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第三章 神と魔と

163 叙勲

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 俺たちは神殿騎士たちに囲まれるような形で出立となった。
 なんか囚人の護送のようで居心地が悪い。
 これは勇者も同じだったようで隊長であるゾッケルダに抗議していたが、そういう決まりなのでということで押し通された。あの勇者相手に意見を押し通すとはなかなか骨のある人物のようだ。だから選ばれたのかもしれんが。

 さて、その光景が外からどのように見えるのかと言うと、白銀に輝く神殿騎士に守られた、伝説の装備をまとった勇者一行とおまけという感じだろうか。
 目立つことこの上ない。
 まぁこの陣容の一行に襲いかかって来る盗賊はまずいないし、魔物も基本的に強そうな集団には近づかないものだ。
 なかにはちゃっかりそれに便乗しようとすぐ後ろからついて来ている旅人や行商人などがいて、ちょっとしたキャラバンのような様相となった。

 周りをいかつい集団が囲み、私語一つなくひたすら進むので、その内側にいる俺たちも自然と言葉が少なくなるかと言えば、そうでもなかった。
 彼らは彼ら、俺たちは俺たちだ。
 そんななか、フォルテは俺の頭の上から神殿騎士を威嚇し続けていた。

「グルルルル……」
「落ち着け、敵じゃないから、多分」
「ダスターが不安に思っているからフォルテも不安なんじゃないでしょうか?」
「そうかもな。どうも俺は騎士の集団ってのが苦手で」
「私もピカピカのお揃いの金属鎧を着た人たちに囲まれるのは少し怖いです」
「……すみません」

 俺とフォルテ、そしてメルリルがそんな話をしていると、剣聖が突然謝って来た。

「剣聖さんは怖くないですよ」

 メルリルがきょとんとして言う。
 確かに剣聖の鎧には威圧感はないな。
 神殿騎士の鎧は銀ピカで太陽光を反射して目にも痛いが、剣聖の鎧は燻したような灰褐色で不思議に風景に溶け込む色合いだ。
 まぁ実戦を考えればどっちがいいかは自明の理だろう。
 つまり神殿騎士の鎧は人間に対するこけおどしであり、剣聖の鎧は戦いのためのものであるということだ。

「私はああいう騎士に昔は憧れていました。今となると滑稽な話ですが、ああやって汚れのない鎧を纏い、多くの人を守ることこそが騎士の役割であると思っていたのです」
「まぁ貴族ならまっとうな憧れなんじゃないか? 実際俺たちもガキの頃、立派な馬にまたがった騎士さまを見て憧れたぞ」
「そう言っていただけると救われる思いです」

 そう言えば剣聖とはちょくちょく言葉を交わすものの、今ひとつ打ち解けたという感じではない。
 別に警戒はされていないだろうが、俺のほうに貴族に対するわだかまりがあるのが問題なのだろう。

「俺は結局強い冒険者に出会ってその道に進んだが、もし貴族に生まれたらやっぱり騎士を目指したと思うぞ」
「ダスターどのは魔力の扱いが巧みです。きっと貴族に生まれたらよい騎士になったことでしょう」

 ん、あれ、これ、魔力がないせいで騎士になれなかったという剣聖にとっては嫌な話題じゃないか? なんでわざわざ自分の辛いことを話題にしようとするのか今ひとつわからない。
 騎士のストイックさというものなのか? でも騎士だって、いや、剣聖だって人間だ。
 辛いことは辛いはずだろ。

「魔力は確かに役に立つよ。でもさ、どうあがいてもあんたほどの鍛錬をした騎士にはとうてい届かないと思うぜ。師匠によれば俺には剣の才能が全くないそうだからな」

 自虐には自虐という訳ではないが、剣聖が自分の過去の痛みをあえて無視して俺を評価してくれるというなら、俺もまた自分の痛みを飲み込んで剣聖を評価してやる。
 俺はけっこう負けず嫌いだからな。

「……騎士、ですか?」
「騎士だろ。鎧をまとって馬に乗って戦う。他にどんな条件が必要なんだ? もし誰か主に騎士として叙されなければならないっていうなら、そこの勇者さまが喜んで騎士に叙してくれるんじゃないか」

 自分の話題が出たのに気づいたのか、勇者がチラッと俺たちを見て来る。
 いいからお前は前を見ていろ。
 お前が何かするといちいち神殿騎士が注目するからうざいんだよ。
 俺の険のある視線に気づいたのか、勇者は前を見て若干肩を落とした。

