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第三章 神と魔と
210 若き領主との対面
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酒場は夜明け前に店を閉め、俺たちも眠り込んでいた酔っぱらいも共に追い出された。
夏場とはいえ夜明け前の空気は涼しく、ここが長年慣れた土地とは違うことを強く意識する。
役所に向かうのはまだ早いので、勇者に光球の魔法で灯りを出してもらい夜明け前の街を探索した。
わざわざ魔法を使わせたのは、盗人やかどわかしに割に合わない相手だとわからせるためだ。
「ピャ!」
俺の頭で丸まっていたフォルテが目を覚まし、光球の周囲をクルクル回り出した。
フォルテの青い光が光球に反射してチラチラするから止めて欲しい。
「綺麗な街ですね」
聖騎士が感心したように言う。
「古い街だからね。たっぷりあった時間の分手間をかけてるんだよ」
モンクが答えた。
実際、これまで見て来た大公国の街はどこも鮮やかで美しい。
建物の外壁には絵が描かれていることが多く、なかにはレンガ自体の色を変えて模様を描いている家もあった。
こういった美しさというのは豊かさの証でもある。
うらやましいことだ。
ミホム王国は決して新しい国ではないが、魔物との土地争いを続けて来たせいで農産業が貧弱という弱点がある。
勇者の国と言っても決して豊かではないのだ。
ただ、民の自立心は高いと思う。
「夜明けだな」
勇者が指し示す方向から光が差した。教会の高い尖塔の上に設置された水晶環に光が届き、眩しくきらめく。
教会は都市の東端に建立されるから、朝に太陽を目で探せば教会の位置がわかるようになっている。
「どこかで軽く飯を食って役所に行くか」
立ち寄った飯屋で役所の場所を尋ねて、馬を預けていた宿通りにある馬宿に行って馬を受け取り、役所に向かった。
役所では朝の受付が始まっていて、ちらほらと人の姿が見える。
まだそれほど多くはないようだ。
「すまないが、領主さまにお目通りを頼みたい場合にはどうすればいい?」
カウンターでなにやら書き物をしている中年の男性に声をかける。
「は?」
相手はバカでも見るような目で俺を見た。
まぁそりゃあそうだろうな。
「これを」
そこで、例のコインを差し出す。
役人らしき男はそのコインをちらっと見て、すっと顔色を変える。
おお、ちらっと見ただけでわかるのか。
おそるおそるコインを摘み、じっと見て、次に俺の顔を見る。それから俺の後ろでてんでに佇んでいた勇者たちを見た。
役人らしき男の顔色がますます悪くなる。
「しばしお待ちを」
丁寧に言いおいて、走らないぎりぎりの動きで素早く身を翻して役所の奥へと向かった。
なかなかいい身のこなしだ。
貴族の召使いのなかには所作が主たる貴族よりも美しい者がいるが、あの男もそういったたぐいの身分なのかもしれない。
やがて立派な服を着た初老の男性が現れた。
「貴殿がカリサ・サーサム殿の代理人であるか?」
「何かあったらあのコインを使えと言われただけで、代理人ではない」
「さようか。ならば我らも貴殿に礼をもって対せねばならぬ。我が主への用向きを伺おう。こちらへ」
初老の男性に導かれて、俺たちはぞろぞろとその後を追った。
領主と交渉するのは出来れば勇者と聖騎士に任せたかったのだが、聖騎士から逆にこういう場合はお互いに代理人が話をするのが普通であると言われてしまい、結局俺が交渉役となってしまった。
荷が重いが、関わってしまったことは最後までやり終えるのが責任というものだ。仕方あるまい。
役所の奥には大きな階段があり、そこを上ると両開きの立派な扉があった。
「閣下の執務室である」
言いおいて、初老の男性が扉をノックする。
「入れ」
なかから思ったよりも若い声が入室の許可を返した。
扉はなかから開かれ、俺たちは広々とした部屋へと踏み入る。
正面に巨大な執務机があり、そこに聖騎士と同じくらいの年齢の青年が座っていた。
若い。これが領主か。
俺は一歩下がり、勇者に目線を送る。
勇者は一歩踏み出すと、外套を脱いだ。
「っ! その紋章は!」
「今回の件は関わってはいるが名を残すつもりはない」
それだけ言って、勇者は下がる。
おい、もうちょっと何かあるだろ!
