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第三章 神と魔と

219 導師フォーセット・インティト・ハスハ

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 時間前になるとそれぞれの部屋のドアを叩いてノルフェイデさんが俺たちを集めた。
 宿泊房の前には小型の二人乗り馬車が用意されていて、勇者と聖女、聖騎士とモンク、そして俺とメルリルとフォルテという組み合わせでその馬車に乗り込む。
 勇者一行はいいんだが、従者であるところの俺とメルリルにとっては、なかなか緊張する移動だった。
 何しろこの二人乗りの馬車には壁がなく、ソファーに車輪が付いているような造りなので、外から丸見えなのだ。
 いったいどこのお偉いさんだろうと見て来る大聖堂努めの人たちの視線が痛い。
 そんな心労を俺に与えながら馬車が到着したのは、大きいけれども派手さはない建物だった。
 雰囲気としては広々とした山小屋に近い。

「こちらが本神殿です」
「ずいぶん質素なんですね」

 思わず尋ねてしまう。

「ええ。皆さんそうおっしゃいます。本来はこのような質素さが神の僕たる私たちにとっては好ましいのです。表の拝殿や宿泊房はお客様をお迎えするための場所なので、出来るだけ美しく造られているだけのこと」
「なるほど」

 丁寧に答えてくれるノルフェイデさんにお礼をいいつつ、本神殿を詳しく観察した。
 造りは質素とは言え、ベースとなっているのは硬くて美しいことで有名な白無垢石だ。
 そのがっしりとした土台の上に丸太造りの巨大な平屋の建物が造られていた。
 そして薄っすらと建物全体を魔力が覆っている。
 これは今まで見て来た場所にはないものだ。
 正面にある巨大な両開きの扉を片方だけ開き、そこからなかへと入った。
 今までの建物と違い、入ってすぐのホールはそれほど広くない。
 質素なテーブルと椅子が用意されていて、石造りの暖炉があった。
 扉がいくつかあり、俺たちは暖炉横の扉へと案内される。
 扉をくぐると今度は大きな広間だ。広間を突っ切ると通路があり、さらに奥へと進む。
 まるで迷路のようでうっかりすると迷ってしまいそうだ。
 なぜか五、六段の階段を下りたり上がったりしつつ、広い通路に出た。
 その通路に並んだ部屋の一つの扉の前に騎士が佇んでいる。

「ここからはご案内を交代いたします」
「わかりました。ご苦労さまです」

 ノルフェイデさんが去り、その神殿騎士が扉をノックする。

「いらっしゃいました」
「お通ししろ」

 一礼して扉が開かれ、勇者を先頭に俺たちは入室した。
 その部屋は一言で言うと殺風景な部屋だった。
 なにしろ、一段高くなった場所に台が一つあるだけで、ほかになにもない。
 テーブルも椅子もなかったのだ。

「ようこそ、勇者さま」

 その男は、一人上の段の台を前に、佇んでいた。
 勇者一行を見下ろす形になる。
 豊かな銀白色の髪を丁寧になでつけ、精緻な青銀の刺繍の入ったローブに紺地に金の刺繍の入った短いマントを羽織っていた。胸元には大きな渦巻く炎のような色と形の神璽みしるしが下がっている。
 聖女の持つ水晶の神璽みしるしのような淡い輝きではなく、金属質の硬い輝きを持つ素材だ。
 ここまでで出会った大聖堂の人たちのなかで最も派手でしかもしゃれている。
 装飾品をたくさんつけるのではなく、手の込んだ仕立ての衣装を身につけることで威厳を出しているのだろう。

「私がどれほどあなたを待ち焦がれていたかおわかりになりますか?」
「気持ちの悪いことを言うな」

 相手の言葉に勇者はいつもの通りピシャリと跳ね除けた。
 おそらく導師であろう相手の指が神璽みしるしに触れる。
 途端に、聖女が目に見えて緊張した。

「なぜすぐに私の元へと来てくださらなかったのです? 面倒な手続きなどないようにと、使いの者を出していたのに、それを手ひどく追い払ったと聞いて、私がどれほど悲嘆にくれたか」
「心にもないことを」

 導師であろう相手は片眉を上げて勇者を睥睨すると、ため息をこぼす。

「よろしいでしょう。腹の探り合いなど意味がないことです。率直に聞きましょう。勇者さまはドラゴンとの約定を成したとか」
「そうだな」

 導師らしき相手は勇者たちを全員をジロジロと無遠慮に眺め回した。

「それで、約定の証はいかがしました?」
「証は迷宮の保全だ」

 勇者の返事に、導師らしき男はムッとしたように重ねて聞いた。

「形ある証です。何か手に入れたのではないのですか?」

 ああなるほど。こいつドラゴンの素材が目当てか。

「ドラゴンの素材なぞ持ち歩くに不便なもの。加工しなければ使うことも難しいものです。我らが預かり、勇者さまに相応しい装備をお造りしたいと心待ちにしていたのですよ」
「いらん」
「は?」
「必要ない」
「何をおっしゃいます? ドラゴンの素材を手に入れられたのでしょう? 話は聞いております」

 なるほど、あのキャンプ地から国に報告された内容だな。

「もう素材は使った。お前には関係ない」
「まさか! ドラゴンの素材を加工出来る者などそうそういるはずもない。私を騙すおつもりか?」
「勇者殿に向かって嘘つきとおっしゃるか!」

 聖騎士がずいっと前に出て導師らしき男を牽制する。
 すると、壁際にいた神殿騎士が一斉に剣に手をかけた。
 これはまずいぞ。俺たちは神殿内ということで武装を解いている。
 まさかと思うが戦いとなったら不利だ。

「やめよ! 剣聖殿もお下がりあれ」

 男が手を軽く振ると、神殿騎士たちが下がる。
 聖騎士も下がった。

「聖騎士だ」
「は?」

 勇者が男に向かってきっぱりと言った。

「我が剣、ロジクルス・フェイバーズは聖騎士に叙した。以後周知するように」
「聞いておらぬ!」
「なんで貴様に言う必要がある」
「聖騎士を叙する資格を持つのは私と聖者のみ」
「それは神殿騎士の話だろう。勇者の剣は勇者によってのみ磨かれる。貴様の知ったことではない」

 勇者の言いように、導師らしき男は大きく顔を歪めた。
 渋い男前の顔が台無しだぞ。

「あなたさまは身勝手過ぎる」
「勇者を呼びつけた貴様が言うのか」

 両者の間に色違いの濃い魔力が集中し始めているんだが、大丈夫か?
 こんな場所で魔力暴走とか起こったら大変だぞ。
 俺は冷や汗を流しながら、二人のにらみ合いを注視していた。
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