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エピソード4 【古の詩】

その六

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「はぁ、話には聞いていたけど、女の子でこれとは、竜人とは凄まじいものなんだな」

 エイジ先輩が呆れたようにそう言った。
 粉々になった岩塩は、土埃とはまた違うのか、すぐに地面に落ちて、通路には瓦礫を残して静寂が戻っている。
 ディアナは少し先行して様子を窺ってみた後に戻って来ると、しばらく先まで怪しい場所がないことを伝えた。

「竜人はそう多くはないから実際に目にする機会は少ないが、私は以前オープンデュエルの中継で竜人の試合を見たことがある。すさまじい力でほとんど相手に何もさせずに終わったぞ。格が違いすぎて、むしろ面白くない戦いになっていた」
「オープンデュエルかぁ、しかしデュエルマスターズには竜人は出ないよなぁ」
「基本竜人のデュエリストってお抱えが多いからね」

 配信映像の番組で観たのだろうマサ先輩の話に、エイジ先輩と部長がそれぞれの意見を言う。
 やっぱり種族全体が少ない竜人は珍しい上に、強いという話だけが先行しているので、みんな興味津々だったのだろう。
 でも、先輩達、実はディアナは竜人の集落の族長なんですよ。集落で一番強いっぽいです。と、僕は言葉にはせずに考える。
 ディアナは女の子なので、強さ自慢など望んでいないだろうから何も言わないけど。

「部長、この通路って城からの脱出路ってことじゃありませんでしたか? どうしてこんな仕掛けがあるんでしょう?」

 その代わり、僕は気になっていたことを口にした。
 脱出路ということは危険な状態になったときに安全に大切な人達を逃がすための通路のはずだ。
 その脱出路が危険ではおかしな話になる。

「僕が思うに、これは侵入者対策だな」
「ああ、脱出した先に敵が待ち構えているという状況にしないためってことですか」
「そうだ。だから入り口には人を寄せ付けない仕掛けをして、無理に入り込んだ相手に対しては致死性の高い攻撃をする。理屈に合っている」
「なるほど。ということは、もうこういう仕掛けはないと考えていいんでしょうか?」
「いや、ん、ああ、こういう攻撃的な仕掛けはないかもしれないが、もっとやっかいなものがあるかもしれないぞ」
「もっとやっかいなもの?」

 部長の懸念はしばらく進んだところで現実のものとなった。
 それは壁である。
 継ぎ目も、仕掛けも何もない壁が目前にあった。

「壊れない」

 ディアナが試しに爪で削ってみたが、まったく傷がつかない。
 ハーフオーガのカイが殴っても同じである。

「これは状態固定されているということですよね」
「そうだな」
「でも脱出ロなんでしょう? 状態固定なんかしたら出られないんじゃ?」

 僕の問いに部長が答え、美空さんが困惑したように疑問を呈した。

「脱出路というものは一回使えばそれまでだ。敵にバレてしまえば意味がなくなる。おそらくこの壁は脱出の際に向こう側からのみなんらかの手段で壊せるようになっているのだろう」
「えっ? それじゃあ無駄足だったってことか?」

 部長の見解にエイジ先輩が腹を立てたように壁を蹴った。
 壁ほど頑丈じゃないエイジ先輩の足にとってはかなりの衝撃だったらしく、エイジ先輩は蹴った足をさすっている。
 いつもそうなんだけど、エイジ先輩はものを考えてから行動したほうがいいと思う。

「普通こういった場所は最後の切り札であり、種族存続の最後の頼みの綱でもある。長年整備もせずに放置していると思うか?」

 部長がその場でぐるぐる回りながら誰にともなく呟く。
 部長はものを考えるときに口に出すクセがあるのだ。

「なるほど、メンテナンス用の通路が別にあると?」
「そうだ。探してみよう。ディアナ嬢、魔力の流れのチェックをお願いできるかな? 他のみんなは壁を叩いてみて、他と違う場所を探してみてくれ。飛べるものは上を頼む」
「りょーかい」
「あ、はい」
「おうっしゃ! みてろよ!」

 元気が良かったり、緊張気味だったり、無言だったりしたけど、それぞれ部長の指示通りに動く。
 僕は少し考えてみた。
 メンテナンスならこの脱出口の壁よりも仕掛けのチェックが大切なはずだ。
 そして、最初の洞窟の奥の落とし穴にはわかっていれば落ちない足場があった。

「そうか!」

 僕は来た道を引き返す。
 とは言え、通路はとても歩きにくかった。
 罠があった通路の両方の壁はあちこち大きな凹みが出来ていて、まるで何かの前衛芸術のようになっているだけなのだけど、地面には大きな瓦礫が転がっているのだ。
 そこを注意して乗り越えようとしたところに、背中からディアナが抱きついた。

「おお?」
「飛んだほうが早いから」

 抱えられながら下からディアナの顔を見上げると、心なしか赤い。

「ええっと、さっきの階段のところ?」

 明らかに照れながらも、ディアナは僕をしっかりと抱えて通路を飛びながらそう尋ねる。

「いや、おそらく上だ。あの洞窟の突き当り。調べている途中であの穴が見つかったから調べきってないし」

 僕たちはそのまま階段の上の穴へ向かおうとしたけど、その穴はすでに塞がっていた。
 まさか閉じ込められた? と一瞬パニックになりかけたけど、よく考えたら階段の上の床は動くんだから、部長的な考え方からすれば破壊可能だ。
 いざとなったらディアナが破壊すれば脱出は可能なはずだった。
 まぁいきなり破壊はしないけどね。
 ここが脱出のための通路なら内部から開けられるはず。
 僕はいったんディアナに地面におろしてもらうと、階段の周囲を探した。
 木の枝のような階段には木の葉のような装飾があり、それを押すことで天井に穴が開くことがわかった。
 そこから無事に洞窟に戻り、床の穴を開ける仕掛け以外の場所を探す。

