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第三章 神と魔と
178 異国の騎士
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「なぜいきなり斬り合いを始めた?」
俺は低い声で勇者に尋ねた。
勇者はびくっと体を震わせると、慌ててむき出しのままだった剣を鞘に納め、地べたに座り込んだ。
「こいつが、今にも斬るぞと言わんばかりの殺気を放つから。先手必勝と思って。い、いや! 気配からしてかなり使うと思ったから、後手に回ってケガでもしたら面白くないだろ!」
いきなりの斬り合いの訳を説明しながら、段々と焦って相手を指差す勇者にため息を吐きながら首を振って見せる。
「で、あんたは。うちの勇者さまが特権騎士とか言っていたが、いきなり無辜の民を叩き斬るのがその特権騎士とやらのお役目なのか?」
「おのれ、神聖なディスタスの騎士を愚弄するか!」
相手の男は抜き身のままの剣をひっさげ、俺に向かってすごんでみせる。
途端に勇者の利き手が剣の柄に伸びるのをひと睨みして止めさせた。
勝てば正義とでも言うつもりか? こいつら。
「いいか、俺は神聖とか愚劣とかどうでもいい。簡単に他人の命を斬り捨てるという考え方は好きじゃないだけだ。もちろん守るべきものがある場合に相手を殺して制圧するというのは当然の行動だろうし、俺だって賊を殺したことはある。だがな、どういう相手かわからないのにいきなり斬り殺すというのは頭のおかしい連中の所業だ。殺した者は蘇らないんだぞ? その者が背負っていた全てがその瞬間に破壊されるんだ。それは決して他の者では代わりにならない世界の欠片を破壊するということだ。人間には言葉がある。殺し合う前に会話をしろ、出来ないならお前たちは魔物だ! いや魔物よりも悪い、世界の災厄だ!」
俺の怒りに勇者は地面に頭をこすりつけて許しを請うた。
「ごめんなさい師匠。俺が浅はかでした」
涙目である。
お前本当に理解したんだろうな? 今度やったら二度と弟子とか言わせないぞ?
「はっ! 大言を吠えるわ、人の生き死にはその者の命運よ、俺に殺されるならそれまでだっただけのこと。惜しいことなど欠片もないわ!」
イラッとする。
俺の最も嫌いな強者の論理だ。
強いものが世界を回していると勘違いしている奴の妄言に過ぎないが、恐ろしいことに、この考えが主流となっている世界こそが貴族たちの社会なのだ。
決してこいつだけの勘違いではない。
「なるほど、さきほどの俺の言葉を肯定するんだな。ディスタスの騎士は罪なき者を殺すのが役目と」
「なんだと!」
「今の言葉はそうとしか聞こえなかったが?」
「貴様!」
恐ろしい速度で踏み込んで来たその騎士を立ち上がる姿も見せずに勇者が剣の鞘でいなす。
俺をちらりと見て、剣の鞘を掲げて抜いてないアピールを大げさにしてみせた。
うん、大丈夫だ。今のは怒らないから。
それに勇者が防がなかったら、フォルテが何かしでかすところだったっぽいから俺も少し肝を冷やした。
俺自身は普通に避けるつもりだったんだけどな。相手の剣筋は本気ではなかったし。
しかしこの騎士、う~ん、いや、どうも騎士とは言い難い見た目なんだが、本当に騎士なのか? 勇者の貴族や他国に関する知識はかなりのものだから信用するが、なんというか酷い有様だぞ。
黒っぽい茶色の髪は枯れ葉も絡んでボサボサの状態。目は落ち窪み、頬はこけている。目と言えば、片目は眼帯で覆っているな。元は立派な装備だったと思われる姿は泥まみれで酷い悪臭を放っていた。
正直に言って、以前出会った食い詰めた野盗のほうが身ぎれいで健康的だったほどだ。
