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第三章 神と魔と
181 魔力の渦
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まるで死にそうな顔をして唇を引き結んでいる騎士の顔を見ながら、そういえばまだ名前も聞いてないなと思う。
騎士というのは俺からするとおかしな人種だ。命よりも名誉を大事にする。いや、命よりも名誉が大事だと思おうとしている。そこに無理がある。
本当に大事なら、そんなに必死にならない。
自然にそれを守るものだ。
本来何かを守ることを心を決めた人間というのは生死の縛りからさえ自由ですらある。
正直俺はそういう人間は好きではないが、ある意味騎士たちからしてみれば理想の姿なのだろう。
だが、今生き足掻いているこの男は、逆に名誉によって縛られて身動きが取れなくなっている。
「それほど役目が大事か」
「当たり前だ。俺は主持ちの騎士だぞ」
「なら安心しろ。勇者は政に関わらないし、冒険者である俺は国のことに興味がない。俺たちに何を話したところであんたの主を裏切ることにはならんさ」
俺の言葉にも、ディスタスの特権騎士とやらは苦悶の表情のまま口をつぐんでいる。
「お前バカだろう」
勇者が騎士殿を取り押さえたまま言った。
勇者にバカと言われるとは気の毒すぎるな。
「なんだ……と」
「お前がどう頑張ろうと俺とし、ダスターがその気になれば何もかも調べることが出来るぞ。お前に俺が本当に止められると思っているのか? そんなに弱りきっていて。これは言うなれば温情だ。お前に話させてやるっていうな」
「う、ぐっ」
騎士殿もわかってはいるのだろう。
勇者が本気になれば今の騎士殿などひとひねりだ。
本来はどれほど強かろうと、体のなかに力がないのだ、敵うはずもない。
「ディスタスの特権騎士が他国の迷宮になんらかの手出しをしていたと噂が広まれば、あんたや国もわりと困るんじゃないか?」
俺も勇者に便乗して少し揺さぶりを掛けた。
少々意地が悪いが、今の現状をそのまま保養所に伝えればそうなるだろう。嘘は言ってない。
「わかった。話す。その代わり他言無用に頼む」
「お前頼める立場だと……」
「……勇者さま」
騎士殿の返事にイラッとしたらしい勇者が文句を言おうとしたのを止めて、騎士殿に話をしてくれるようにうながした。
同時に勇者に騎士殿を放すように言う。
しぶしぶ勇者は鞘に入ったままの剣を引いた。
「さっきも言ったが、俺も勇者さまも他国のことに関わる気はない」
俺の言葉に目を閉じて、ゆっくりと騎士殿は語り始める。
「……実は、その迷宮は人工的なものだ」
「? 人工的? 人が作ったということか? どうやって?」
迷宮は自然に時間を掛けて出来上がるものだ。先日の湖の周辺のダンジョンのように急激に魔力濃度が上がって形成される場合もあるが、それにしたって、魔物の縄張りが決まって迷宮として落ち着くまでそれなりに時間を要する。
「最初から順を追って話そう。おそらくそのほうがいい」
「あんたの話しやすいように話したらいいさ」
ディスタスの特権騎士殿は小さく息を吐き、言葉を継いだ。
「我がディスタスは魔法研究に優れていて、多くの研究機関がある。国のものもあれば、貴族の私有のものもある。その数はかなりのものだ」
「それは凄いな」
「だが、近年、我が国の優位性が失われつつあった。魔道具の市場での比率がおよそ七割ほどになったのだ」
「七割もあればほぼ独占だろうが」
勇者がそう言うのならそうなのだろう。俺にはその辺はわからない。
「いや、昔は九割を切ることはなかった」
「独占しすぎだろ。お前ら大聖堂と一緒になって魔法関係で他国を支配でもするつもりか」
「何を言う、大聖堂と我が国がたもとを分かったのはもう遠い昔の話だぞ。いまさら関係はない」
「どうだか」
「勇者さま、話を混ぜっ返さないでください」
「お、おう」
そもそも大聖堂とつながりが深いということなら勇者の母国であるミホムだってそうなんだがな。
「その原因は我が国の魔物に対する姿勢にある。我が国では魔物は悪であり、滅ぼすべきものとして発見次第狩られる。迷宮もだ。だがそうなると魔物の素材は減る一方、魔鉱石も古いものを掘ったら後が続かなくなってしまった」
「先を見る力のない連中だな」
勇者はどうもかなりこの騎士殿が嫌いなようだ。
どうしても茶々を入れなければ気がすまないらしい。
仕方ないので、邪魔にならない限りはそのまま放っておくことにした。
「……そこでとある魔法研究所の連中が考え出したのが人工迷宮だ。好きなときに魔物や魔鉱石を生み出すことができれば、問題は一挙に解決する」
「悪である魔物を自ら生み出すことに疑問は抱かなかったのか?」
これにはさすがの俺も黙っていることが出来なかった。
本末転倒も極まった話だ。
「もちろん、我が国の法では許されざることだ。たとえ愛国ゆえの行動であったとしてもな。その連中はさすがに国内で実験を行うのはまずいと思うだけの知性はあった」
