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第四章 世界の片隅で生きる者たち

268 護衛依頼

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 冶金ギルドの親方は、かなり詳細な帝都の地図を引っ張り出して来た。
 紙というものはある程度デコボコしていてガサついているものだが、今回見せてもらった地図の描かれている紙は、かなり上質ですべすべしている。
 よくよく見れば、周囲に貼ってある図面のようなものが描かれた紙もかなり質がいい。
 これがさっき言っていた工場による均一化された製品というものなら、確かに生活環境自体を変えてしまう力があるだろう。

「どうだ。わかるか?」

 テーブルに広げられた地図を見せて親方がそう言った。
 地図には駅舎と宮殿が描かれているのでだいたいの位置関係はわかる。

「この、工場地帯? 煙突がたくさんあるところの近くの建物だ。ええっと……」

 俺はフォルテの目とリンクして上空から犯人たちが逃げ込んだ場所を確認した。

「ここだな」

 俺が指し示した場所には倉庫街と書かれている。

「ち、やっぱりどっかの工場が噛んでやがったな。東国の下請けか」
「親方、ここはひとっ走り宮殿横の衛兵詰め所まで行ったほうがいいですね」
「ああ、分署じゃ賄賂が横行しているからな。本部なら話も潰されねえだろ。それに今回はギルドから圧力をかける」
「わかりました」

 攫われかけたカホックと親方の間で話がついたようだ。
 親方はカホックとの話が終わると俺達を見た。

「すまねえ、あんたたち冒険者って言ったか? それならひとつ、頼まれちゃくれないか?」
「依頼か?」
「ああ。カホックを助けてくれたことと、場所を教えてくれたことの礼もまだなんでちょい図々しい頼みではあるんだが、必ず礼はする。大地の女神にかけて約束する」
「わかった」

 大地人は平野人の多くが信じている盟約の神ではなく、大地の女神を信仰している。
 盟約の神が世界の意思の一つとするなら、大地の女神は世界の体の一部と考えることが出来るだろう。
 根っこは同じでも、全く違う神と言える。
 神の盟約の守護はもちろん大地人も含んでいるので、大地人も別に盟約の神を嫌っている訳ではないようだ。
 その辺の詳しいことはよくわからない。
 なにしろ俺には大地人に知り合いがほとんどいなかったからな。

「こいつが宮殿横の衛兵詰所まで行くのに護衛でついてはくれないか?」
「護衛依頼か、短時間なら半銀貨でいいぞ」
「なら、これでどうだ?」

 親方は、物入れから少しシワの入った精密な絵柄の小さな紙片を取り出す。

「これは東国紙幣という金だ。ここに金額が書かれているだろ? こいつは千テイ紙幣と言って、額面上は半銀貨とほぼ同じ価値なんだ。しかし我が国では東国紙幣はレートが高い。実情として一銀貨に近い価値がある」
「紙の金か。しかしこれは思ったよりも技術と政治が安定しているんだな、東国は。戦争とかないのか?」

 紙はそれ事態に価値がないので、紙を紙幣にする場合は国がその価値を保証する必要がある。
 商人の出す手形と同じだ。
 つまりそれだけ国が安定している必要があるということだ。

「戦争というか領土争いはあるらしいんだが、東国は市場同盟を締結していてな、経済価値を全ての国で同一にして取引を行っているんだ。まぁ一つや二つは仲間はずれの国もあるようだが」
「つまりこの紙幣が東国の全ての国で通用するってことか」
「そうだ」
「つまり東国は商人が強いんだな」
「お察しの通りさ」

 思わぬところで東の国々の詳しい情報が手に入った。
 東に行くならこの紙幣というものを手に入れるか、東方の国で価値のあるものを持ち込んで換金する必要があるだろう。

「少し待ってくれ」

 俺はメルリルを見る。
 パーティで仕事を請ける場合は全員の合意が必要だ。

「俺はこの仕事を請けようと思うが、どうだ?」
「いいと思う」

 メルリルはにこりと笑ってうなずいた。

「決まりだ。この仕事を請ける」
「助かる。信頼出来て腕がたつ人間は貴重だ。しかも頭も切れる。願ったり叶ったりだぜ」

 俺は親方に拳を突き出した。
 親方は少し戸惑ったが、同じように拳を出し、軽く打ち合わせる。
 依頼者との直接取り引きの場合の合意の印だ。

「じゃあ、衛兵隊の隊長に被害届と依頼書をしたためるから、茶でも飲んで待っててくれ」
「一つ聞きたいんだが」
「なんだ?」
「この国にドラゴン研究者がいるって話を聞いたんだが、知らないか?」

 俺はダメ元で尋ねてみた。
 冶金ギルドとドラゴン研究者に繋がりがあるとも思えなかったから、まぁついでの話だ。

「ああ、それならパスダとエリエルだな」
「パスダとエリエル?」

 思わぬ情報に聞き返す。
 二人いるのか?

