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第三章 神と魔と

172 魔物の影

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 せっかくちゃんとした竈と水場があるんだからと、スープを作ることにした。
 とは言え新鮮な野菜などはないので干し肉を戻したものと乾燥した果実の皮を使った薬味スパイスを組み合わせたものだ。
 少しもったいないが、騎士団秘蔵のスープの元も使おう。
 使い渋って腐らせても意味がないしな。
 鍋は冒険者仕様の小さいものではなく、勇者パーティの備品である少し大きめの鉄鍋だ。
 そう言えば干し飯も荷物に入っていたから入れてしまえ。

 火を弱めに起こして時間を掛けて煮込む。
 勇者が凄い目で見て来るので干し肉を齧らせておいた。
 全体的に柔らかくなったら火から下ろし、竈の周辺にあった木の板を持って板間に移動する。

「じゃあ、食事にしよう。聖女さまお祈りを」
「はい。神の御心に守られ今日の糧を頂けることを感謝いたします」

 勇者一行の四人には少し大きめの彼らの持ち物のカップに、俺は自分の手持ちのカップにスープを注いで簡易的な食事を開始した。
 うん、やっぱり騎士団秘蔵のスープの元はいい仕事をするな。干し飯もスープを吸って旨い。ちょっと肉が固いが、まぁこんなもんだろう。
 メルリルの分を確保しておくため目を光らせておく。
 油断するとこいつら全部食っちまうからな。

「食事が出来るって素晴らしいことだよな」

 勇者が何か悟ったようなことを言っているが、どうせ食った後には忘れるたわごとなので放置する。

「そう言えば、この施設は食事は出るのか?」
「一日一回の配給があるらしいのですが、余裕がある方は遠慮してくださいと言われました」
「なるほど。と言うことは明日は早朝に市場に買い出しに行ったほうがいいな」

 聖騎士の言葉に俺は翌日のプランを頭のなかで練る。
 保養所の奉仕とやらがいつ入って来るかわからないが、とりあえずそれまでは計画的に毎日を過ごしたほうがいいだろう。
 教会のほうから大聖堂の動向を探れないかも気になるところだ。

「ん?」

 急に視界が切り替わる。
 危うくスープの入ったカップを取り落とすところだった。

(フォルテか、どうした?)

 フォルテの視線が山のほうに釘付けになっている。
 よくよく見ると、視界が凄いことになっていて戸惑った。
 山全体に赤い線が走っているし、ところどころに黒だったり金色だったりする滲みのようなものがある。
 ん? 一箇所、何か渦のようなものが見えるな。
 しかしこれがフォルテの視界か。何が何やらわからないと混乱するばかりだ。

(なんか、いる)

 数回だけ聞いたフォルテの声が耳の奥で響く。

(なんかというのは何だ? もう少しわかりやすく伝えられないのか?)
(モヤモヤして気持ち悪い)
(……わかった。そう言えばお前、まだ生まれたばかりだもんな)

 人間の言葉で話しているときにはなんか偉そうな喋り方だったくせに、思考になると急に子どもじみているのはおかしいだろうとか思いはしたが、あの話し言葉は人間の言葉としてそう訳されているだけなのかもしれない。

 同調していた視界が元に戻ってほっとする。そしてふと、前方を見ると鍋の中身が無くなっていた。

「あ、お前ら、少しは遠慮しろよ」

 全員がそっぽを向いた。
 ああうん、全員二杯目を食ったんだな。はいはい、若者相手に俺が無理を言いました。
 メルリルの分は後で小さめの鍋で作ってやろう。

 外は日が暮れ始めている。
 そろそろ灯りも欲しい。
 部屋にあるランプを見てみると油を使うタイプのようだ。
 別にロウソク立てもある。珍しいな。
 だが、新たに油を買うのもあれなので、手持ちのランタンを使うことにした。
 勇者たちの分を部屋に置き、自分の分を腰に下げてメルリルのいるベッド部屋に向かう。

 廊下を歩いていると灯明皿に取っ手が付いた形の秉燭ひょうそくを持ったローブの女性と行き合った。油を豊富に使っているところを見ると、この辺の土地は油が多く採れるのかもしれない。
 間を開けてすれ違おうとしたら、相手が近寄って来る。

「あの、勇者さま方はご在室でしょうか?」
「はい」
「ありがとうございます」

 どうやら勇者たちに用事のようだ。
 例の奉仕の話か?
 しかしメルリルの治療のためなのだから勇者たちに何かさせるというのは間違っているような気がする。
 宿泊費という意味でなら確かに一蓮托生ではあるが。
 あと、山の上にあった渦のようなものが気になる。
 あれはおそらく魔力の類だろう。フォルテの認識で気になるということはそこそこ厄介な相手の予感がした。

 ベッドが並ぶ部屋に行くと、メルリルが既に起きて所在無げに周囲を見回していた。
 寝ていればいいのにとは思うが、知らない場所で心細かったのだろう。申し訳なく思う。

「メルリル」

 具合が悪く寝ている者ばかりの場所なので、さすがの俺も気を使って小さな声で呼んだ。

「あ、ダスター」
「具合はどうだ?」
「はい。もうすっかり」
「いや、そういう治ったような気になったときが一番危ないんだ。だがまぁ、移動の許可はもらっているので部屋を移るか」
「はい」

 嬉しそうだ。
 一人は寂しかったのだろう。
 すまなかった。

 部屋に帰り着いたら既に先程の訪問者はいなかった。
 
「ただいま」
「あ、おかえりなさい」

 聖女が嬉しそうに迎えてくれる。
 まぁ主にメルリルを、だが。

「メルリルは下のベッド、私は上のベッドなんですよ。私、こんな高い場所にあるベッド、初めてで、あ、ごめんなさい。具合が悪いのにうるさくしてしまって」
「いいえ。ミュリアさまの声を聞いたら具合がよくなりました」
「メルリル、何か簡単に食べるか?」

 楽しそうなところを悪いが、聞くべきことを聞いておく。

「いいえ。あの、白湯をいただけるとうれしいです」
「わかった」

 今日は食べてないのに食欲がないということはやっぱりあまりまだ良くないのだろう。
 言われた通り、湯を沸かすことにする。

「ダスターさん、後で」
「ああ、わかった」

 聖騎士が声を掛けて来た。
 訪問者の用事か。てか、また勇者の顔が仏頂面になっているぞ。
 飯食った後はあんなに楽しそうだったのに、一瞬の幻だったか。

 ベッドにメルリルと聖女を寝かせたあと、俺たちは板間で話し合いをすることとなった。
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