「ああ、なるほど、話は読めた」
俺は頭が痛くなるのを感じた。
「そうだ。身分け山はどこの国の領地でもない。ここなら問題ないと思ったのだろう」
「バカな、身分け山のなかとは言えここでは人里に近すぎる。そんな危険な実験を行うなら、もっとひとけのない山奥でやるべきだ」
「そうなると資材や自分たちの食料や宿などが調達しにくいだろう?」
「身勝手だな」
「俺はむろんそやつらを処断した。だが、実験自体は行われた後だった。俺に出来たのは魔物が溢れ出ないように封印してそれを維持することだけだった」
ディスタスの騎士の告白が終わった。
ツッコミどころの多い話だが、ともあれ何が起こっているのかは理解した。
ただし、どんな仕組みになっているのかがわからないと解決方法が模索出来ない。
「はっ、やっぱりお前バカだな。お前の力で封印しているならお前が倒れたら魔物が溢れ出るということだろうが。そういうやり方は仲間がいる場合に取る方法だ。特権騎士は単独行動と聞いた。結局最悪の事態を引き伸ばしているだけじゃねぇか」
勇者のツッコミは言いがかりじみているが正しい。
個人に全てを背負わせすぎたことの問題点だな。
「いや、こうやって封印している間に、内部の魔物が喰らい合って、その数を減らす。そうなってから封印を解けば、魔物を倒して装置を壊すことで解決する話だ」
騎士殿の作戦は一見正解のようにも聞こえる。だが、実際にフォルテの目でその迷宮を見た俺に言わせれば、見当違いも甚だしい。
「今、その人工迷宮のなかでは狭い場所に押し込められた魔力が濃縮されて渦巻いている。魔物は変異を繰り返し、すでに既知のものではなくなっているようだぞ」
「なんだと! どうしてそのようなことがわかる?」
「騎士殿は魔力を見ることが出来ないのか?」
「魔力を見る? だと?」
この反応。
勇者もそうだったが、どうも貴族の魔法使いは魔力を視覚的に捉えるということはしないようだ。
「ダスターは凄いからな!」
なぜか勇者が俺の自慢を始めた。
今はそういう場合じゃないだろ。もっと危機感を持て。
「とにかく時間と共に状況は悪化していると思っていい。いったいどんな仕組みで迷宮を作っているんだ」
「魔道具に魔宝石をセットして、地中の魔力を吸い込んで放出する装置と、動物を誘導する魔法を組み合わせているようだ。細かい部分は専門家でないとわからないが」
「そしてあんたがそれに蓋をしたということか」
さて、現状のメンバーだけでどうにかなる内容なのか判断が難しいところだ。
聖女さまがいてくれたほうが良かったか、いや、危険すぎるか。
とにかく急いでなんとかしなければならないことだけははっきりとしていた。
騎士というのは俺からするとおかしな人種だ。命よりも名誉を大事にする。いや、命よりも名誉が大事だと思おうとしている。そこに無理がある。
本当に大事なら、そんなに必死にならない。
自然にそれを守るものだ。
本来何かを守ることを心を決めた人間というのは生死の縛りからさえ自由ですらある。
正直俺はそういう人間は好きではないが、ある意味騎士たちからしてみれば理想の姿なのだろう。
だが、今生き足掻いているこの男は、逆に名誉によって縛られて身動きが取れなくなっている。
「それほど役目が大事か」
「当たり前だ。俺は主持ちの騎士だぞ」
「なら安心しろ。勇者は政に関わらないし、冒険者である俺は国のことに興味がない。俺たちに何を話したところであんたの主を裏切ることにはならんさ」
俺の言葉にも、ディスタスの特権騎士とやらは苦悶の表情のまま口をつぐんでいる。
「お前バカだろう」
勇者が騎士殿を取り押さえたまま言った。
勇者にバカと言われるとは気の毒すぎるな。
「なんだ……と」
「お前がどう頑張ろうと俺とし、ダスターがその気になれば何もかも調べることが出来るぞ。お前に俺が本当に止められると思っているのか? そんなに弱りきっていて。これは言うなれば温情だ。お前に話させてやるっていうな」
「う、ぐっ」
騎士殿もわかってはいるのだろう。
勇者が本気になれば今の騎士殿などひとひねりだ。
本来はどれほど強かろうと、体のなかに力がないのだ、敵うはずもない。
「ディスタスの特権騎士が他国の迷宮になんらかの手出しをしていたと噂が広まれば、あんたや国もわりと困るんじゃないか?」
俺も勇者に便乗して少し揺さぶりを掛けた。
少々意地が悪いが、今の現状をそのまま保養所に伝えればそうなるだろう。嘘は言ってない。
「わかった。話す。その代わり他言無用に頼む」
「お前頼める立場だと……」
「……勇者さま」
騎士殿の返事にイラッとしたらしい勇者が文句を言おうとしたのを止めて、騎士殿に話をしてくれるようにうながした。
同時に勇者に騎士殿を放すように言う。
しぶしぶ勇者は鞘に入ったままの剣を引いた。
「さっきも言ったが、俺も勇者さまも他国のことに関わる気はない」
俺の言葉に目を閉じて、ゆっくりと騎士殿は語り始める。
