上 下
290 / 351
[25]澱み

-281-:さすが綺麗な女の子は良い香りをさせているね

しおりを挟む
  冷たい雨が降りしきる中…。

 雨に濡れる御陵・御伽みささぎ・おとぎに、姉のしるべがそっと傘を差し出した。

「傘を差さぬと風邪をひいてしまうぞ」
 告げるも、オトギは手にする傘を差そうとはしなかった。

 美しい髪も濡れたまま、オトギは顔に貼り付く髪すら払おうとはしない。

 ただ、出てきたばかりの葬儀場を振り返るだけ。


 ▼  ▼  ▼  ▼


 買い物帰りにタツローと出会い、その後別れてからしばらく経っての事だった。


 オトギのスマホに、姉のシルベから一本の電話が入った。


 御陵家の現当主にして、財閥の総帥を務めるオトギの祖父が、飛行機事故に巻き込まれたとの報せが入った。

 国際テロ組織による爆破テロで、乗客、乗務員の生存は絶望的と知らされた。

 テロ組織による犯行声明が出されたものの、実際は依頼を受けたクレイモアによって成された犯行である事を、後から連絡をしてきたライク・スティール・ドラコーンによって聞かされた。

 敵である黒側が、惑わせる目的で揺さぶりをかけてきたものと最初は取り合わなかったが、クレイモアが現在はただの暗殺やテロ行為の請負組織だと聞かされると、信じざるを得なかった。

 現在クレイモアは、ココミの姉、ラーナ・ファント・ドラコットと繋がっている。それに彼女が率いるアルマンダルの天使たちとも。

 財界のトップを担う者は、常に命の危険と隣り合わせにある。それはオトギの祖父も承知していた。だから、常にボディーガードに身辺を警護させていた。

 なのに。

 まさか、大勢の乗客までも巻き込んで、大規模なテロで暗殺するなんて。

 許さない…。

 オトギは唇を噛んだ。

 叶うなら、この手で復讐を果たしたい。

 自身でも極論に達しているのは重々理解している。

 だけど、敬愛する祖父を、努力を認めてくれた祖父を殺めた者たちを生かしておけない気持ちが抑えられない。

 遺体すら帰ってこない祖父が、あまりにも不憫でならない。

 絶対に許さない…。

 その時、オトギの脳裏にミュッセとの共闘アンデスィデの話がよぎった。

 確か、アルマンダルの天使を倒すため3対1の共闘を組むとの事。

 願ってもない、この手でクレイモアの手の者に正義の鉄槌を下せるチャンスだ。

 だけど。

 彼らはテロを行った張本人ではない。

 オトギは高鳴る想いが、まるで浜辺に打ち寄せる波のように引いてゆく感覚を覚えた。

 これではただの八つ当たりだわ…。


 家に戻ると、オトギは喪服姿のまま一人外に出た。

 雨はもう、シトシトと小降りなので傘を差す必要は無い。

 だけど、濡れた体のまま出てきてしまったので、髪も濡れたままだった。


 近くの公園へとやって来た。

 地面のあちこちに水溜りが出来ている。

 その中を歩けば足元が泥だらけになるのは分かり切っている。だけど、オトギは公園へと足を踏み入れた。

 ぼんやりと、ただぼんやりと。

 まるで、ぽっかりと胸に穴が空いたような気分だ。

「どうしたの?オトギ」
 女の子の声がした。

 声が聞こえたのは、滑り台の上から。

 オトギは滑り台へと向き直った。

 滑り台の上に、道化師のような衣裳をまとった少女が座っていた。

 この雨で濡れた滑り台を滑ろうというのだろうか?

「泣いているの?オトギ」
 少女が訊ねた。だけど、オトギにとって、彼女は初めて見る存在。

「貴女は誰?」
 身構えるなり訊ねた。

「ジョーカーだよ」「ジョーカー?」
 顔全体で笑って見せるジョーカーに、オトギは彼女が人間では無く魔者だと察した。

 咄嗟にスマホを取り出し、グラムを召喚!

