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第三章 神と魔と

202 森の中の館6

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 俺は勇者に目配せしようとして、相手が見えないことに気づき、指で腕らしき場所を小突いた。
 しまった、見えないときの合図とか決めてなかったな。想定外だった。
 仕方ないので周囲に人がいないことを確認してから声をかける。

「あの男が出て来たほうに行ってみよう。ところでさっき、灯りがお前をかすめたときに暗いままだったが、そういう魔法なのか?」
「ああ、周囲にある闇を貼り付けているだけだから、灯りを反射したりはしないな」
「なるほど、不用意に明るい場所に出ないように注意しよう」
「わかった」

 凄い魔法だが欠点はあるということか。
 だが事前に欠点がわかっていれば対処のしようはある。
 つまり俺たちは人の形をした影みたいな感じになっているんだな。
 明るいところに出れば悪目立ちをするだろう。そのことを頭に入れておく。

 男のやって来た方向は玄関から向かって左側の廊下だ。そちらへと足を進める。
 と、隣からギッギッという床を踏む音が聞こえた。
 こいつ忍び足が出来ないのか。
 教えておくべきことが増えたな。

 廊下を進むと、ドアの隙間からわずかに灯りが漏れている部屋があった。

「どうしたハンス。あいつらを絞めるのは明け方だと言っただろう。今はまだ早い」

 ぎょっとして足を止める。
 勇者を押して、ドアが開いても光が届かない端へと移動した。
 間一髪、ドアが開かれる。
 館の主が寝巻きに着替えずに武装した姿で顔を出す。

「行ったか。ったく愛想のないやつだ。今はあまり人手がないんだから無茶は出来んというのに、あの快楽殺人者が」

 館の主はため息を吐いて部屋に戻った。
 俺は怒りと緊張の両方で体が震えるのを感じる。
 あの少女の訪れがなくても、俺は完全には寝ないし、それなりに対処出来たとは思う。
 だが部屋は個別で聖女やメルリルには戦う力がない。
 万が一があったかもしれないのだ。
 夜明け前の一番気が緩む時間を狙って来るということは、この男には対人経験が豊富であることを示している。
 あの少女には感謝してもしたりないな。そう思った。

 勇者の腕を掴んで引っ張るが、動かない。
 何をしようとしているんだ?
 勇者の体に魔力がみなぎり、筋肉が緊張するのを感じた。
 こいつ、屋敷の主に攻撃するつもりか?

 俺は危機感を覚えて強めに勇者を小突いた。
 そして腕を引っ張る。
 何度か繰り返してようやく勇者が体の緊張を解き、俺の誘導に従った。
 やれやれ、もう一人がどこにいるかわからないのに、暴れるとか勘弁してくれよ。

 廊下を先に進むと、突き当たりになっていた。
 ここは外れだったか? 俺は注意深く廊下を見渡す。
 すると、端にある扉が、ほかの扉と比べて貧相であることに気づいた。
 具体的に言うと、幅が狭く、飾り気がない。
 その扉の取っ手を握り、ゆっくりとひねる。
 すっと抵抗なく扉が開いた。
 細く開いてなかを窺うが、そこは物置のようになっていて部屋ではなさそうだ。
 人が通れる幅の分、荷物を積んでいない空間が奥まで続いている。
 俺は勇者の腕を引っ張って、そのなかに入り、扉を閉めた。

「我慢しろ、先に地下を探すという話だったろうが」
「……だけどあいつら」
「わかってる。まだ時間はある。とにかく先にここを調べよう」

 勇者は怒りが収まらないようで声を震わせていたが、やるべきことをやるように説得した。
 慎重に通れる場所を進むと、奥にまた扉があった。
 用心しつつ開ける。

「階段だ」
「地下だな」

 俺たちはそのまま階段を降りて行く。
 狭い階段だ。
 もし閉じ込められている人たちを連れて脱出するとなると一苦労だなと思う。

 地下は床も壁も天井も石で出来ていて、ひんやりとしていた。
 
「さっきの魔法を解除してくれ。ここから先は俺一人で行く。お前は階段を見張って出口を確保しておいて欲しい」
「……わかった。光よ、あるべき姿に」

 幻影の魔法が解除され、俺自身と勇者の姿が現れる。
 やっぱり姿が見えるほうがやりやすいな。

「ここが封じられたら袋のネズミだ。頼んだぞ」
「まかせておけ」

 いつもの尊大さが頼もしいな。
 俺は勇者を残して先へ進んだ。
 忍び足が出来ない勇者ではこの石の床は音が響きすぎる。
 適材適所ということだ。
 途中まで木箱のようなものがいくつか積み上げてあり、そこを抜けると広い空間と、その空間との間を遮る金属の格子があった。

 人の気配がある。

「誰か、起きているか?」

 囁いてみる。
 ビクッと反応した気配が二つほどあった。
 子どもが三人ぐらい、大人が二人ほどいるようだ。
 動いたのはその大人たちだ。

「俺たちは君たちを助けるように頼まれて来た。なぜここに囚われているかを教えて欲しい」
「ほんとうですか? わ、私たちをこれ以上苦しめるために騙しているんじゃないですよね?」
「本当だ。ただ、頼まれたのはいいが、なんで君たちがここに囚われているかは知らないんだ。理由はわかるか?」
「あの男たちは、私たちを商品だと言っていました。必要とされている場所に売るって」

 おいおい、嘘だろ。奴隷の売買は免許制で政府の監視下で行われるものだ。
 しかもディスタス大公国は犯罪者以外の奴隷はご法度という国だったはず。
 この人達はどう見ても犯罪者じゃないよな。
 ということはあいつら違法の奴隷商か。

「わかった。必ず助けに来るからもうしばらくがんばって欲しい。水や食べ物は足りているか?」
「はい。水と食べ物は十分に与えられています。ただ、鎖があって」
「繋がれているのか?」
「はい」

 悲しそうに女性が答えた。

「まさか子どもも鎖で繋いでるのか?」
「そうです」

 焼けるような怒りが胸の奥でうごめいた。
 商品と呼んでいるということは、あの男たちにとってこの人たちは同じ人間ではないのだろう。

「……必ず、助ける」

 湧き上がる怒りを鎮めながら、俺はそう約束した。
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