「夫婦で一組の研究者だ。それが珍しい大地人と森人の夫婦でな。我が国では有名な変人研究者さ」
「大地人と森人の夫婦?」

 俺とメルリルは思わず顔を見合わせた。
 確かに珍しい。
 少なくとも俺は聞いたことがない。

「用事があるなら俺から繋ぎを取ってもいいぜ。尤も街にいるかどうかわからねえがな」
「よろしく頼む」
「じゃあ、お前らが詰め所に行っている間に手配しとくぜ」
「助かる」

 人と人との繋がりはわからないところで縁があるものだ。
 そんな思いを新たに、俺とメルリルはその冶金ギルドを出て、カホックの護衛として宮殿に向かった。
 ありがたいことに、親方が書面をしたためている間に、ギルドの人から軽い食事も振る舞ってもらった。
 作業中に食べるためにパンに肉や野菜を挟んだ軽食だ。
 ソースが美味かった。
 市販品ならぜひ購入しておきたい。
 昼食と言えば、勇者たちは宮殿で豪華な食べ物を出されていることだろう。
 うまいこと渡航許可証を発行してもらえただろうか? まぁ勇者だって子どもじゃないんだ。
 俺がいなくてもそのぐらいきっちりやっているだろう。

「カホックさんは東国に詳しいのか?」
「丁寧な呼び方はよしてくれ。カホックでいい」
「わかった、カホック」

 俺がそう呼ぶと、ニヤッと笑った大地人の技術者カホックは、俺の問いに答えた。

「そうさな。あの国は俺たち大地人を亜人呼ばわりしているんで、いけすかねぇ国とは思っているんだが、技術は本物だ。東国の技術と俺らの能力は相性がよくってな。今では亜人と蔑んでいる俺らから原料や部品を買って行っている有様よ。まぁそれが面白くなかったんだろうけどな」
「誘拐の話か」
「ああ。この国だって自分たちの優位性を失いたくないから港ではかなり警戒しているって話なんだが、どうにかして検問をかいくぐっているんだろうなぁ。東国の船のなかには御用船があるから、それが怪しいと踏んでるんだが」
「おいおい、御用船っていったら国の船だろ。国が犯罪に加担しているってことか?」
「あるいは下っ端役人が小遣い稼ぎにやっているか、だな」

 きな臭い。
 東方では周囲を警戒しながら活動する必要があるな。

「東国はよ、新旧の貴族が入り混じって権力争いが激化してるって話よ。だから何か目に見える手柄が欲しい奴もいるんじゃねえかってもっぱらの噂だな。ったくよ。俺たちみたいな技術屋はそういう政治の話なんか興味がねえっていうのに、自然に耳に入って来ちまう」
「なるほどなぁ」

 カホックは表通りを極力歩かずに、屋内にある通路を使って宮殿近くまで辿り着くと、大通りに面した扉を開いた。
 俺とメルリルはそこで初めて自分たちが宮殿のすぐ近くまで来ていたことに気づく。

「なんというか、余所者にはわかりにくい街だな」
「いやいや、表通りだけを使っていればこんなにわかりやすい街はねえさ。まぁ路地の奥に入り込むと迷ったり、悪い奴に金を巻き上げられることもあるようだが」
「皇帝陛下のお膝元なのにそういうのもあるのか」
「最近は貧富の差が大きくなって来て、貧しい者も増えているんだ。段々治安も悪くなって来てヒヤヒヤもんだぜ」
「なるほどなぁ」

 俺がこの国に来てから感じている、何をするにも金が必要だという感覚は、この国の民にも影響を及ぼしているようだ。
 金のある者はいいが、金のない者は生きにくい国なのだろう。

「さて見えて来た。あれが衛兵詰所だな」

 カホックが示した場所は、宮殿の横に張り付くように建っている赤い色を印象的に使った建物だった。
 国の旗と、剣と盾をデザインした旗が二つ掲げられている。
 あの剣と盾の旗が衛兵の印なんだろうな。
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