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第四章 世界の片隅で生きる者たち
258 動き出す蒸気機関列車
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全員に平等にげんこつを食らわしたが、痛んだのは俺の拳のほうだった。
防御力が高いもんなお前ら。
だがまぁ形としては大切だ。
それから床に直座りさせてからこんこんと説教。
「いいか、大人の男女のあれこれを詮索するな。遊びじゃないんだぞ、真剣な問題なんだ。人生がかかってるんだぞ?」
「はわわ……」
俺がそんな風に説教していると、なぜかメルリルがアワアワしていた。
いや、俺はメルリルには何も言ってないからな。
「悪かった師匠。真剣な話を茶化したようになって。でも、心配だったから」
「そうなんです。心配だったんです」
「私たちはその、恋愛相手と一生を共にする関係になるという意識があまりありませんからね。羨ましい話です」
勇者と聖女と聖騎士がそれぞれ弁明する。
いや、聖騎士のは弁明というよりもなにか達観のような感じがするな。
「お前別に家を継いだりしないんだろ? 恋愛して結ばれても問題ないんじゃないか?」
「そうなんですが、やはり実家が口を出さないことはないので。親族が平民落ちするのを嫌うのですよ。そういうのが嫌で独身を貫く騎士は意外と多いのです」
貴族も大変だな。
なんだか気の毒になって来た。
「私は純粋な好奇心だけどね。大聖堂なんていうところにいると、そういう普通の男女の関わりとか見れないし」
「ん? 教会は別に婚姻を禁止にはしてなかったよな?」
「そうだけどさ、神さまが一番じゃなきゃ駄目だから色恋で信仰が曇ると追い出されたりするんだ。そういう風だから歪んだ連中が出て来たりする訳」
「ああ、うん、そうか」
モンクは平気そうに言っているが、自分が大聖堂の偉い奴に襲われそうになった体験があるからな。切実な問題だ。
「そ、そんなことばかりではありませんよ。ちゃんと大聖堂内で結ばれて、幸福に還俗した者も多いのです。門前町の住人には元大聖堂で修行していた者がたくさんいます」
聖女がさすがに大聖堂の弁護をしたくなったのか、そんな風に主張した。
そうか、あの門前町はそういう住人が多いんだな。
どっから来て住み着いたのかと思っていたが、そういう経緯か。
「まぁね。大聖堂の人間は基本的には真面目な奴ばっかりだから、駄目な奴が目立つだけで、全部が全部そうじゃないのはわたしもわかってるよ」
ニカッという屈託のない笑顔でモンクは聖女に笑ってみせた。
「ごめんなさい。テスタは嫌なことがあったのだから、そう思ってしまうのは当然なのに」
聖女がそんなモンクに申し訳ない気持ちになったのか、しゅんとしてしまった。
いろいろ気にしすぎだと思うぞ。
「ミュリアはほんと、かわいいなぁ!」
案の定、モンクは気にした風もなく、聖女を撫でまくる。
「やめてください。わたくし幼い子どもではないのですよ」
「わたしが楽しいから、駄目?」
「えっ、駄目ではありませんが」
「ならいいね!」
楽しそうだな、モンク。いつの間にか俺が言いつけた床にきちんと座った姿勢は崩れ果て、思いっきりじゃれあっている。
もういいか。
なし崩し的に終わってしまったが。
「アルフもクルスももういいぞ。席に戻れ。こんなところにいつまでもいたら邪魔だしな」
「わかった」
「はい」
二人共にこやかだな。
全然堪えてないのが見え見えだぞ。
もう少し辛そうに立ち上がるフリぐらいしろ。
ふうとため息を吐いて振り向くと、なぜかメルリルが俺の後ろで床に座り込んでいた。
「いや、メルリルは怒られるようなことしてないだろ?」
「だって、ダスターも座ってたから」
「はは……」
相手を座らせて自分だけ立って叱りつけるのはあまり好きではないんで、俺も座っていたんだが、何気に俺が一番ダメージを受けている気がする。
足が痛てぇ。
この床、けっこう硬いな。
結局人数分けはそのまま勇者パーティと俺達のパーティで分かれることとなった。
ある意味これで正しいのかもしれない。