「あまり勇者さまをいじめないであげてください。あの方は貴族や位などからはもはや切り離された存在。その勇者さまに仕える私たちにも正確に言えば何の位もないのです」
「それはおかしいだろ。神の子のパーティメンバーなんだからいうなれば神の臣下ということじゃないか」
「ダスターどの、そのようなこと、大きな声では口にしてはなりませんぞ。神のしもべの騎士と言えば神殿騎士と定まっているのですから」
「神殿騎士は大聖堂のお抱えの騎士だろ、神が雇っている訳じゃない」
「もうそれ以上は……」
「この際だから言っておくけどな。お前たち勇者パーティは人の希望の存在なんだぞ。それがたかだか人間の作った組織の駒と自分を比べて卑下するようなのはおかしいだろう。もっと自分の今に自信を持てよ。俺は剣の才能は全く無いと言われたが、師匠からたった一つだけ技を伝授してもらって、冒険者として今まで生き延びて来たことに誇りを持っている。それしかないとしても自分が選んで来た道だろう。もっと堂々としてろ」

 剣聖は一瞬よろめいたように感じたが、実際はいつものようにびしっと背筋を伸ばして馬上に在った。

「そう、ですね。さすがは勇者のお師匠さま。私の愚かさをお叱りくださる」
「誤解するな。俺は他人を叱ったりしねえよ。ただ、言葉を交わすことで何かを感じるんなら、それはもともとあんたのなかにくすぶっていた熾火のようなもんなんだよ。俺が火を点けるんじゃねえんだ。あんたがその熱に気づいて息を吹き込む決心をするかどうかだ。俺の言葉なんてほんのきっかけにすぎないんだ。その燃えさしが気になるなら火にくべてしまえばいいじゃないか。まぁ俺は乱暴な冒険者だからな、そう思っちまうんだよ」
「ふふ、燃えさしですか。そうですね。私の騎士への未練は煙だけを上げる燃えさしのようなもの。今のこの立場は誰もが羨むものでしょうに、どこかにきっと騎士への未練が断ち切れないでいるのです」
「いいじゃないか未練も。熱くなれるんならそれはそれで大事なもんだ。人は熱を失ったときに死ぬ。他人から見たら愚かに見えようとその未練をきっちり育てるのもまた道さ。未練のままで燻らせているのはまぁ他人ごとでも煙たいけどな」
「ははは、煙たかったですか。なるほど。では、今後は無駄な煙を上げないようにいたしましょう」
「まぁ俺から見ればあんたは立派な騎士さ、クルス。俺なんかも不本意な他人からつけられた異名とか背負わされているんだ。あんただって他人の評価をたまには素直に受け入れるべきだぜ。そうだな、聖騎士ってのはどうだ。あんたにぴったりじゃないか」

 剣聖は、今度こそ息を飲んでぴたりと馬の足を止めた。
 周囲の神殿騎士たちは俺たちの会話を聞いていなかったので、なぜ剣聖が突然足を止めたのかわからず、いぶかしげに俺たちを見る。
 実を言うと俺たちの周りに風の結界を作ってもらって、一方的に俺たちの話し声を周囲に流さないようにしていたのだ。
 もちろんメルリルの力で。
 こういうときメルリルの力は本当に便利だ。
 周囲の騎士たちは美人の森人の娘が何かきれいな声で歌っているとは思っても、まさか術を使っているとは思わないだろうからな。

「いいんじゃないか、聖騎士。他でもない俺が認めてやるぞ」

 結局会話を聞いていたらしい勇者がそう言った。

「い、いえ、でも、私は魔力がなくて」
「魔力がある騎士連中にお前は負けるのか?」
「いいえ」

 勇者の問いに剣聖は力強く答えた。
 すげえ自信だな。ああはっきりと言いきれるぐらいこの男は自分を鍛えたのだ。

「なら何の問題があるんだ? いいから今後お前聖騎士を名乗れ。文句を言う奴は俺が黙らせる。叙勲は落ち着いてからになるが、名乗りは先でも構わないだろ。俺の命だし。そうだ、どうせ大聖堂に行くんだ。盟約の場で身内だけで叙勲式をやってしまおう」
「は、はっ、ありがたく。もったいないお言葉で……」

 兜があるのでその表情は窺い知れないが、なんとなく、他人に今の顔を見られたくないだろうなと思う。
 剣聖は、いや、聖騎士は、再び背をぴんと伸ばすと、ゆっくりと歩みを進めた。
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