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魔王継承
4 砦での日常
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ジークとクイネは二人だけの秘密の出入り口からこっそりと砦に戻り、厨房へ顔を出した。
「ママさん、今日の獲物!」
クイネが差し出すとがっちりと筋肉質ながら少し太り気味の手がそれを受け取る。
「姫様いつもありがとうね。でも、危ないことをしちゃだめだよ」
「大丈夫、ジークも一緒だし」
これは既に慣習化したいつものやり取りだ。
最初にジークとクイネが砦の外に狩りに行くようになったのはジークが九歳、クイネが八歳のときである。
そのときはさすがに本気で心配されて、怒られもしたのだが、全く懲りる様子もなく狩りを続ける様子に大人たちは根負けした。
なによりも二人がどこから砦を出て行っているのか誰にもわからなかったのである。
これでは止めようもない。
「けっ、鈍亀ジークが何の役に立つよ」
「そう言ってやるなよ、亀のように固まって、お嬢の逃げる時間ぐらい稼いでくれるさ」
「違いねえ!」
ガハハと男たちが笑う。
この男たちは非番の兵士で、休みだからと食堂でタダ酒をかっくらっているのである。
食堂の主であるママさんは常々「ああいう大人になっちゃ駄目よ」と二人に言っていた。
そんな駄目兵士たちは砦の主の一人娘であるクイネにつきまとうジークを心良く思っておらず、ことあるごとにジークをバカにした。
ジークとしてはそういう風に揶揄されるのには慣れっこなので、今更何も感じないという風だったが、クイネは違う。
「ジークはあんたたちよりすごいんだから!」
「お嬢はジーク贔屓だからなぁ」
「そりゃあずっと一緒に育ったんだから兄妹みたいなもんだもんな」
「ジーク、だからと言って勘違いしちゃいけねえぜ。身分ってもんがあるんだからな」
クイネの反論に全く感じ入った風もなく、非番の兵士たちは二人をからかった。
いや、からかいの色はあったものの、彼らの言葉は真実ではある。
ジークとクイネは子どもの頃まではお互いが兄であり妹であると信じていたのだ。
だからそうではないと知ったときの衝撃は大きかった。
全てはクイネの父であり、砦の主であり領主であるフォックスが悪いのだ。
フォックスの妻でありクイネの母であるサフィアはクイネを産んだときに体調を崩し、そのまま衰弱して亡くなってしまった。
妻を深く愛していたフォックスは、クイネの顔をほとんど見ることもなく乳母に預けっぱなしにして育てたのである。
そして滅んだ村から拾って来たジークも同じように乳母に預けた。
二人の乳母となった女性はサフィアとは逆で、赤ん坊が生まれて数日で儚くなってしまい、絶望の渕に沈んでいたところにクイネとジークの世話を任されて、二人を本当の子どものようにかわいがって育てることとなる。
そのため、二人が自分たちの立場を知ったのは、クイネの十歳のお披露目のときが初めてという馬鹿げたことになってしまった。
父であるフォックスは避けて来た娘が妻と自分によく似ていることに気づいて、急に親らしく振る舞おうとしたのだが、当然ながらうまくいくはずもない。
このため英雄としても知られている砦の主フォックスにとって、娘は扱いに困る存在となってしまった。
まぁ自業自得ではある。
フォックスについて弁護するなら、クイネが小さい頃は魔族との戦いが激化した時期であり、娘との交流どころか砦に戻ることも滅多にないという状況だったという事情もあった。
クイネに言わせれば言い訳にもならない事情ではあるが。
「クイネ、酔っぱらいを相手にしても意味がありません。鍛錬の時間が減りますよ」
「うー、わかったわ、ジーク」
クイネは近接格闘と弓が得意で、ジークは盾を使っての攻防を得意としていた。
しかし何もそれだけしか使えない訳ではない。
このデザイア砦は英傑が集う場所として知られていたし、対魔族用にそういう場所として作られてもいた。
そのため、二人共先生に不自由することはなかったのである。
「あ、かあさま!」
「フェリシスさん」
訓練場では二人の育ての母である乳母のフェリシスが待っていた。
フェリシスは別に乳母だけが仕事ではない。
彼女自身が強力な魔法の使い手であり、教師でもあった。
「二人共遅かったですね。心配しましたよ」
「ごめんなさい」
「すみません」
フェリシスはジークの他人行儀な態度に少し悲しそうな顔をしたものの、すぐに表情を切り替える。
そしてふと、ジークの顔をしげしげと見た。
「ジーク、何かありましたか?」
「あ、え?」
「雰囲気がいつもと違っています。それに……魔力が乱れているような……」
さすがに母であった人は鋭い。
ジークがどう答えようかと戸惑っていると、クイネがはきはきとフェリシスに告げた。
「かあさま、森に魔族がいて」
「なんですって!」
驚いたフェリシスはクイネとジークの頭のてっぺんから爪先までをじっと確認する。
「ケガは? 毒や呪いは受けてない?」
「大丈夫よ。逆にこっちが毒をくらわしてやったわ!」
クイネの言葉にフェリシスはほーっと息を吐く。
そしてそっとクイネとジークを抱き寄せた。
「あなたたちが砦のみんなのために役立ちたいと思って行動しているのはわかるけれど。あまり心配をかけないでちょうだい」
「ごめんなさい」
「ごめんなさい」
二人にとって、唯一頭が上がらないのがこのフェリシスだ。
実の子どもではないのに実の子ども以上にかわいがって育ててもらったのである。
どうしても逆らうことが出来ない。
その上、フェリシスは極力二人のやりたいようにさせてくれていて、その束縛をしない愛情が何よりも貴重であることを二人はよくわかっていたのだ。