しかしあんなことがあった後で個室に戻ると、今までになく居心地が悪い。
というか、お互いに意識しすぎている。
「メルリル」
「はい!」
いや、何も飛び上がらんでも。
「何か食べるか?」
「いえ」
「そうか」
「キュィ!」
「お前が食うんか」
そんな俺達の雰囲気を壊してくれたのはフォルテだった。
俺とメルリルの関係性の変化などなかったことのように、今まで通りだ。
いや、そもそも俺たちの何が変わった訳でもないんだから、今まで通りでいいんだよな。
やれやれ、昔はよく堅いとか、遊びが少ないとか言われたが、確かにもうちょっといろいろ経験しておくべきだったなぁ。
そんなこんなで出立前のひと晩が過ぎた。
俺はいつもの調子で半分だけ寝ていたが、メルリルがなかなか寝付けなかったようだ。
まぁすぐに調子を戻すだろう。
翌朝、まだ暗いなか、構内放送が聞こえた。
「列車が発車いたします。乗客のみなさまはお急ぎください。遅れると次の便までお待ちいただくことになります」
ふむ。この列車に乗れなかった場合には、戻って来た列車に乗れるという訳か。
次は約四日後、馬持ちは直接行ったほうが早いかもしれない微妙な待ち時間だな。
放送から少し経った頃に、列車の係員が部屋を回って来た。
「乗車券をお持ちですか?」
「ああ」
それぞれ券を見せると名簿らしきものと照らし合わせ、乗車券と名簿を重ねて印を入れた。
チェック済みという印だろう。
「では、よい旅を」
「ありがとう」
「ありがとうございます」
しかし、馬鹿丁寧だな。
これはもう単なる乗り物じゃないな。
前にも思ったが、動く高級宿だ。
しばらくすると、チリンチリンと鈴の音が鳴り響くのが聞こえた。
発車の合図だろうか。
シューッと、窓の外に白い蒸気がもうもうと巻き上がり、何も見えなくなる。
そう言えば、この窓、全部硝子か? と驚いたものだが、感触が違う。
素材はなんだろうか?
そんなことを考えている間に、ガタン、と、大きく揺れる。
「ひゃっ!」
メルリルがかわいい悲鳴を上げた。
「ピャッ!」
フォルテもあまりかわいくない声を上げる。
「おおっ動くぞ」
「こ、怖いです」
何やらかすかに向かいの部屋からも騒ぎが聞こえた。
そうして、列車はゆっくりと動き出す。
白み始めた窓の外を真っ黒に染めながら。
防御力が高いもんなお前ら。
だがまぁ形としては大切だ。
それから床に直座りさせてからこんこんと説教。
「いいか、大人の男女のあれこれを詮索するな。遊びじゃないんだぞ、真剣な問題なんだ。人生がかかってるんだぞ?」
「はわわ……」
俺がそんな風に説教していると、なぜかメルリルがアワアワしていた。
いや、俺はメルリルには何も言ってないからな。
「悪かった師匠。真剣な話を茶化したようになって。でも、心配だったから」
「そうなんです。心配だったんです」
「私たちはその、恋愛相手と一生を共にする関係になるという意識があまりありませんからね。羨ましい話です」
勇者と聖女と聖騎士がそれぞれ弁明する。
いや、聖騎士のは弁明というよりもなにか達観のような感じがするな。
「お前別に家を継いだりしないんだろ? 恋愛して結ばれても問題ないんじゃないか?」
「そうなんですが、やはり実家が口を出さないことはないので。親族が平民落ちするのを嫌うのですよ。そういうのが嫌で独身を貫く騎士は意外と多いのです」
貴族も大変だな。
なんだか気の毒になって来た。
「私は純粋な好奇心だけどね。大聖堂なんていうところにいると、そういう普通の男女の関わりとか見れないし」
「ん? 教会は別に婚姻を禁止にはしてなかったよな?」
「そうだけどさ、神さまが一番じゃなきゃ駄目だから色恋で信仰が曇ると追い出されたりするんだ。そういう風だから歪んだ連中が出て来たりする訳」
「ああ、うん、そうか」
モンクは平気そうに言っているが、自分が大聖堂の偉い奴に襲われそうになった体験があるからな。切実な問題だ。
「そ、そんなことばかりではありませんよ。ちゃんと大聖堂内で結ばれて、幸福に還俗した者も多いのです。門前町の住人には元大聖堂で修行していた者がたくさんいます」
聖女がさすがに大聖堂の弁護をしたくなったのか、そんな風に主張した。
そうか、あの門前町はそういう住人が多いんだな。