「ええっと、よろしいでしょうか?」
俺は主と同じように呆然としている初老の男に声をかけた。
扉を守っている騎士らしき者たちもやや動揺しているようだが、そっちは無視していいだろう。
「あ、はっ、失礼をいたしました。あなたは?」
「サーサム卿と親しくさせていただいた者です。今回は厚かましいとは思いましたが、ことがことなので、その縁を頼って領主さまにお願いをいたしたい儀がありまして」
「シェルナイタ、お客人にくつろいでいただくように」
驚愕から立ち直ったのか、領主さまが初老の男性に指示を出す。
シェルナイタという名前らしい。
「失礼をいたしました。こちらにどうぞ」
部屋の中央には長机があり、その周囲に革張りの椅子が囲んでいた。
数えてみたが、椅子は十脚ある。
空間に余裕があるので、並べようと思えばもっと並べることも出来るだろう。
そこへ座るようにうながされた。
勇者との視線のやり取りで、なんとか先に座らせることに成功した。
次に聖女だろうと視線を向けると、小声で「今回の件ではお師匠さまが交渉役なので、勇者さまの正面に」と言われてしまった。
しぶしぶ勇者の対面に座る。
俺の隣には聖騎士が座り、勇者の隣に聖女、次にモンク、最後に聖騎士の隣にメルリルという並びになった。
「しばしお待ちを」
シェルナイタ氏が頭を下げてどこかへと下がり、すぐに戻って来た。
「大変申し訳ないのですが、どうしても急ぐ仕事だけ片付けさせていただく。しばし我が領の名産を楽しんでくれたまえ」
執務机から領主が言葉を発し、それを受けてシェルナイタ氏が頭を下げつつ俺たちに言った。
「お待ちいただけますでしょうか?」
「もちろん。急に訪れてこちらこそ申し訳なかった」
正直こんなにすぐに通されるとは思ってなかったので、驚いたぐらいだ。
これも特権騎士の御威光というやつか。
シェルナイタ氏は緊張したような表情を少し緩め、「ありがとうございます」と礼を言う。
俺たち別に殴り込みに来た訳じゃないからな?
何かすごい誤解をされているような気がするが、ともあれさっさと今回の件を終わらせてしまおう。
まったくもって冒険者のやるこっちゃないよな。
夏場とはいえ夜明け前の空気は涼しく、ここが長年慣れた土地とは違うことを強く意識する。
役所に向かうのはまだ早いので、勇者に光球の魔法で灯りを出してもらい夜明け前の街を探索した。
わざわざ魔法を使わせたのは、盗人やかどわかしに割に合わない相手だとわからせるためだ。
「ピャ!」
俺の頭で丸まっていたフォルテが目を覚まし、光球の周囲をクルクル回り出した。
フォルテの青い光が光球に反射してチラチラするから止めて欲しい。
「綺麗な街ですね」
聖騎士が感心したように言う。
「古い街だからね。たっぷりあった時間の分手間をかけてるんだよ」
モンクが答えた。
実際、これまで見て来た大公国の街はどこも鮮やかで美しい。
建物の外壁には絵が描かれていることが多く、なかにはレンガ自体の色を変えて模様を描いている家もあった。
こういった美しさというのは豊かさの証でもある。
うらやましいことだ。
ミホム王国は決して新しい国ではないが、魔物との土地争いを続けて来たせいで農産業が貧弱という弱点がある。
勇者の国と言っても決して豊かではないのだ。
ただ、民の自立心は高いと思う。
「夜明けだな」
勇者が指し示す方向から光が差した。教会の高い尖塔の上に設置された水晶環に光が届き、眩しくきらめく。
教会は都市の東端に建立されるから、朝に太陽を目で探せば教会の位置がわかるようになっている。
「どこかで軽く飯を食って役所に行くか」
立ち寄った飯屋で役所の場所を尋ねて、馬を預けていた宿通りにある馬宿に行って馬を受け取り、役所に向かった。
役所では朝の受付が始まっていて、ちらほらと人の姿が見える。
まだそれほど多くはないようだ。
「すまないが、領主さまにお目通りを頼みたい場合にはどうすればいい?」
カウンターでなにやら書き物をしている中年の男性に声をかける。
「は?」
相手はバカでも見るような目で俺を見た。
まぁそりゃあそうだろうな。
「これを」
そこで、例のコインを差し出す。
