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第六章
兄 ②
しおりを挟む1つ、息を小さく吐いて、ドアをノックする。
「はい。」
兄ちゃんの優しい声が室内から聴こえた。
ドアを開けて中を覗く。
兄ちゃんは音楽をかけながら机に向かって勉強をしていた。私からは今、兄ちゃんの背中しか見えない…。
「…思い出したって?」
兄ちゃんがペンを走らせながら言った。
「…うん。」
「何もしないから、入れよ。」
手を止めて振り向いてくれた兄ちゃんを見て、驚く。
「兄ちゃん、どうしたの?そのケガ。」
兄ちゃんは、頬に痣を作っていた。
「父さんに殴られた。」
兄ちゃんは座っている椅子を揺らして笑った。
「俺、父さんに言ったんだ。事故の前、かなめに告白したこと。」
『告白』という言葉にドキッとする。
「あのときは混乱していたかなめを動揺させるようなことを言って、悪かった。事故も防げなくて…かなめに何かあったらどうしようって、すげー狼狽した。」
兄ちゃんが自嘲気味に微笑む。
「でも、俺は本気だよ。かなめにとって俺は『兄ちゃん』でしかなかったのかもしれないけど、俺の告白だって、かなめにとっては逃げ出したいくらい…忘れたいくらいの出来事だったのかもしれないけど…、かなめのことは、1人の女の子として俺が大事にしたいと思ってる。」
兄ちゃんが真剣な眼差しで私を見上げる。
そんなことを言われても、どうしたらいいのかわからない。だけどもう、兄ちゃんの思いから逃げていてはいけない気がした。
「……。」
「高校卒業して大学に入ったら、籍を抜いてほしいって頼んだんだ。」
「え?」
「…で、これ。」
兄ちゃんが痛々しい痣の残る頬を指差す。
「俺のもとの両親は俺が5歳の時に離婚して。俺の母さん…、産みの母親は夏子さんって言うんだけど、子どもの頃から定期的に会ってたんだ。それでずっと一緒に暮らせないかって言われててさ。」
知らなかった。
兄ちゃんにそんな人がいたなんて。
「大学の学費は父さんたちに借りることになってしまうから、せめて国立とは考えてるんだけど。」
兄ちゃんが溜息をついて、机の上のノートを一瞥した。
「…俺は、もうすぐ『三津谷』じゃなくなる。」
私の手を取り、兄ちゃんが立ち上がる。
兄ちゃんを見上げる。
兄ちゃんが、本当に兄ちゃんじゃなくなってしまう。
「これってどういう意味かわかる?かなめ。」
兄ちゃんがそっと私を抱き寄せて、そう耳元で囁いた。
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