「魔力の動きがおかしいのはあそこだけだね」

 ということは、メンテナンス用の出入り口は魔力を使ってないってことか。
 僕とディアナは洞窟の壁や床、天井を地道に叩いてみた。
 洞窟もディアナが叩いても壊れないので、状態固定されているようだ。

「あ」

 ディアナの声と共に土がパラパラと落ちる。

「そこか!」

 入り口と奥の中間ぐらいの場所に、破壊可能な壁があった。
 とは言えいきなり破壊する訳にもいかないので、ライトで照らしながらよく観察してみる。
 すると、壁の自然なひび割れのような場所が見つかった。
 ひびをたどると、そのひびのある地面の端っこに黒い石が転がっている。

「これかな?」

 触ってみると地面に埋まっている石にしか見えない。
 押すと少しだけ沈み込む感じはしたのだけど、うまく押し込めなかった。

「あ、そうか」

 僕は立って、足でその石を踏む。
 すると、ズズッという音がして壁の一部が少しだけ開いた。
 一般的な種族の大人が腰をかがめて通れるぐらいのサイズだ。

「部長たちを呼んでこよう」
「うん」

 みんなのところに戻って僕たちの発見した入り口を報告すると、壁の周辺を探し回っていたみんなは大きくため息を吐いた。

「なんかこう、ゴール目前で振り出しに戻るって出たボードゲームのようだ」
「あはは」

 エイジ先輩はぼやきはしたけど、壁を叩き疲れたのか、もう一度壁を蹴ったりはしなかった。

「二人とも、お手柄だったね」
「私は何も、イツキが凄いだけ」
「凄くはないだろ、ディアナは持ち上げすぎだよ」
「仲がよくていいわね」

 どうせ誰かが気づいたはずのことを少し早く気づいただけの話なのだから、褒められるようなことじゃないんだけど、ディアナは僕に対して点が甘いのでときどきこんな風に過剰に褒めることがある。
 あんまり僕に甘くしてばかりいて、駄目男になってもしらないからな。
 そして美空先輩、ニヤニヤしないように。

 メンテナンス用とみられる通路は、下の脱出路よりかなり狭く、一人ずつ通るのがやっとだった。
 しかもずっと階段が続いて、なかなか神経がすり減る道のりだったけど、危険な仕掛けとかはなくて、最終的に小さな部屋に到着した。
 そこは人が住んでいる小屋というよりも、何かの作業部屋といった感じの場所で、ランタンや工具類などが棚に並べられている。
 いくつか何に使うのかわからないような薄い金属の円盤がしまい込まれていた。

「さて、予想通りなら、ここから図書館に入れるはずだ」

 僕たちの出て来た場所は、作業部屋の床にある穴で、床板の一部を取り外して入るようになっている。
 小部屋本来の入り口には木製の扉があり、ドアノブに連動したかんぬき式の鍵が掛かっていた。
 角の形をしたドアノブを倒すと、かんぬきが外れてドアが開く。

「これはドアが閉まるとロックされてしまう仕組みだな。鍵がないと帰れなくなるぞ」
「ここに掛かっているのが鍵じゃない?」

 美空先輩が鍵を発見して、一人が外に出て開けてみる。
 ガチャリと無事扉が開くことを確認して、鍵を部長が持って先へ進んだ。

 外は狭い廊下が続いていた。
 周囲は板壁になっていて、あの白壁の図書館の内部とはとても思えない。

「この造りは、以前探検した旧鉱山の坑道に似ているな」

 マサ先輩が呟く。
 どこか声が暗いのは、狭い場所が嫌いだからだ。

「予想だが、岩塩で城の壁を作って、その後通路を掘ったんじゃないかな。固定してしまう前に」
「だから坑道みたいな造りなのか」

 部長とマサ先輩がそんな会話を交わす。
 いっこうに次の部屋も出口も現れない狭い廊下は閉塞感があって翼人ではない僕でも辛い。
 やがて前方が足を止めた。
 ガチャッという金属をぶつけたような音がして、空気が動く。
 出口があったのかな?

「ほう」
「うぉっ!」

 前のほうで先輩達の声が聞こえる。
 僕たちの順番になって、ようやく状況がわかった。
 そこでは通路が二股に分かれているのだけど、突き当りにあたる部分が扉になっていて、そこから出られるようだ。
 先輩たちがそこから出て、「狭いから気をつけろ」と、誘導していた。
 扉を押し開ける。思ったよりかなり重い。
 出口の先も真っ暗で、先輩たちのヘッドライトが点在して見える。
 出た先の周囲は石かレンガ造りのようだ。
 ざらりとした手触りと、冷たい感触でそれを理解する。

「あっ!」

 狭い出口から抜けて広々とした場所に出た。
 振り向いてみると、僕たちが出て来た通路は、実は作り付けの暖炉だった。

「暖炉が出入り口か」

 現在の寒い時期の暖房は空調で行っているので、今は暖炉は単なる歴史的遺産であり、オブジェと化している。
 そのため灰は溜まってないので服が汚れることもなかった。
 見回してみると、ここは閲覧室の下のホールの奥にあたる飲食可能な一画だ。
 元は火の気があったであろうこの周辺に書架はなく、ここの壁だけがレンガで作られていた。

 改めて周囲を見回す。
 シンとした真っ暗な図書館。
 いかにも不気味な雰囲気だ。

「ん?」

 上のホールへと上がる階段のところに何かぼんやりと緑色の光が見える。

「キュ! キュキュッ?」

 急にバックパックからハルが飛び出すと、その光に向かって行った。
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