どっから来て住み着いたのかと思っていたが、そういう経緯か。
「まぁね。大聖堂の人間は基本的には真面目な奴ばっかりだから、駄目な奴が目立つだけで、全部が全部そうじゃないのはわたしもわかってるよ」
ニカッという屈託のない笑顔でモンクは聖女に笑ってみせた。
「ごめんなさい。テスタは嫌なことがあったのだから、そう思ってしまうのは当然なのに」
聖女がそんなモンクに申し訳ない気持ちになったのか、しゅんとしてしまった。
いろいろ気にしすぎだと思うぞ。
「ミュリアはほんと、かわいいなぁ!」
案の定、モンクは気にした風もなく、聖女を撫でまくる。
「やめてください。わたくし幼い子どもではないのですよ」
「わたしが楽しいから、駄目?」
「えっ、駄目ではありませんが」
「ならいいね!」
楽しそうだな、モンク。いつの間にか俺が言いつけた床にきちんと座った姿勢は崩れ果て、思いっきりじゃれあっている。
もういいか。
なし崩し的に終わってしまったが。
「アルフもクルスももういいぞ。席に戻れ。こんなところにいつまでもいたら邪魔だしな」
「わかった」
「はい」
二人共にこやかだな。
全然堪えてないのが見え見えだぞ。
もう少し辛そうに立ち上がるフリぐらいしろ。
ふうとため息を吐いて振り向くと、なぜかメルリルが俺の後ろで床に座り込んでいた。
「いや、メルリルは怒られるようなことしてないだろ?」
「だって、ダスターも座ってたから」
「はは……」
相手を座らせて自分だけ立って叱りつけるのはあまり好きではないんで、俺も座っていたんだが、何気に俺が一番ダメージを受けている気がする。
足が痛てぇ。
この床、けっこう硬いな。
結局人数分けはそのまま勇者パーティと俺達のパーティで分かれることとなった。
ある意味これで正しいのかもしれない。
しかしあんなことがあった後で個室に戻ると、今までになく居心地が悪い。
というか、お互いに意識しすぎている。
「メルリル」
「はい!」
いや、何も飛び上がらんでも。
「何か食べるか?」
「いえ」
「そうか」
「キュィ!」
「お前が食うんか」
そんな俺達の雰囲気を壊してくれたのはフォルテだった。
俺とメルリルの関係性の変化などなかったことのように、今まで通りだ。
いや、そもそも俺たちの何が変わった訳でもないんだから、今まで通りでいいんだよな。
やれやれ、昔はよく堅いとか、遊びが少ないとか言われたが、確かにもうちょっといろいろ経験しておくべきだったなぁ。
そんなこんなで出立前のひと晩が過ぎた。
俺はいつもの調子で半分だけ寝ていたが、メルリルがなかなか寝付けなかったようだ。
まぁすぐに調子を戻すだろう。
翌朝、まだ暗いなか、構内放送が聞こえた。
「列車が発車いたします。乗客のみなさまはお急ぎください。遅れると次の便までお待ちいただくことになります」
ふむ。この列車に乗れなかった場合には、戻って来た列車に乗れるという訳か。
次は約四日後、馬持ちは直接行ったほうが早いかもしれない微妙な待ち時間だな。
放送から少し経った頃に、列車の係員が部屋を回って来た。
「乗車券をお持ちですか?」
「ああ」
それぞれ券を見せると名簿らしきものと照らし合わせ、乗車券と名簿を重ねて印を入れた。
チェック済みという印だろう。
「では、よい旅を」
「ありがとう」
「ありがとうございます」
しかし、馬鹿丁寧だな。
これはもう単なる乗り物じゃないな。
前にも思ったが、動く高級宿だ。
しばらくすると、チリンチリンと鈴の音が鳴り響くのが聞こえた。
発車の合図だろうか。
シューッと、窓の外に白い蒸気がもうもうと巻き上がり、何も見えなくなる。
そう言えば、この窓、全部硝子か? と驚いたものだが、感触が違う。
素材はなんだろうか?
そんなことを考えている間に、ガタン、と、大きく揺れる。
「ひゃっ!」
メルリルがかわいい悲鳴を上げた。
「ピャッ!」
フォルテもあまりかわいくない声を上げる。
「おおっ動くぞ」
「こ、怖いです」
何やらかすかに向かいの部屋からも騒ぎが聞こえた。
そうして、列車はゆっくりと動き出す。
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