「あんたがどう言おうと俺たちは依頼を果たすのみ。正当な理由でそれを遮るなら説明して俺たちを説得してみせろ。あんたはあんたなりのお役目を果たしているのかもしれんが、その様子じゃ、それも立派に勤め上げているとも思えないがな」
「お、おのれ……」
酷い状態でありながら尚も剣を納めない相手に、勇者の表情が消え失せて戦いのときのものとなった。何をするのかと思えば、ゆっくりと前へ体を傾けたとしか見えない動きでするするとその騎士に近寄ると、軽く相手の肩を押した。
「ぬおっ!」
その瞬間、何をどうしたかわからないが、相手の騎士がすっ転んだ。
「我が師の前に立ちふさがるとは厚顔無恥な獣め、獣らしく地を這え」
「アルフいい加減にしろ。話し合えと言っただろうが」
「おのれこの屈辱、俺が万全ならばこのようなことは!」
「あんたもだ。その様子じゃ、飲まず食わずでここに篭っているんじゃないか? そんな状態で勇者と互角に戦ったのは凄いが、持久力はないようだな」
「くっ!」
ディスタスの騎士が悔しそうにギリギリと歯を噛みしめる音が聞こえて来る。
どんだけ負けず嫌いんだ。
「わかった。何か食わせてやる。人心地ついたら話し合おう」
「師匠、こんな奴に師匠の飯を食わせてやることはないぞ!」
「お前の分が減ったりしないから安心しろ。というか、勇者さま。他国の騎士の前で誤解を招く呼び方はやめていただきたい」
「聞いた奴の口を塞いでしまえばいいんじゃないかな?」
「お前、それは勇者の発想じゃないだろ」
地面に倒れ込んだディスタスの騎士は起き上がろうともがいた末に、あきらめて寝転がったようだ。「おのれ」とか、「この屈辱は……」などという物騒な言葉が聞こえて来るあたり、気力はまだあるようだ。
おそらく体がもうついて来ないのだろう。
自分の強さに自信がある奴ほどこういう状態に陥りやすい。
無理の限界を見誤るのだ。
俺は少し早いが、食事の準備に取り掛かることにした。
俺は低い声で勇者に尋ねた。
勇者はびくっと体を震わせると、慌ててむき出しのままだった剣を鞘に納め、地べたに座り込んだ。
「こいつが、今にも斬るぞと言わんばかりの殺気を放つから。先手必勝と思って。い、いや! 気配からしてかなり使うと思ったから、後手に回ってケガでもしたら面白くないだろ!」
いきなりの斬り合いの訳を説明しながら、段々と焦って相手を指差す勇者にため息を吐きながら首を振って見せる。
「で、あんたは。うちの勇者さまが特権騎士とか言っていたが、いきなり無辜の民を叩き斬るのがその特権騎士とやらのお役目なのか?」
「おのれ、神聖なディスタスの騎士を愚弄するか!」
相手の男は抜き身のままの剣をひっさげ、俺に向かってすごんでみせる。
途端に勇者の利き手が剣の柄に伸びるのをひと睨みして止めさせた。
勝てば正義とでも言うつもりか? こいつら。
「いいか、俺は神聖とか愚劣とかどうでもいい。簡単に他人の命を斬り捨てるという考え方は好きじゃないだけだ。もちろん守るべきものがある場合に相手を殺して制圧するというのは当然の行動だろうし、俺だって賊を殺したことはある。だがな、どういう相手かわからないのにいきなり斬り殺すというのは頭のおかしい連中の所業だ。殺した者は蘇らないんだぞ? その者が背負っていた全てがその瞬間に破壊されるんだ。それは決して他の者では代わりにならない世界の欠片を破壊するということだ。人間には言葉がある。殺し合う前に会話をしろ、出来ないならお前たちは魔物だ! いや魔物よりも悪い、世界の災厄だ!」
俺の怒りに勇者は地面に頭をこすりつけて許しを請うた。
「ごめんなさい師匠。俺が浅はかでした」
涙目である。
お前本当に理解したんだろうな? 今度やったら二度と弟子とか言わせないぞ?
