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第六章
兄 ①
しおりを挟む家を飛び出したあと、公園で呆然とベンチに座っていた私を見て、声をかけてくれたのが優馬だった。
でも、何も耳に入らなくて、苦しくて、どうしたらいいかわからなかった。
『かなめ…!』
兄ちゃんの声だけが、心まで響いた。
見上げると兄ちゃんが公園の入り口に立っていた。
私が困ったとき、いつも助けに来てくれるのは兄ちゃんだった。
兄ちゃんの胸に飛び込みたい、しがみつきたい衝動を必死に堪えた。
だって、兄ちゃんは兄ちゃんじゃないから。
私の泣き出しそうな顔を見て、兄ちゃんも悲しそうな顔をしていた。
優馬に別れを告げ、兄ちゃんと並んで歩いた。兄ちゃんは私の自転車を押してくれた。
自転車の車輪の音だけが響いた。
しばらく無言で歩いていたけれど、
『かなめ…、かなめはなんでそんなに悲しいの?』
私はその言葉に足を止めた。
なんでって、なんでって、本当の兄妹じゃなかったんだよ?兄ちゃんの妹じゃなかったんだよ?もう、前みたいには兄ちゃんに甘えられないよ…。
私は、さらに苦しくなった。
『…兄ちゃんが、兄ちゃんじゃないのは嫌だ。』
搾り出した私の声に、兄ちゃんがつらそうな表情を見せて…。
そして、手を掴まれた。
『俺は…!俺は、初めて会ったときからずっと…、かなめが好きだった。昔も今も、かなめは俺にとって一番大事な子だよ!』
真剣な眼差しを向けられ、動転した。
普段の穏やかな兄ちゃんからは想像もできない熱を帯びた目だった。
『何言ってんの、兄ちゃ…』
『兄ちゃんじゃない!!…俺は兄ちゃんじゃないよ、かなめ。…好きなんだ。』
兄ちゃんの手が震えていた。
『かなめが好きなんだよ…。』
私はもう、どうしたらいいかわからなくて、兄ちゃんの手をはね除けて、自転車に乗った。
勢いのままに自転車を漕ぎ出す。
その瞬間だ。
ペダルを踏み外してバランスを崩し、坂の下まで転落してしまったのは。
「………。」
『ガチャッ』
ドアが開く音がして、振り向くとお父さんと、お母さんが立っていた。
お母さんが電気をつけてくれて、部屋全体が明るくなる。
「全部…思い出したよ。」
「…かなめ!」
私は心配そうなお母さんに微笑みかける。
「そうか…。」
お父さんが目を細めた。
「これからどうしたいか、かなめ、自分で考えてほしい。俺たちはそれを尊重するし、それができる年齢になったと思ったから、打ち明けたんだ。」
「つらい思いを…させてごめんね、かなめ。思い出してくれて、受け止めてくれて、…ありがとう。」
お母さんも、目に涙を浮かべながら笑っていた。
「どんなことが起きても、俺たちは家族だよ。」
私はポロポロと涙を零した。
そして、まるで幼い子どものように2人に抱きついた。
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