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婚約解消した!

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 私はメイミー、下級騎士家の末っ子である。
 下級騎士家というのは、一応貴族ではあるけれど、暮らしぶりは庶民と同じという程度の家柄だ。
 現在十五歳の私には、実は婚約者がいる。
 いや、生まれたときからいた・・

 生まれたばかりの赤ん坊の頃に恋愛感情などあるはずもないので、もちろん親が勝手に決めた婚約者だ。
 まぁ貴族では普通なんだけどね。
 貴族と言っても庶民とあんまり変わらない騎士家では珍しいかな?
 ただ、ちょっと釣り合い的には普通ではない。

 相手は同じ騎士家とは言え、代々優秀な名のある騎士を排出している家柄で、その近親にはれっきとした貴族である男爵家が含まれていたりするので、かなり特殊な騎士家と言えるだろう。
 我が家のような騎士家は、貴族のなかでも下位で、上位貴族からは貴族とは認めてもらえてないぐらいの家柄なのだけれど、婚約者殿のお家は、上位の貴族に片足突っ込んでる状態なのだ。
 まぁ平民的にはどっちも同じように見えるらしいけど、具体的に言うと、相手の家柄から見れば、私など、庭で飼っているペットにも劣る存在なのである。

「父様、なんであんなのと婚約させたのよ」
「あんなのとはなんだ! ロイド様は立派な方ではないか。その御方の妻になれるのだぞ? これほど名誉なことはない」
「いや、釣り合わない結婚ほど不幸なことはないからね? むしろ平民の家に嫁いだほうがお姫様扱いされて大事にされるから幸せ、まであるわ」
「なんてこと言うんだ! そもそもお前のようなお転婆をもらってくれる平民の男などおらんわ!」
「いや、そのお転婆を上司の息子に押し付ける父様はなんなのよ!」

 そうなのだ。
 家格が上というだけで問題あるのに、なんと、相手の父親は我が父の上司! 分隊司令官というお偉いさんなのである。
 有り得ないご縁だ。

 普通は上司の子どもと部下の子どもの婚約となると、問題のある子どもを上司が部下に押し付けるというのが通例らしいのだけど、生まれたときの婚約なのでそういう話ですらない。
 なんでも、うちの父と上司殿が、戦場で意気投合した結果、お互いに歳の近い男女が生まれたら結婚させようという話になったらしいのだ。
 馬鹿なんじゃない?

「上の兄弟が男だったのも悪かったんだろうなぁ」

 私の苛立ちも知らぬ気に、そんなことを言ってため息を吐く父。
 どうやら本気で私のことをお転婆でどこに出しても恥ずかしい娘と認識しているようだ。
 そんなのを上司の息子に押し付けるな、失礼だよね!

 いや、私自身も自覚があるけど、言葉遣いも、一つ一つの所作も、私って男っぽいんだよね。
 上二人が男兄弟で、一緒になって棒っきれ振り回して育ったもんで、すっかりがさつに育ってしまった。
 さすがに自分でもヤバイとは思っている。
 ただ、今更行儀作法とか言われても、無理だから。

「聞いたんだけど、その婚約者のロイド様、今度近衛騎士に抜擢されたみたいじゃない」
「うむ。素晴らしいだろう! 名高いヒューリー家でも、この栄達の早さは歴代最高とまで言われているのだぞ? 未来の妻としては鼻が高いであろう?」
「いや、ますますマズいって。上司さんだって今頃後悔してるに違いないよ。ロイド様モテるじゃない?」
「うむ。上司殿の奥方がそれは麗しい御方でな。その奥方に似たようだ。常にノロケと自慢を聞かされておる」
「……父様も、意外と苦労してるのね」
「いや、俺も母さんと息子達の自慢をしているので、お互い様だ」
「あ、そ」

 私の自慢はしないんだ、などとごねたりはしない。
 一応自覚があるからね、自慢出来るような娘ではない、ってこと。

「父様、私、考えたんだけど、この婚約解消しよう? 無理だよ」
「何を言うんだ。神聖な戦の神に誓った絆なのだぞ!」
「なんで娘の婚約を戦の神に誓うのよ! 普通は愛と豊穣の神様でしょ!」

 ということで、父とは話が通じないため、私は直接交渉することにした。
 幸いにも、と言うか、当然ながら、と言うか、うちと婚約者殿の家とは付き合いが深く、よく行き来している。
 割と気軽に家に訪ねて行くことが出来るのだ。

「うん。いつ見てもうちとは全然違う」

 我が屋は家庭持ちの下級騎士用の借家住まい。
 婚約者殿の家は、古い立派なお屋敷である。
 もう、家を見ただけで、格の違いがわかってしまう。
 子ども心にも不思議だったのだ。

