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第三章 神と魔と

173 調査依頼

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 勇者と聖騎士の話によると、保養所の係員の説明は、奉仕の要請というよりも助けを求めるという要素が強い内容だったらしい。

「ここの温泉は魔力を含んでいてそれを利用して治療や施設の運営を行っているとのことでした。ところが最近その温泉の魔力の質が変わって、そのままでは使えないので魔宝石で浄化している状態なのだそうです」
「魔力を含んだ温泉で治療しているのか、目の付け所が凄いな。しかしまぁ身分け山ならそういうこともあるだろうな。それよりも質が変わったというのは?」

 聖騎士の説明に俺は感心しながら先をうながした。

「どうも強力な魔物が棲み着いたか、温泉の元がダンジョン化したらしくて、魔力が強くなりすぎて現在危険レベルでこのままだと施設の存続が危ぶまれているとか」
「身分け山だからな、まぁそういうこともあるだろう」

 俺はため息をいた。
 以前勇者たちが魔物の魔力にあたったことがあるが、色を持つ魔力が強くなりすぎると人体には害になる。
 温泉にはそれまで薄まった魔力が溶け込んでいたのだろう。

 身分け山は山とは言うが大陸を南北に分かつ一大山脈を総括した呼び名だ。あまりにもその山々が険しすぎてほとんど人の立ち入ることの出来ない場所なのだが、恐ろしいことにそんな山にも人の集落はある。
 山岳民族と呼ばれている人びとが国のようなものを作っているのだ。
 まぁこの話は今回関係ないが。
 それほど険しい山脈なので、人の入り込めない場所に強大な魔物や深淵なダンジョンがあると言われていた。
 実を言うと、大聖堂で祝福を受けた勇者が、最初に行ったのがこの身分け山の踏破で、俺はそれを諦めさせるためにさんざん骨を折ったもんだ。
 結局、頑固な勇者に俺が折れる形で現地の集落で魔物討伐の依頼を請けながら彼らの交易ルートを使って山越えした。
 そのとき、魔物料理を振る舞ったんだったな、そう言えば。

「まさかその魔物かダンジョンをどうにかしてくれって言われたのか?」
「いえそこまでは。しかし調査を依頼されました」
「調査か……」

 調査依頼なら今回のメルリルの治療や宿泊の代償として奉仕で支払うというのも悪くはない話だ。
 ただし、俺たちが勇者を抱えていなければ。
 勇者は人間社会に仇なす存在を誅すのが仕事だ。
 もし、その魔物かダンジョンを発見したら、討伐任務として行う必要が出て来る。

「俺は構わん。大聖堂に行くよりも何倍もマシだ」
「いや、調査結果次第だが、準備もなしに攻略出来る相手ではないように思える。それにその大聖堂だ。あまりにも待たせたらさすがに問題になるんじゃないか?」
「本来指図出来ないはずの勇者の行動に横槍を入れた形なのはあっちだぞ」

 勇者は大聖堂に行きたくないあまりに、戦いを選ぼうとしているようだった。
 短絡的というか、そういうところはほんと子どもっぽいよな。後回しにしてもどうせ行かなきゃならんのだから相手が機嫌がいいうちに用事を済ませがほうがいいと思うんだけどな。

「まぁいいか。とりあえず調査は俺が請ける。大勢で行ってどうこうなるもんでもないし、メルリルを一人で残す訳にもいかんだろう」
「話にならない俺も行く」

 勇者が言い張る。

「お前が行ったらその場で特攻しそうで嫌だ」

 遠回しに言っても仕方ないので、はっきりと拒絶の意思を伝えた。
 しかし勇者はさらに食いつく。

「ちゃんと指示に従う。俺は師匠の弟子だからな」

 嘘つけ、お前これまで俺の指示にちゃんと従ったことがあったか?
 思い返してみると短時間の指示にはちゃんと従うが、長時間になるとたちまち我が出てしまうのが勇者の性質だと思われた。
 勇者は未だやや自暴自棄なところがあって油断出来ない。
 もっと精神的に落ち着いたら慎重に行動も出来るんだろうが、まだまだ怪しいのだ。
 しかしここでさらに拒絶することは、勇者の変わろうという意思を挫くことでもある。
 俺はしばし迷った。

「私からもお願いします。それにここの人たちにとっても勇者さまが動いてくれるという事実は大きい。こう言ってはなんですが、私はこの施設が好きです」

 聖騎士が俺に頭を下げた。
 そこまでされると断れなくなってしまうな。

「わかった。アルフにも調査の経験が必要だろうしな。戦いばかり秀でてもいつか必ず行き詰まる。ものごとを観察して理解することで、出来ることも増えるということを学べるだろう」
「やった!」

 勇者が拳で胸を叩いて喜びをあらわにする。

「ダスター師匠は勇者に甘いよね、案外」

 モンクがぼそりと言う。
 甘くないし、師匠呼びをやめろ。
 俺は言いたいことを大人らしくぐっとこらえると、今度は俺の話を振った。

「実はこの依頼に関連しているかどうかはわからないんだが、少し気になることがあった」

 そう言うと、勇者と聖騎士、そしてモンクが話に意識を戻した。

「さっき突然フォルテの視界を共有したんだが、近くの山中に黒い渦のような魔力の塊があった」
「それが温泉の変質の原因でしょうか?」
「それはわからないが、調査の際にはまず間違いなく妨げになるだろう。そういう魔力現象について何か知っているか?」

 俺の問い掛けに、全員がしばし考え込む。

「それにしてもダスター師匠も人間離れして来たよね。あの鳥と視界を共有するなんて」
「師匠はやめてくれテスタ。俺はお前の師匠じゃないだろ」
「アハハ」
「まぁでも使役獣使いはそういうことが出来る奴もいるって話だから、そうおかしなことでもないだろう」
「でも羽は生やさないと思うな」
「う、ぐっ」

 モンクの鋭い切り込みに、俺はタジタジとなった。
 実際自分でも最近どこか遠い場所に踏み込もうとしているような気はしているんだよな。
 普通の冒険者の範疇を越えてしまったような……。

「テスタさん、ダスターさんをからかわないでください。私たちにとって大切な方なんですから」
「はいはい」

 聖騎士がやんわりとモンクを止めてくれるが、その言い方、なおさら自分の今の立場の重みが増したように感じて辛い。
 気楽な冒険者で一生を終える予定だったんだがなぁ。
 まぁ子どもの頃に俺だって勇者さまに憧れたことはあるさ。
 勇者パーティの一員となって人類の脅威と戦うことを夢見たことだってある。

 俺はちらりと勇者を見た。
 俺の視線を感じた勇者は、慌てて口を開いた。

「魔力の渦というものを俺自身が見てないからわからないが、記録には強大な魔力が凝縮されたときに渦を巻くような動きを見せるとあるぞ」
「強大な魔力が凝縮か」

 さすが知識の豊富な勇者はあの渦にも心当たりがあるようだ。
 内容的に放置は出来ない問題だな。危険も大きそうだ。しっかり準備して調査する必要があるだろう。
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