「はっ! 大言を吠えるわ、人の生き死にはその者の命運よ、俺に殺されるならそれまでだっただけのこと。惜しいことなど欠片もないわ!」
イラッとする。
俺の最も嫌いな強者の論理だ。
強いものが世界を回していると勘違いしている奴の妄言に過ぎないが、恐ろしいことに、この考えが主流となっている世界こそが貴族たちの社会なのだ。
決してこいつだけの勘違いではない。
「なるほど、さきほどの俺の言葉を肯定するんだな。ディスタスの騎士は罪なき者を殺すのが役目と」
「なんだと!」
「今の言葉はそうとしか聞こえなかったが?」
「貴様!」
恐ろしい速度で踏み込んで来たその騎士を立ち上がる姿も見せずに勇者が剣の鞘でいなす。
俺をちらりと見て、剣の鞘を掲げて抜いてないアピールを大げさにしてみせた。
うん、大丈夫だ。今のは怒らないから。
それに勇者が防がなかったら、フォルテが何かしでかすところだったっぽいから俺も少し肝を冷やした。
俺自身は普通に避けるつもりだったんだけどな。相手の剣筋は本気ではなかったし。
しかしこの騎士、う~ん、いや、どうも騎士とは言い難い見た目なんだが、本当に騎士なのか? 勇者の貴族や他国に関する知識はかなりのものだから信用するが、なんというか酷い有様だぞ。
黒っぽい茶色の髪は枯れ葉も絡んでボサボサの状態。目は落ち窪み、頬はこけている。目と言えば、片目は眼帯で覆っているな。元は立派な装備だったと思われる姿は泥まみれで酷い悪臭を放っていた。
正直に言って、以前出会った食い詰めた野盗のほうが身ぎれいで健康的だったほどだ。
「あんたがどう言おうと俺たちは依頼を果たすのみ。正当な理由でそれを遮るなら説明して俺たちを説得してみせろ。あんたはあんたなりのお役目を果たしているのかもしれんが、その様子じゃ、それも立派に勤め上げているとも思えないがな」
「お、おのれ……」
酷い状態でありながら尚も剣を納めない相手に、勇者の表情が消え失せて戦いのときのものとなった。何をするのかと思えば、ゆっくりと前へ体を傾けたとしか見えない動きでするするとその騎士に近寄ると、軽く相手の肩を押した。
「ぬおっ!」
その瞬間、何をどうしたかわからないが、相手の騎士がすっ転んだ。
「我が師の前に立ちふさがるとは厚顔無恥な獣め、獣らしく地を這え」
「アルフいい加減にしろ。話し合えと言っただろうが」
「おのれこの屈辱、俺が万全ならばこのようなことは!」
「あんたもだ。その様子じゃ、飲まず食わずでここに篭っているんじゃないか? そんな状態で勇者と互角に戦ったのは凄いが、持久力はないようだな」
「くっ!」
ディスタスの騎士が悔しそうにギリギリと歯を噛みしめる音が聞こえて来る。
どんだけ負けず嫌いんだ。
「わかった。何か食わせてやる。人心地ついたら話し合おう」
「師匠、こんな奴に師匠の飯を食わせてやることはないぞ!」
「お前の分が減ったりしないから安心しろ。というか、勇者さま。他国の騎士の前で誤解を招く呼び方はやめていただきたい」
「聞いた奴の口を塞いでしまえばいいんじゃないかな?」
「お前、それは勇者の発想じゃないだろ」
地面に倒れ込んだディスタスの騎士は起き上がろうともがいた末に、あきらめて寝転がったようだ。「おのれ」とか、「この屈辱は……」などという物騒な言葉が聞こえて来るあたり、気力はまだあるようだ。
おそらく体がもうついて来ないのだろう。
自分の強さに自信がある奴ほどこういう状態に陥りやすい。
無理の限界を見誤るのだ。
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