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第四章 世界の片隅で生きる者たち

255 東国の新興貴族

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「ダスター!」

 メルリルがびっくりしたように俺を呼んだ。

「きさま、いきなりなにをする!」
「彼女に謝れ!」
「なっ!……ぅひぃ!」

 しばし唖然としてなりゆきを見ていたもう一人の男が、我に返って俺をどなりつけて来た。
 そこで、俺はつとめて冷静に謝罪を要求することにした。
 まぁ失礼なことを言ったのはこいつではないが、連れの無礼を謝るぐらいは仲間として当然のことだろう。
 俺がその男をじっと見据えると、なぜか小さく悲鳴を上げて後ずさる。
 おい、俺は別に攻撃姿勢は取ってないぞ?
 そうこうしている内に倒れていたもう一人が頭を振りながら立ち上がった。
 足元がふらついているが、そんなに強く殴った覚えはないんだがな。

「ぎ、ぎざま、ゆるざないぞ」
「鼻血を拭け、自慢の顔が台無しだぞ」

 言われて鼻を擦ったその男は、自分の血を見てぎょっとしたような顔になる。

「ひぃ、血、血が!」
「落ち着け、もう止まってる。鼻はちょっとしたことで血が出やすいんだ」
「や、野蛮人め! これだから西の連中は!」

 ん? 西の連中? もしかしてこいつら東国の人間か。
 この国の人間は俺たちの国ではほとんど見ない服装ばかりだからあまり気にしていなかったが、そういえばこいつらの服装は、この国の人間とも違う気がする。
 言葉もなまりがかなりあるな。

「俺の連れを人間じゃないような言い方しただろう。俺もいきなり殴ったのは悪かったが、女性に対してそういう侮辱はどうなんだ? 東国ではそれがマナーってやつか?」
「はっ! 東国では獣の混じった連中は人間とは言わない。そいつらは人間ではなく亜人だ。亜人がいっぱしに服を着て人間の振りをするとはイカレてるな」

 なんだと? もし本当ならとんでもない場所だな、東国は。

「あいにく、ここはあんたたちの国じゃない。そして国がどこであろうと、彼女は立派な人間だ。森人の歴史を知らんのか」
「魔物と交わった末に生まれた汚らわしい亜人のことなど知るか!」
「きさま……」

 こいつをこのまましゃべらせておくとメルリルが傷ついてしまうばかりだ。
 とりあえずこいつら黙らせてしまうか。
 この二人、一般的な貴族が身に付けているはずの体術の一つも修めていないのが丸わかりだ。
 まるで骨がないようなふにゃふにゃな動きをしている。
 こんな連中なら殴る必要すらなかった。
 軽く揺らしてやるだけで意識を刈り取るのも造作ない。

「ダスター、やばいよ」

 俺が物騒なことを考えていたとき、モンクがこそっと囁いて来た。
 彼女が示す方向に視線を向けると、駅の係員らしき男性がこっちに慌てたようにやって来るところだ。
 騒ぎを見た誰かが呼んで来たのか。
 そうなると、これ以上手を出す訳にはいかない。
 ち、縛り上げてどこかの片隅に転がしておこうと思ったのに。
 係の人間の到着を待っていると、なぜか殴られた側である男たちのほうがソワソワし始めた。

「お、覚えてろよ!」
「くそっ、行くぞ」

 男たちは駅の係員に呼び止められたが、それを無視してそのまま立ち去る。
 なんだったんだ?

「すみません。何かありましたか?」

 係の人間はあの東国人を追い掛けても仕方がないと踏んだか、俺たちに事情を聞いて来た。

「いえ、ちょっと彼女たちが絡まれていたので……」
「ああ、なるほど」

 その係員はちらっと見て、メルリルの姿を確認するとうなずいた。

「申し訳ありません。最近は東国の新興貴族がちょくちょくこういった騒ぎを起こすんです」
「東国では平野人以外を人間と認めてないのですか?」
「ええ。一応この国に入国する条件として、他種族への差別を行わないという誓約書を書くことになっているのですが、古い貴族はともかく、新興貴族はその、いわゆる成り上がりで、振る舞いが粗暴な者が多いんです。我が国には技術職として大地人が多くいますから、そこでもたびたび問題を起こしていて。申し訳ありませんでしたお嬢さま」
「あ、はい。大丈夫です」

 メルリルは突然係の人に謝られてしまい、当惑したような顔をした。
 係の人はそのまま軽く頭を下げると立ち去って行く。

「助かったじゃないか、ダスター師匠」
「師匠はやめろ。まぁな」

 ニヤニヤ笑っているモンクに、肩をすくめてみせる。
 本来なら貴族を殴った俺が処罰される場面だ。
 どうやら相手にも事情があって騒ぎを大きくしたくなかったというところか。

「ダスター、さっきはありがとう。でも、あなたらしくはなかったね」

 メルリルが少し困ったように言った。
 メルリルの顔を見ている内に、俺のなかにあったモヤモヤが収まり、段々自分のやったことが恥ずかしくなって来た。

「いや、カッとしてしまって。悪かった」
「謝ることはないわ。だって、私のために怒ってくれたんでしょう? すごく、嬉しかった」
「いや、ええっと……」
「はいはい、こんなところで二人の世界作ってイチャイチャしない」

 自分をコントロール出来ないとは、無様な姿を見られてしまったなと、ひたすら恥じ入るばかりの俺を、メルリルが優しく労ってくれる。
 それに恐縮するばかりの俺を軽く小突いて、モンクがとんでもないことを言い出した。

「おい、からかうな」
「もう、いい年した大人なんだから、そこでメルリルをガバッと抱いて、『俺が守ってやるから安心しろ!』ぐらい言わないと!」
「そういう恥ずかしい行動と大人に何の関係があるんだよ!」
「あの、そろそろ戻らないと……」

 モンクと言い争う俺の服の裾を聖女が引っ張る。
 ああ、そう言えば、置いてきぼりの二人が暴発しないか心配だな。
 主に勇者が。
 
「戻るか」

 何か毒気を抜かれたように力が抜けた俺は、女性三人を引き連れて待ちぼうけを食わされている二人の元へと戻ることにしたのだった。
 しかし、それにしても東国は、魔人だけでなく他種族に対しても差別があるのか。
 これはメルリルの姿をどうにかしないとマズイかもしれないな。
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