「ダメだよぅ、オトギ。ボクは君に危害を加えるつもりなんて、ゼンゼン無いヨ」
 隣に立っていると思えば、すでにスマホを取り上げられてしまっている。

 さらに、彼女の足元を見ても、泥をはねた形跡は見られない。

 ジョーカーがオトギに顔を寄せて、何やら匂いを嗅ぐ仕種を見せている。

「ん~、良い香りがする。さすが綺麗な女の子は良い香りをさせているね」
 反射的にオトギはジョーカーから飛び退いて距離を離す。

 ピチャンッ!靴が泥水で汚れてしまった。

「何が目的?危害を加えないと言うのなら、何が目的で私に近づいたの?教えて!」
 魔者の身体的能力には人間では敵わない。それにスマホは現在、彼女の手の中にある。

 抗うどころか、身を守る術すら持ち合わせていない。

 不敵に笑いながら、ジョーカーが歩み寄ってくる。

「オトギ。お爺様の仇を討ちたいんだろう?だったら、妲己の申し出を受けるべきだよ」
 どうしてそれを!?オトギは驚きを隠せないでいた。

「貴女!ライクの手下ね!?茶番だわ!遠回しに私を引き入れるつもりなのね?」
 危害を加えるつもりは無いと言っていても、返答次第で何をされるか、分かったものではない。

 オトギは警戒を解くことなく、後ろへと下がる。

「ボクは、今回の魔導書グリモワールの戦いとは一切無関係の者さ。ただね、折角のチャンスを棒に振る事も無いと思ってね。キミに声を掛けたのさ」

「チャンス?」

「そう。大好きなお爺様を殺した連中を嬲り殺しにできるチャンス。それとね」
 ジョーカーは立てた人差し指をオトギに向けた。

「キミが男たちのオモチャにされた事実を知る、ただ一人の女の子を始末できる絶好のチャンスじゃないか」
 一体、彼女は何の事を言っているのか?
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

俺の相棒は元ワニ、今ドラゴン!?元飼育員の異世界スローライフ

ライカタイガ
ファンタジー
ワニ飼育員として働いていた俺は、ある日突然、異世界に転生することに。驚いたのはそれだけじゃない。俺の相棒である大好きなワニも一緒に転生していた!しかもそのワニ、異世界ではなんと、最強クラスのドラゴンになっていたのだ! 新たな世界でのんびりスローライフを楽しみたい俺と、圧倒的な力を誇るドラゴンに生まれ変わった相棒。しかし、異世界は一筋縄ではいかない。俺たちのスローライフには次々と騒動が巻き起こる…!? 異世界転生×ドラゴンのファンタジー!元飼育員と元ワニ(現ドラゴン)の絆を描く、まったり異世界ライフをお楽しみください!

転生ギフトでドラゴンを貰いました。

銀狐
ファンタジー
絵を描くのが好きな大学2年生の新崎亮。 バイトへ向かうときに交通事故に合い、死んでしまった。 気づいたら目の前に神様。 そこで転生ギフトがあると言われ、ドラゴンを選びました。 ※『カクヨム』『小説家になろう』で同時掲載をしております。

世界にダンジョンが発生した・死にたがりの男は・奪われたものを取り返すため深淵世界と対決する!