「……実は、その迷宮は人工的なものだ」
「? 人工的? 人が作ったということか? どうやって?」
迷宮は自然に時間を掛けて出来上がるものだ。先日の湖の周辺のダンジョンのように急激に魔力濃度が上がって形成される場合もあるが、それにしたって、魔物の縄張りが決まって迷宮として落ち着くまでそれなりに時間を要する。
「最初から順を追って話そう。おそらくそのほうがいい」
「あんたの話しやすいように話したらいいさ」
ディスタスの特権騎士殿は小さく息を吐き、言葉を継いだ。
「我がディスタスは魔法研究に優れていて、多くの研究機関がある。国のものもあれば、貴族の私有のものもある。その数はかなりのものだ」
「それは凄いな」
「だが、近年、我が国の優位性が失われつつあった。魔道具の市場での比率がおよそ七割ほどになったのだ」
「七割もあればほぼ独占だろうが」
勇者がそう言うのならそうなのだろう。俺にはその辺はわからない。
「いや、昔は九割を切ることはなかった」
「独占しすぎだろ。お前ら大聖堂と一緒になって魔法関係で他国を支配でもするつもりか」
「何を言う、大聖堂と我が国がたもとを分かったのはもう遠い昔の話だぞ。いまさら関係はない」
「どうだか」
「勇者さま、話を混ぜっ返さないでください」
「お、おう」
そもそも大聖堂とつながりが深いということなら勇者の母国であるミホムだってそうなんだがな。
「その原因は我が国の魔物に対する姿勢にある。我が国では魔物は悪であり、滅ぼすべきものとして発見次第狩られる。迷宮もだ。だがそうなると魔物の素材は減る一方、魔鉱石も古いものを掘ったら後が続かなくなってしまった」
「先を見る力のない連中だな」
勇者はどうもかなりこの騎士殿が嫌いなようだ。
どうしても茶々を入れなければ気がすまないらしい。
仕方ないので、邪魔にならない限りはそのまま放っておくことにした。
「……そこでとある魔法研究所の連中が考え出したのが人工迷宮だ。好きなときに魔物や魔鉱石を生み出すことができれば、問題は一挙に解決する」
「悪である魔物を自ら生み出すことに疑問は抱かなかったのか?」
これにはさすがの俺も黙っていることが出来なかった。
本末転倒も極まった話だ。
「もちろん、我が国の法では許されざることだ。たとえ愛国ゆえの行動であったとしてもな。その連中はさすがに国内で実験を行うのはまずいと思うだけの知性はあった」
「ああ、なるほど、話は読めた」
俺は頭が痛くなるのを感じた。
「そうだ。身分け山はどこの国の領地でもない。ここなら問題ないと思ったのだろう」
「バカな、身分け山のなかとは言えここでは人里に近すぎる。そんな危険な実験を行うなら、もっとひとけのない山奥でやるべきだ」
「そうなると資材や自分たちの食料や宿などが調達しにくいだろう?」
「身勝手だな」
「俺はむろんそやつらを処断した。だが、実験自体は行われた後だった。俺に出来たのは魔物が溢れ出ないように封印してそれを維持することだけだった」
ディスタスの騎士の告白が終わった。
ツッコミどころの多い話だが、ともあれ何が起こっているのかは理解した。
ただし、どんな仕組みになっているのかがわからないと解決方法が模索出来ない。
「はっ、やっぱりお前バカだな。お前の力で封印しているならお前が倒れたら魔物が溢れ出るということだろうが。そういうやり方は仲間がいる場合に取る方法だ。特権騎士は単独行動と聞いた。結局最悪の事態を引き伸ばしているだけじゃねぇか」
勇者のツッコミは言いがかりじみているが正しい。
個人に全てを背負わせすぎたことの問題点だな。
「いや、こうやって封印している間に、内部の魔物が喰らい合って、その数を減らす。そうなってから封印を解けば、魔物を倒して装置を壊すことで解決する話だ」
騎士殿の作戦は一見正解のようにも聞こえる。だが、実際にフォルテの目でその迷宮を見た俺に言わせれば、見当違いも甚だしい。
「今、その人工迷宮のなかでは狭い場所に押し込められた魔力が濃縮されて渦巻いている。魔物は変異を繰り返し、すでに既知のものではなくなっているようだぞ」
「なんだと! どうしてそのようなことがわかる?」
「騎士殿は魔力を見ることが出来ないのか?」
「魔力を見る? だと?」
この反応。
勇者もそうだったが、どうも貴族の魔法使いは魔力を視覚的に捉えるということはしないようだ。
「ダスターは凄いからな!」
なぜか勇者が俺の自慢を始めた。
今はそういう場合じゃないだろ。もっと危機感を持て。
「とにかく時間と共に状況は悪化していると思っていい。いったいどんな仕組みで迷宮を作っているんだ」
「魔道具に魔宝石をセットして、地中の魔力を吸い込んで放出する装置と、動物を誘導する魔法を組み合わせているようだ。細かい部分は専門家でないとわからないが」
「そしてあんたがそれに蓋をしたということか」
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