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第七章
兄 ⑤
しおりを挟む肩で息をする兄ちゃん。
保健室の時計を見る。
…もう昼休みの時間なんだ。
3年生の模擬テストは無事に終わったんだろうか?
「兄ちゃん、あの…」
「大丈夫か?ボールがぶつかったって聞いて。痛くないか?」
相変わらず、優しい兄ちゃんだ。
慌てる兄ちゃんに思わず笑みが溢れる。
「大丈夫だよ、鼻血だけ。」
兄ちゃんがホッとしたように微笑んでくれる。
「お兄さん、どうも。」
蓮見くんが兄ちゃんに声をかけた。
「…ああ、またか。蓮見くんだっけ?今日はどうしてここに?」
一瞬の沈黙のあと、兄ちゃんが私から離れ、にこやかに返す。
「あ、さっき体育館で話してたところにボールが飛んできてぶつかっちゃったから、保健室まで付き添ってくれたの。」
私の言葉にニコッと頷き、兄ちゃんが蓮見くんに向き直る。
「それはそれは。どうもありがとう。」
「いえ。あ、大丈夫ですよ。周りに誤解を与えるようなことは、もうしてません。お兄さん、怒ると怖いから。」
蓮見くんが微笑む。
「なんのことかな?」
兄ちゃんも笑った。
この2人、私の知らないところで繋がりがあったのだろうか?
2人とも普通に話しているだけなのに、なんだか怖い。
エアコンの送風音だけが室内に響き渡る。
「じゃあ、俺もう行きますね。…そう言えば、かなめ、近くで見ないとわかんないけど、お前、目頭の辺りにまつ毛ついてる。」
「え?本当?」
ジャージの袖で拭う。とれたかな?
私がまつ毛と格闘している間に、蓮見くんは保健室から出ていってしまった。
今回もなんだかんだ助けてもらったし、話も聴いてもらったのに、お礼も言えず、からかわれたとはいえ、鳥肌まで立ててしまった。
申し訳なかったなーと思いながら、私はもう誰もいない扉の方をじっと見つめた。
「…かなめ、まつ毛って?」
呼ばれて兄ちゃんの方を振り返る。
「近くで見ないとわかんないのに、なんで蓮見がわかるの?」
兄ちゃんの顔に笑顔が貼りついたままで、初めてその笑みを怖く感じる。
「いや、あの、その…ははは。」
「なんで?」
「はは…は…。」
「………。」
無言の圧をかけられ、私は答えざるを得なかった。
蓮見くんに押し倒されたこと、でもそれは私のためで、男の人を知らな過ぎるから、そうされたらどんな気持ちになるか実験みたいなものだったことを話す。
前半は事実だが、実のところ後半部分に関しては、ちゃんと理解できていないため、弱気な言い方になってしまう。
兄ちゃん、話してる途中からどんどん笑顔が怖くなってきているし…。
「ううう…、ごめんなさい。」
耐えられず、謝る。
「何を謝っているの?警戒もせずにまんまと押し倒されたこと?流されやすいこと?…それともかなめがアホなこと?」
「アホって、ひどい!」
兄ちゃんがため息をつく。
「本当、嫉妬でどうにかなりそう…。」
前髪をかき上げて、私を一瞥する。
「卒業するまで、押して押して押しまくろうと思ってたけど、もうやめた。」
兄ちゃんが私の頬を両手で挟む。
「…かなめ、もっとしっかり俺を見てよ。俺は俺で、男としてかなめに好きになってもらえるようにがんばるから。」
兄ちゃん…。
「流されてとか、いつの間にかとかじゃなく、ちゃんとかなめに選んでほしい。」
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