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第三章 神と魔と

179 塩と燻製肉

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 まずはかまどを作ろうとしたのだが、いかんせんこの山のなかには適度な大きさの石がほとんどなかった。大きな岩か砂利かのどちらかで構成されているという感じだ。そんな地面は硬く、焚き火をしてその周囲に支柱を立てて鍋を吊り下げるのも難しい。
 そこで、勇者に生木の太めの枝を伐って来てもらい、その枝で枠を作り、中心には枯れ木を入れて、枠に鍋を置くことで調理することにする。
 生木で枠を作った後に手空きの勇者に焚き木を集めさせたのだが、やっぱり説明を理解していなかった。

「焚き木として使うのは枯れた枝だって言っただろう。生木はこの枠だけだ。しかもお前、これは毒のある木だぞ。素手で触ってないだろうな?」

 勇者の集めて来た木はそのほとんどが使えなかった。
 焚き木として落ちている枯れた枝を拾って来いと言ったのに、なぜか生木の枝を伐って来たのだ。

「でも、同じ木だろ」
「いいか、木ってのはとんでもなくたくさん水を吸っているもんだ。火に水をかけても燃えないだろ? だから落ちてカラカラに乾燥した枯れ木じゃないと焚き木には不向きなんだ」
「わかった!」

 勇者はうなずいて、目で追えない速度で低木の茂みに移動した。
 あんなスピードで移動したらそれこそ焚き木になる枯れ木を見逃してしまうだろうに。
 やれやれと思いながら、ひっくり返ったまま動けなくなってしまったらしいディスタスの騎士殿を見やった。
 さっきまではいろいろうるさかったが、今やすっかり黙り込んでいる。
 大丈夫か?

「おい。あんた、水は持っているのか?」
「……三日前に尽きた」

 おいおい。
 俺は騎士殿を引き起こすと、ずるずると大きな岩のところまで運んで背中をその岩で支え、カップに水を入れて両手に持たせる。

「飲め」
「……借りはつくらん」
「あんたの主は意地を張って仕事も完遂せずに死んだ騎士をどう思うかな?」
「うぬっ」
「いいから飲め、その代りある程度情報は提供してもらうぞ」
「全ては……」
「何を明かすかはあんたが決めればいいだろ」

 やがて我慢の限界を迎えたのか、カップのなかの水をグッグッと音を立てて飲んだ。
 そしてゲホゲホと咳込み始める。

「慌てるな。ゆっくり飲め。ったくプライドの高い騎士さまってのは仕方がねぇな」
「し、……そいつに不用意に近づくな! 弱ってはいるがまだまだ人を何人かは簡単に殺せる奴だぞ!」

 師匠呼びを禁じられたんだからダスターと呼び捨てにすればいいものを、仕方のない奴だ。

「人間同士なんだから話せばそんな事態にはめったにならん。というか他国の騎士を殺人鬼のように言うな」
「騎士は対人に特化した戦闘職だぞ。殺人鬼とたいして変わりはしない」
「クルスの前ではそんなことを言うなよ」
「あ、ああ、悪かった」
「俺にじゃないだろ」

 全く仕方ない奴だな。こないだの神殿騎士連中がよほど腹に据えかねたとみえる。

「ん、今度はちゃんとした焚き木になる枯れ木だな。お、枯れた苔が付いている。ホクチにちょうどいいな」
「ホクチ?」
「ああ、いくら着火の魔具があったとしても、こういう大きな枝をいきなり燃やすのは効率が悪い。細かくて燃えやすいもので火を大きくして安定させるのがいい火を作るコツだ。その最初の火をつける燃えやすいものをホクチと言うんだ」
「なるほど」

 勇者に焚き火のノウハウを教える。
 以前サポーターとしてついていたときには全く聞く耳持たなかったからこういう野営の基礎の部分も勇者は知らない状態だ。
 まぁその分、聖騎士殿がきっちりと覚えているから今までなんとかなっていたんだろうが。
 もともと騎士団の雑務を担当していたとかで、聖騎士は野営についてはよくわかっていた。
 ただ、勇者ともなれば仲間と一緒ではないときだってあるかもしれない。
 一人では何も出来ないのでは話にならないのだ。

 焚き火が安定したら料理の開始だ。
 人里も近いし出立したばかりなのでまだ水も十分ある。ケチケチせずに使おう。
 鍋のなかに耳茸を入れて熱を通し、香りが立ったところで水を入れる。
 干し飯をかたまりで投入し、岩塩を削り入れた。
 この岩塩、市場で仕入れたものだが、わずかに赤みがかかっている。
 出店の主によると、この近くで採れるもので、普通の岩塩よりも味わいがまろやかなのだそうだ。
 そこに少しだけすっぱ味のある調味料スパイスを入れた。
 この調味料スパイスは、食欲がなくなったときなどに効果的だと言う。
 内臓を活性化させるものなら騎士殿にも効果があるだろう。
 本来は水気が少なくなってから食べるのだが、騎士殿のためにやや水気の多い状態でカップに注いだ。

「これを時間を掛けて食うがいい。慌てるなよ?」
「……」

 ディスタスの騎士は何かを耐えるようにしばし目をつむったが、やがて諦めたように手を出して食事を受け取った。さきほど水を飲んで少しは力も蘇ったのか、カップを持つ手の力がさっきよりはマシになっている。
 だが、まだ少し震えているようだ。
 ひと口スプーンで掬って口に入れまたむせる。

「うっ」
「ゆっくりだ。慌てるな」

 背中をさすってやると、落ち着いたようでその後はきっちりと自分だけの力で食事を進めた。

「師匠、これウマ! この黒いのウマい!」
「耳茸。前も食っただろ」
「そう言えば。でも旨いな!」

 言われて俺も食べてみる。
 うん、これは旨いな。塩が違うだけでこうも違うのか。
 あと調味料スパイスがいい仕事をしている。

「そうだ。これも食うか?」
「干し肉? ん? ちょっと柔らかい?」
「ああ、俺も初めてだが、市場の店主がやたら美味いと勧めるので試食をしたが、確かに美味かった。干し肉よりは持たないらしいが、生肉よりはずっと持つし、そのまま齧れて香りもいい」
「美味い!」
「それは燻製スモークだな。我が国の名物だ」

 俺と勇者が珍しい干し肉を食べていると、人心地ついたらしいディスタスの騎士が話に加わった。

「ほう、燻製スモークか。覚えておこう」

 どうやらやっと交渉に移れるようだ。
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