(とても魔王化のことは言えない)
ジークは母と慕う相手に隠し事があることにモヤモヤする気持ちを抱いたのだった。
「ママさん、今日の獲物!」
クイネが差し出すとがっちりと筋肉質ながら少し太り気味の手がそれを受け取る。
「姫様いつもありがとうね。でも、危ないことをしちゃだめだよ」
「大丈夫、ジークも一緒だし」
これは既に慣習化したいつものやり取りだ。
最初にジークとクイネが砦の外に狩りに行くようになったのはジークが九歳、クイネが八歳のときである。
そのときはさすがに本気で心配されて、怒られもしたのだが、全く懲りる様子もなく狩りを続ける様子に大人たちは根負けした。
なによりも二人がどこから砦を出て行っているのか誰にもわからなかったのである。
これでは止めようもない。
「けっ、鈍亀ジークが何の役に立つよ」
「そう言ってやるなよ、亀のように固まって、お嬢の逃げる時間ぐらい稼いでくれるさ」
「違いねえ!」
ガハハと男たちが笑う。
この男たちは非番の兵士で、休みだからと食堂でタダ酒をかっくらっているのである。
食堂の主であるママさんは常々「ああいう大人になっちゃ駄目よ」と二人に言っていた。
そんな駄目兵士たちは砦の主の一人娘であるクイネにつきまとうジークを心良く思っておらず、ことあるごとにジークをバカにした。
ジークとしてはそういう風に揶揄されるのには慣れっこなので、今更何も感じないという風だったが、クイネは違う。
「ジークはあんたたちよりすごいんだから!」
「お嬢はジーク贔屓だからなぁ」
「そりゃあずっと一緒に育ったんだから兄妹みたいなもんだもんな」
「ジーク、だからと言って勘違いしちゃいけねえぜ。身分ってもんがあるんだからな」
クイネの反論に全く感じ入った風もなく、非番の兵士たちは二人をからかった。
いや、からかいの色はあったものの、彼らの言葉は真実ではある。
ジークとクイネは子どもの頃まではお互いが兄であり妹であると信じていたのだ。
だからそうではないと知ったときの衝撃は大きかった。
全てはクイネの父であり、砦の主であり領主であるフォックスが悪いのだ。
フォックスの妻でありクイネの母であるサフィアはクイネを産んだときに体調を崩し、そのまま衰弱して亡くなってしまった。
妻を深く愛していたフォックスは、クイネの顔をほとんど見ることもなく乳母に預けっぱなしにして育てたのである。
そして滅んだ村から拾って来たジークも同じように乳母に預けた。
二人の乳母となった女性はサフィアとは逆で、赤ん坊が生まれて数日で儚くなってしまい、絶望の渕に沈んでいたところにクイネとジークの世話を任されて、二人を本当の子どものようにかわいがって育てることとなる。
そのため、二人が自分たちの立場を知ったのは、クイネの十歳のお披露目のときが初めてという馬鹿げたことになってしまった。
父であるフォックスは避けて来た娘が妻と自分によく似ていることに気づいて、急に親らしく振る舞おうとしたのだが、当然ながらうまくいくはずもない。
このため英雄としても知られている砦の主フォックスにとって、娘は扱いに困る存在となってしまった。
まぁ自業自得ではある。
フォックスについて弁護するなら、クイネが小さい頃は魔族との戦いが激化した時期であり、娘との交流どころか砦に戻ることも滅多にないという状況だったという事情もあった。
クイネに言わせれば言い訳にもならない事情ではあるが。
「クイネ、酔っぱらいを相手にしても意味がありません。鍛錬の時間が減りますよ」
「うー、わかったわ、ジーク」
クイネは近接格闘と弓が得意で、ジークは盾を使っての攻防を得意としていた。
しかし何もそれだけしか使えない訳ではない。
このデザイア砦は英傑が集う場所として知られていたし、対魔族用にそういう場所として作られてもいた。
そのため、二人共先生に不自由することはなかったのである。
「あ、かあさま!」
「フェリシスさん」
訓練場では二人の育ての母である乳母のフェリシスが待っていた。
フェリシスは別に乳母だけが仕事ではない。
彼女自身が強力な魔法の使い手であり、教師でもあった。
「二人共遅かったですね。心配しましたよ」
「ごめんなさい」
「すみません」
フェリシスはジークの他人行儀な態度に少し悲しそうな顔をしたものの、すぐに表情を切り替える。
そしてふと、ジークの顔をしげしげと見た。
「ジーク、何かありましたか?」
「あ、え?」
「雰囲気がいつもと違っています。それに……魔力が乱れているような……」
さすがに母であった人は鋭い。
ジークがどう答えようかと戸惑っていると、クイネがはきはきとフェリシスに告げた。
「かあさま、森に魔族がいて」
「なんですって!」
驚いたフェリシスはクイネとジークの頭のてっぺんから爪先までをじっと確認する。
「ケガは? 毒や呪いは受けてない?」
「大丈夫よ。逆にこっちが毒をくらわしてやったわ!」
クイネの言葉にフェリシスはほーっと息を吐く。
そしてそっとクイネとジークを抱き寄せた。
「あなたたちが砦のみんなのために役立ちたいと思って行動しているのはわかるけれど。あまり心配をかけないでちょうだい」
「ごめんなさい」
「ごめんなさい」
二人にとって、唯一頭が上がらないのがこのフェリシスだ。
実の子どもではないのに実の子ども以上にかわいがって育ててもらったのである。
どうしても逆らうことが出来ない。
その上、フェリシスは極力二人のやりたいようにさせてくれていて、その束縛をしない愛情が何よりも貴重であることを二人はよくわかっていたのだ。
(とても魔王化のことは言えない)
ジークは母と慕う相手に隠し事があることにモヤモヤする気持ちを抱いたのだった。
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