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第三章 神と魔と
230 神の視る夢
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「それで、この発動し続ける魔法というやつが神の影響力を減らしているのか?」
「はい。神の力は人を前へ前へと駆り立てます。強い想いはぶつかりやすく、争いが起こりやすくなってしまいます。そのため聖女や聖人、そして私の祈りを絶え間なく送り続けることで、神の盟約の力を制限しているのですわ」
なるほどよりよく成長しようとする意欲を高めるせいで、欲望や競争心が強くなるという訳か。
強い薬は毒になるってことだな。
「さっきも聞いたが、神との盟約は人の守護じゃなかったのか?」
「人が成長するために力を貸していただき、人が魔に飲み込まれないようにする。それが守護です」
「それだけ聞くと我が子を見守る親みたいだな。それでわかりやすく『守護』として伝えたってことか」
「それ以外になんと?」
「まぁそう言われればそうだけどよ」
例えば親のような愛情とか、成長をうながすとか、う~んまぁ神という存在としては弱いか。
なるほどそう考えれば守護というのは神の力の大きさとありがたさがよく伝わる言葉ではある。
そんな会話を交わしながらも、俺たちは淡いレースのような魔法をさざめかせながら奥へと進む。
その場所は、部屋というよりも鍾乳洞のような天然の洞窟だった。
つららのように天井から生えた結晶が、七色に輝いている。
その中心にソレは浮いていた。
「でかい卵……か?」
「見た目はそうですね」
つるつるで楕円形。
やや尖ったほうが天を向き、ゆるやかなカーブを描くほうが地面を向いて、直立した卵のような物体は浮いたまま空中に留まっている。
「どうぞ、触れてみてください」
聖者が俺にそう言った。
「本当に大丈夫なのか?」
「はい。私や聖女や聖人たちは、自らの内の魔の力によってあまり深くは行けず、途中で拒絶されてしまいます。やんわりと押し返される感じです。それでも、神の意思を感じることは出来ます。あなたには自分の内の魔の力のほかに、ドラゴンの盟約との繋がりがあります。決して神の意思と混ざり合うことはありません。もしかするとあなたなら神の懐の奥深くまで下りていくことも出来るのではないかと、私は思っています」
聖者の真剣な表情に、俺は仕方なく巨大な卵に歩み寄った。
「ダメだったとしても恨むなよ?」
「当たり前です」
そうか、恨まないのは当たり前なのか。
というか、ダメかもしれないということが当たり前なのかもしれない。
俺は神の盟約であるという巨大な卵に触れた。
手触りはあたたかく、ふんわりとしている。
固形物を触れた感じではない。
と、俺は驚きを感じた。
「ここはどこだ?」
俺が立っていたのは、荒れ果てた荒野だった。
目前に卵はない。
赤い空に赤い大地、乾いた風が砂を巻き上げている。
俺はぎょっとして一歩下がった。
「どうでしたか?」
そこには聖者がいて、目前に神の盟約の卵がある。
「違う場所に出たぞ」
卵のなかを覗いたという感じではない。
さきほどは前はもちろん後ろにも同じ荒野が広がっていた。
「それが神の想いですわ」
「神の想い? 違う場所が、か?」
「その場所は今はまだ存在しません。神が視る先の世界と言えばいいのでしょうか。可能性の未来のようなものです」
「可能性の未来?」
俺は呆然とした心持ちで、再び神の盟約に触れた。
乾ききった荒野。
草の一本もない。
突然、激しい地鳴りがして、俺はよろめいた。
地面の硬い岩盤を割って、巨大なものが躍り出る。
「ワームか? いやそれにしてもデカすぎる。もしかするとドラゴンほどもあるぞ」
でかいワームは地面を泳ぐように移動して行く。
ワームの開けた穴に周囲の岩が砕け落ち、亀裂が広がる。
視線を上げると、地平線の彼方に何か水のようなものが見えた。
「湖か? いや、あれは海?」
目に見える地平線の全てを覆う水は、その広大さから海ではないかと推察された。
こんな地形は大陸西部にはない。
ということはここは大陸東部か?
