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第1話 初恋のアイツの事を忘れた日なんて、無い

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「仁君は好きな人がいるかな」

 幼稚園の先生に聞かれたのを今でも覚えている。多分お母さんとか、お父さんって答えればよかっただけなんだけど、その時から俺はずっと憧れを抱いていた。

「ヒーローみたいな人が好き」

 戦隊もののレッドがとてもかっこよかった。

「せんせい、いちばん強いのがレッドなんだよ」

 ボロボロになっても最後は敵を倒す強さを持っている。

「仁君がどんな人と結婚するか楽しみだね」

 先生がとても楽しそうに笑っていたのを覚えている。

 そんな俺の初恋相手はヒーローみたいな人だった。

 足が一番早いとか、授業の成績が一番いいからとかそういった特徴は無かった。

 見た目はどこにでもいるような容姿で、特別目立った成績を残すタイプの人じゃない。小学校の頃から野球を一緒にやっていた間柄でクラスは同じにはならなかった。

 ずっと一緒に居るわけじゃなかったけど、君が曲がったことが大嫌いな性格だと知った。同じチームで時間を共にしている時に、学校ですれ違った時に、誰かが困っていると直ぐに駆けつけて、解決策を一緒に考えてくれる、優しい奴。

「おれが優しい?仁の方が優しいよ」

 好きと言えない代わりに伝えた言葉に、ふわっと微笑んだ笑顔。

 気が付けば、君に恋をしていた。小学生5年生の頃には既に君に対する恋心を自覚。甲子園を目指していたから、高校までは同じで、大学の進路で離れ離れになった。

 ヒーローみたあいつの事を忘れようと思って数人とお付き合いをしてみた。

 告白をされることもあったし、いい雰囲気だなと感じたら自分から交際を申し込むこともあった。

 別れの言葉は大抵相手からで、「本当に俺の事を好きで付き合っているの」と問いかけられて、即答で好きだから付き合っていると言えなかった。

 そして今、三十四にもなって、人々が行きかう夜の飲み屋街で交際相手に泣きながら今後の関係の事を迫られる現場を作っている。

「相川さん、どうして黙っているんですか?」

「落ち着いて、ちゃんと話しよう」

「落ち着いていられると思いますか」

 一つ前の彼にも案の定、いつものように本当に自分の事が好きか伝わらないと言われ、バーで知り合った彼は俺より五歳年下で、可愛い弟みたいな感じだった。

 一人で飲んでいた時に年下君から声をかけてきた。俺も一人で飲んでいるのが寂しく感じていたから、飲み始めてみた。

 探るような瞳に気が合ってそれから何回か飲むうちに酔ったままホテルに連れ込まれて押し倒された。特別付き合っている人が居なかった俺は、成り行きで付き合う流れに。何人かと付き合って行って、忘れられないのが、俺の心が弱いからだと自覚した。

 誰かと深い関係になるのを避け始めたのは、恋愛感情を持てないで居て、相手に過度な期待をさせるのが悪いと思っていたから。二か月も逃げていては相手に不信がられてしまうのも無理なくて。

 久々に飲みに誘われて、花の金曜日。明日土曜日で仕事が無いからと言われ、どうしても泊っていきたいと言う話の流れを俺は断った。

 中途半端な関係に区切りをつけるべきだと悩んでいたところだった。年下相手に、自分が本気じゃないなら期待をさせるべきではないし本気になれないなら、区切りを付けないと相手に失礼だ。

「ぼくの事、遊びだったんじゃないですか」

 涙目の彼。それほど経験が豊富ではないと言っていた。視線が俺の記憶に残っているアイツに似ていたから、振れてみたかったのかもしれない。

「ごめん、ちゃんと話そうって思ってたんだ」

 初めから好きじゃないのに手を出している時点で悲しませるのは分かり切っていたことなのに、いざその時になると、足がすくむ。

 学生時代に野球をやっていて、マウンドに何度も立っていたのに、緊張感が違う。俺が打たれたら終わりの試合あの時の方が、ミットめがけてボールを投げる相手がいた。信頼していたアイツがいたから俺は逃げ出さずにマウンドに立てていた。

「初めて以降、誘っても逃げていたのは自覚あったんですね」

 涙目で訴えてくる。身長が俺よりも高く、一見女の子にモテそうな見た目をしている。男が集まるバーに居た時は驚いたのを覚えている。

「変に期待させるようなことして悪かった。詳しい話はここじゃなくて、場所を変えよう」

 会社には俺が男が好きだと言うことを隠している。仕事に支障をきたしたくないし、どうしてもオープンになれない自分がいる。

 好きな気持ちを堂々と伝えて、一緒にお出かけをしたいと考えるけど、俺にはその一歩が踏み出せないでいた。踏み出せていれば小学生からの片思いをこんな形でこじらせていないと思うから。

「そう言ってまた逃げる気でしょう」

 彼が俺の腕を掴む。金曜日の夜は街には人があふれていた。遠目から俺達のやり取りを眺めていた人たちは、段々と後期の目で俺たちの事を見ている。

 会社から離れた場所だとしても、見られたくない。

「離してくれ、逃げないから」

「絶対に逃げるつもりです、だって何も教えてくれていないじゃないですか」

 付き合いだしても連絡先もアプリの情報だけしか教えていない。

 何度か飲んでいるけど、俺はお酒が強い方だから酔いつぶれることが滅多にない。何かあってからじゃ遅いと思って、家の場所を教えていないでいた。

「離してくれ、逃げないから」

 もう一度同じ言葉を投げても、泣き顔の彼は、俺の声が聞こえていないのか、必死に俺の腕を掴んでいた。

「嫌がっているじゃないですか」
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