「こんにちは」
「いらっしゃい。メイミーお嬢さま」

 住み込みの召使いがいるんだよなぁ。
 もう、貴族だよね、これ。
 うちみたいなエセ貴族じゃなくってさ。

「ロイドいる?」
「ロイド坊ちゃまなら、裏の訓練所で汗を流しておられますよ」
「ありがとう!」

 居場所を聞いて、そのまま家の裏手に回る。

「ハッ! ヤッ! フッ!」

 息の吐き方を意識しながらの訓練だ。
 剣というのは、ただ振ればいいというものではない。
 息の吸い方、吐き方、それに合わせた体の動かし方があり、それを実戦で使いこなさなければならないのだ。
 小さい頃はよく二人で実戦形式で剣を合わせたものだった。
 懐かしいな。
 最近は、女が剣を振るものではないとか言う、うちの馬鹿父の方針でご無沙汰になっていた。
 ロイドのお父さんは、「今どきそんな古臭いことを言うのはお前ぐらいだ」と言ってくれていたんだけどね。
 まぁそれはいいや。

 私は足元に落ちていた小石を拾い、ロイドの呼吸を確認して、そのふいをついて投げつける。
 カン! と、軽い音がして小石が弾かれた。
 ご丁寧にも私の脇すれすれを、弾かれた小石が通過する。
 本当は当てられたんだぞ? という意思表示だ。
 ロイドはそういうところ陰湿なんだよね。

「久々だな。一戦やっていくか?」

 きっと私が訓練所に来たときにもう気づいていたんだろうな。
 しばらく見ないうちに、また体つきもたくましくなっているようだ。

「やる。父様には黙っててくれる?」
「わざわざ告げ口する必要があるか?」

 言い方がいちいちカチンと来るんだよね。
 まぁいいや、慣れてるし。

 私は、木剣立てから適当に一本を選ぶと、少し素振りしてバランスを馴染ませる。
 そしてそのまま急にスピードを上げて駆け出すと、スッと沈み込ませるように体勢を低くして一刀目を打ち込んだ。

 カン! と、堅い音が響きお互いの立ち位置がくるりと入れ替わる。

「なるほど。訓練をさぼっていた訳じゃなかったんだ」
「父様の目を盗んで、毎日特訓欠かさなかったよ」

 ロイドの口元に笑みが浮かぶ。
 こいつ、顔は貴公子然としているけど、頭は脳筋だからね。
 戦いでしか他人を評価出来ないのだ。
 かわいそうな男である。

 数合打ち合う、が、やがて決定的な差が見えて来た。
 ロイドの筋力と持久力が私とは段違いだ。
 むちゃくちゃ悔しい。
 それでも、負けたくない。
 なんとしても勝ちたい。

 スッとロイドの左足がわずかに下がる。
 決め技が来る!
 ならば!

「っ!」

 カカンッ! という木剣の音が響き、わずかに手にしびれが残る。
 くっそ、やっぱり力で押し負けたか。

「……今のは、トリッキーだったな……」

 ロイドが片眉を上げながら、そう言った。
 悔しい。
 
「邪道だって言いたい?」
「まさか。おかげで僕も自分の問題点が見えた。感謝する」

 ロイドが決めの一撃を放つ寸前、私は木剣を右手から左手に切り替えたのだ。
 そして下から掬い上げるようにロイドの剣を打ち上げた。
 だが、利き手ではなかったせいか、握力不足だったようで、激しいぶつかりに剣を手放してしまったのだ。
 二本の剣は絡み合いながら二人から少し離れた場所に飛んで行った。

「お二人共、お茶が入っていますよ?」

 丁度いいタイミングと見たようで、屋敷のメイドさんが声を掛けてくれる。
 私達は、無言で庭に設置されたテーブルセットに腰掛けた。
 お茶を一杯いただき、気持ちが落ち着くと、私は今回の訪問の目的を切り出すことにする。

「ロイド、話があるんだけど」
「どうぞ」
「私達の婚約、解消しない?」

 私がそう言うと、なぜか近くに立っていたメイドさんがガチャン! と、ワゴンの上の茶器をぶつけて音を立てた。
 普段はそんなそそうをするような人ではないので、ちょっと気になる。

「……君の好きにするといい」
「そう、わかった。好きにする」

 ロイドはあっさりと了承した。
 理由も尋ねられない。
 やっぱり私達の間柄ってその程度のものだったのだ。
 親が決めた婚約者、さぞやうんざりしていたことだろう。
 ロイドはモテる。
 実際に、何度も可愛らしいドレス姿の貴族のお嬢様といい雰囲気で話しているところを目撃しているのだ。

 でも、でも、なんだか胸がモヤモヤする。
 これって、あれだよね、負けっぱなしで、結局勝てなかった悔しさだ。
 私、……強くなりたいよ。

 その夜、自分のベッドで枕を涙で濡らしながら私は決意した。
 強くなることを。

「父様、私、騎士になる」

 ナイフで髪をばっさりと切り落とした私を見て、父が泡を吹いて倒れてしまったおかげで、ちょっとした騒ぎになったが、私の決意は揺るがないんだから!

 ――◇◇◇――

(あとがき)
本当は読み切りにするつもりだったのですが、途中で気力が尽きたため、ここで切りました。
がんばって続きを書いて、きっといつか後編をアップします。
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みんなの感想(1件)

ミドリ
2022.07.12 ミドリ

主人公の女の子の性格がサバサバしていて、好きです。
これからどうなるか楽しみです。
お時間あるときに更新して頂けると嬉しいです。
待ってます。
楽しい話をありがとうございます。

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