついに実力を解放していく。
ジャックのライバルとなる個性豊かな生徒たち、実力ある先生たちにも注目!!
彼らのハチャメチャ学園生活から目が離せない!!
※小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも投稿中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。