先へ進もうと足を踏み出すと、風景が変わった。
「うわっ」
急に場所が変わるとびっくりするな。
だが、だいたいわかった。
これはあれだな、世界の見ている夢なんだ。
だから急に場面が切り替わったりするのだろう。
「うっ!」
何気なく地面を見てうめいた。
地面のそこかしこには、人の躯が転がっている。
辺りを見回すと、驚くほどに立派な建物が建ち並んでいた。
「塔みたいな建物がいっぱいあるな」
地面には敷石が敷き詰められていて、建物の壁には隙間が見えない。
大公国のような美しさはないが、その街らしき場所には堅牢さと威圧感があった。いや、あったのだろう。
干からびた人の死骸が折り重なっているそこには、もはや物悲しさしかない。
いったいなぜそうなったのか、俺にはなぜかわかった。
そしてこの後何が起こるのかも。
「なんてこった」
俺はうめいてしゃがみ込む。
世界が終わる。
人間だけではない。
すべての存在に終わりが訪れる。
いや、違う。
『始まらなければ終わりもない』
そんな想いが自分のもののように浮かんだ。
「うわあああああ!」
「しっかり、大丈夫ですか?」
暖かく柔らかな人のぬくもりが俺を捕まえる。
そのことに酷く安心した。
息の仕方が急にわからなくなり、喉を掴む。
「大丈夫、あなたは人間です。しっかり、戻って来てください」
「ピュイ!」
バサリという羽ばたきの音を頭上に感じ、俺は呼吸する方法を思い出す。
「フォルテ、ありがとう」
「キュウ」
頭上から覗く青い豪華な尾羽根が、涙が出るほど美しく見えた。
「はい。神の力は人を前へ前へと駆り立てます。強い想いはぶつかりやすく、争いが起こりやすくなってしまいます。そのため聖女や聖人、そして私の祈りを絶え間なく送り続けることで、神の盟約の力を制限しているのですわ」
なるほどよりよく成長しようとする意欲を高めるせいで、欲望や競争心が強くなるという訳か。
強い薬は毒になるってことだな。
「さっきも聞いたが、神との盟約は人の守護じゃなかったのか?」
「人が成長するために力を貸していただき、人が魔に飲み込まれないようにする。それが守護です」
「それだけ聞くと我が子を見守る親みたいだな。それでわかりやすく『守護』として伝えたってことか」
「それ以外になんと?」
「まぁそう言われればそうだけどよ」
例えば親のような愛情とか、成長をうながすとか、う~んまぁ神という存在としては弱いか。
なるほどそう考えれば守護というのは神の力の大きさとありがたさがよく伝わる言葉ではある。
そんな会話を交わしながらも、俺たちは淡いレースのような魔法をさざめかせながら奥へと進む。
その場所は、部屋というよりも鍾乳洞のような天然の洞窟だった。
つららのように天井から生えた結晶が、七色に輝いている。
その中心にソレは浮いていた。
「でかい卵……か?」
「見た目はそうですね」
つるつるで楕円形。
やや尖ったほうが天を向き、ゆるやかなカーブを描くほうが地面を向いて、直立した卵のような物体は浮いたまま空中に留まっている。
「どうぞ、触れてみてください」
聖者が俺にそう言った。
「本当に大丈夫なのか?」
「はい。私や聖女や聖人たちは、自らの内の魔の力によってあまり深くは行けず、途中で拒絶されてしまいます。やんわりと押し返される感じです。それでも、神の意思を感じることは出来ます。あなたには自分の内の魔の力のほかに、ドラゴンの盟約との繋がりがあります。決して神の意思と混ざり合うことはありません。もしかするとあなたなら神の懐の奥深くまで下りていくことも出来るのではないかと、私は思っています」
聖者の真剣な表情に、俺は仕方なく巨大な卵に歩み寄った。
「ダメだったとしても恨むなよ?」
「当たり前です」
そうか、恨まないのは当たり前なのか。
というか、ダメかもしれないということが当たり前なのかもしれない。
俺は神の盟約であるという巨大な卵に触れた。
手触りはあたたかく、ふんわりとしている。
固形物を触れた感じではない。
と、俺は驚きを感じた。
「ここはどこだ?」
俺が立っていたのは、荒れ果てた荒野だった。
目前に卵はない。
赤い空に赤い大地、乾いた風が砂を巻き上げている。
俺はぎょっとして一歩下がった。
「どうでしたか?」
そこには聖者がいて、目前に神の盟約の卵がある。
「違う場所に出たぞ」
卵のなかを覗いたという感じではない。
さきほどは前はもちろん後ろにも同じ荒野が広がっていた。
「それが神の想いですわ」
「神の想い? 違う場所が、か?」
「その場所は今はまだ存在しません。神が視る先の世界と言えばいいのでしょうか。可能性の未来のようなものです」
「可能性の未来?」
俺は呆然とした心持ちで、再び神の盟約に触れた。
乾ききった荒野。
草の一本もない。
突然、激しい地鳴りがして、俺はよろめいた。
地面の硬い岩盤を割って、巨大なものが躍り出る。
「ワームか? いやそれにしてもデカすぎる。もしかするとドラゴンほどもあるぞ」
でかいワームは地面を泳ぐように移動して行く。
ワームの開けた穴に周囲の岩が砕け落ち、亀裂が広がる。
視線を上げると、地平線の彼方に何か水のようなものが見えた。
「湖か? いや、あれは海?」
目に見える地平線の全てを覆う水は、その広大さから海ではないかと推察された。
こんな地形は大陸西部にはない。
ということはここは大陸東部か?
先へ進もうと足を踏み出すと、風景が変わった。
「うわっ」
急に場所が変わるとびっくりするな。
だが、だいたいわかった。
これはあれだな、世界の見ている夢なんだ。
だから急に場面が切り替わったりするのだろう。
「うっ!」
何気なく地面を見てうめいた。
地面のそこかしこには、人の躯が転がっている。
辺りを見回すと、驚くほどに立派な建物が建ち並んでいた。
「塔みたいな建物がいっぱいあるな」
地面には敷石が敷き詰められていて、建物の壁には隙間が見えない。
大公国のような美しさはないが、その街らしき場所には堅牢さと威圧感があった。いや、あったのだろう。
干からびた人の死骸が折り重なっているそこには、もはや物悲しさしかない。
いったいなぜそうなったのか、俺にはなぜかわかった。
そしてこの後何が起こるのかも。
「なんてこった」
俺はうめいてしゃがみ込む。
世界が終わる。
人間だけではない。
すべての存在に終わりが訪れる。
いや、違う。
『始まらなければ終わりもない』
そんな想いが自分のもののように浮かんだ。
「うわあああああ!」
「しっかり、大丈夫ですか?」
暖かく柔らかな人のぬくもりが俺を捕まえる。
そのことに酷く安心した。
息の仕方が急にわからなくなり、喉を掴む。
「大丈夫、あなたは人間です。しっかり、戻って来てください」
「ピュイ!」
バサリという羽ばたきの音を頭上に感じ、俺は呼吸する方法を思い出す。
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