蒼衣翼
ファンタジー
正木光夜は探索者達の間で、死にたがりとして有名だった。 光夜は、十年前のダンジョン発生の際に、ダンジョンに呑み込まれつつも生還したが、それは見知らぬ小さな子どもを下敷きにしてのことだったのだ。 それ以来、死者の呼び声に惹かれるように、迷宮と呼ばれる最難関ダンジョンに潜り続けていた。 「まだ救われない奴がいるなら、俺が救う」それが光夜に出来るただ一つの償いなのだ。 ※小説家になろうさま・カクヨムさまでも連載しています。

『突撃!東大阪産業大学ヒーロー部!』

M‐赤井翼
ライト文芸
今回の新作は「ヒーローもの」! いつもの「赤井作品」なので、「非科学的」な「超能力」や「武器」を持ったヒーローは出てきません。 先に謝っておきます。 「特撮ヒーローもの」や「アメリカンヒーロー」を求められていた皆さん! 「ごめんなさい」! 「霊能力「を持たない「除霊師」に続いて、「普通の大学生」が主人公です。 でも、「心」は「ヒーロー」そのものです。 「東大阪産業大学ヒーロー部」は門真のローカルヒーローとしてトップを走る2大グループ「ニコニコ商店街の門真の女神」、「やろうぜ会」の陰に隠れた「地味地元ヒーロー」でリーダーの「赤井比呂」は 「いつか大事件を解決して「地元一番のヒーロー」になりたいと夢を持っている。 「ミニスカートでのアクションで「招き猫のブルマ」丸見えでも気にしない「デカレッド」と「白鳥雛子」に憧れる主人公「赤井比呂」」を筆頭に、女兄妹唯一の男でいやいや「タキシード仮面役」に甘んじてきた「兜光司」好きで「メカマニア」の「青田一番」、元いじめられっ子の引きこもりで「東映版スパイダーマン」が好きな「情報系」技術者の「木居呂太」、「電人ザボーガー」と「大門豊」を理想とするバイクマニアの「緑崎大樹」、科学者の父を持ち、素材加工の匠でリアル「キューティーハニー」のも「桃池美津恵」、理想のヒーローは「セーラームーン」という青田一番の妹の「青田月子」の6人が9月の海合宿で音連れた「舞鶴」の「通称 ロシア病院」を舞台に「マフィア」相手に大暴れ! もちろん「通称 ロシア病院」舞台なんで「アレ」も登場しますよー! ミリオタの皆さんもお楽しみに! 心は「ヒーロー」! 身体は「常人」の6人組が頑張りますので、応援してやってくださーい! では、ゆるーく「ローカルヒーロー」の頑張りをお楽しみください! よーろーひーこー! (⋈◍>◡<◍)。✧♡

転生魔竜~異世界ライフを謳歌してたら世界最強最悪の覇者となってた?~

アズドラ
ファンタジー
主人公タカトはテンプレ通り事故で死亡、運よく異世界転生できることになり神様にドラゴンになりたいとお願いした。 夢にまで見た異世界生活をドラゴンパワーと現代地球の知識で全力満喫! 仲間を増やして夢を叶える王道、テンプレ、モリモリファンタジー。

W職業持ちの異世界スローライフ

Nowel
ファンタジー
仕事の帰り道、トラックに轢かれた鈴木健一。 目が覚めるとそこは魂の世界だった。 橋の神様に異世界に転生か転移することを選ばせてもらい、転移することに。 転移先は森の中、神様に貰った力を使いこの森の中でスローライフを目指す。

異世界召喚巻き込まれ追放テイマー~最弱職と言われたスキルで魔物軍団を作ったら世界最強の町ができました~

九龍クロン
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれた女の話。 最弱職として有名なモンスターテイマーだったので国外に追放されたが、隠されたユニークスキルが最強すぎてイージーモードな異世界物語。 ご都合主義多め。気負わず読める軽さでお届けしております。

転生者ジンの異世界冒険譚(旧作品名:七天冒険譚 異世界冒険者 ジン!)

夏夢唯
ファンタジー
 男の名前は沖田仁、彼が気がつくとそこは天界であった。 現れた神により自分の不手際で仁が次元の狭間に落ちてしまい元の世界に戻れなくなってしまった事を告げられるが、お詫びとして新たな体を手に入れ異世界に転生することになる。 冒険者達が剣や魔法で活躍するファンタジー冒険物語。 誤字脱字等は気づき次第修正していきますので宜しくお願いします。

処理中です...