役人らしき男はそのコインをちらっと見て、すっと顔色を変える。
おお、ちらっと見ただけでわかるのか。
おそるおそるコインを摘み、じっと見て、次に俺の顔を見る。それから俺の後ろでてんでに佇んでいた勇者たちを見た。
役人らしき男の顔色がますます悪くなる。
「しばしお待ちを」
丁寧に言いおいて、走らないぎりぎりの動きで素早く身を翻して役所の奥へと向かった。
なかなかいい身のこなしだ。
貴族の召使いのなかには所作が主たる貴族よりも美しい者がいるが、あの男もそういったたぐいの身分なのかもしれない。
やがて立派な服を着た初老の男性が現れた。
「貴殿がカリサ・サーサム殿の代理人であるか?」
「何かあったらあのコインを使えと言われただけで、代理人ではない」
「さようか。ならば我らも貴殿に礼をもって対せねばならぬ。我が主への用向きを伺おう。こちらへ」
初老の男性に導かれて、俺たちはぞろぞろとその後を追った。
領主と交渉するのは出来れば勇者と聖騎士に任せたかったのだが、聖騎士から逆にこういう場合はお互いに代理人が話をするのが普通であると言われてしまい、結局俺が交渉役となってしまった。
荷が重いが、関わってしまったことは最後までやり終えるのが責任というものだ。仕方あるまい。
役所の奥には大きな階段があり、そこを上ると両開きの立派な扉があった。
「閣下の執務室である」
言いおいて、初老の男性が扉をノックする。
「入れ」
なかから思ったよりも若い声が入室の許可を返した。
扉はなかから開かれ、俺たちは広々とした部屋へと踏み入る。
正面に巨大な執務机があり、そこに聖騎士と同じくらいの年齢の青年が座っていた。
若い。これが領主か。
俺は一歩下がり、勇者に目線を送る。
勇者は一歩踏み出すと、外套を脱いだ。
「っ! その紋章は!」
「今回の件は関わってはいるが名を残すつもりはない」
それだけ言って、勇者は下がる。
おい、もうちょっと何かあるだろ!
「ええっと、よろしいでしょうか?」
俺は主と同じように呆然としている初老の男に声をかけた。
扉を守っている騎士らしき者たちもやや動揺しているようだが、そっちは無視していいだろう。
「あ、はっ、失礼をいたしました。あなたは?」
「サーサム卿と親しくさせていただいた者です。今回は厚かましいとは思いましたが、ことがことなので、その縁を頼って領主さまにお願いをいたしたい儀がありまして」
「シェルナイタ、お客人にくつろいでいただくように」
驚愕から立ち直ったのか、領主さまが初老の男性に指示を出す。
シェルナイタという名前らしい。
「失礼をいたしました。こちらにどうぞ」
部屋の中央には長机があり、その周囲に革張りの椅子が囲んでいた。
数えてみたが、椅子は十脚ある。
空間に余裕があるので、並べようと思えばもっと並べることも出来るだろう。
そこへ座るようにうながされた。
勇者との視線のやり取りで、なんとか先に座らせることに成功した。
次に聖女だろうと視線を向けると、小声で「今回の件ではお師匠さまが交渉役なので、勇者さまの正面に」と言われてしまった。
しぶしぶ勇者の対面に座る。
俺の隣には聖騎士が座り、勇者の隣に聖女、次にモンク、最後に聖騎士の隣にメルリルという並びになった。
「しばしお待ちを」
シェルナイタ氏が頭を下げてどこかへと下がり、すぐに戻って来た。
「大変申し訳ないのですが、どうしても急ぐ仕事だけ片付けさせていただく。しばし我が領の名産を楽しんでくれたまえ」
執務机から領主が言葉を発し、それを受けてシェルナイタ氏が頭を下げつつ俺たちに言った。
「お待ちいただけますでしょうか?」
「もちろん。急に訪れてこちらこそ申し訳なかった」
正直こんなにすぐに通されるとは思ってなかったので、驚いたぐらいだ。
これも特権騎士の御威光というやつか。
シェルナイタ氏は緊張したような表情を少し緩め、「ありがとうございます」と礼を言う。
俺たち別に殴り込みに来た訳じゃないからな?
何かすごい誤解をされているような気がするが、ともあれさっさと今回の件を終わらせてしまおう。
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