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14.学生の街、野望を抱く女
しおりを挟む百万遍交差点。
正確には東大路今出川交差点は京都大学が近隣にあり、それに伴って外食産業はもちろんコインランドリーもアリと何かと充実しており、学生街として立派に形成されている。
京都だけにとどまらずに、正式な地名でもないのに呼称として根付いているケースは多々ある。
ここ“百万遍”もそのひとつである。
百万遍とは、この交差点の北東部に位置する『知恩院』の通称で、本来の『東大路通り今出川』が呼称するには長すぎるというのも理由のひとつ。
だけど、地元の人にはなじみ深いものの、観光客にとっては今一つ理解に苦しむ地名でもある(西大路丸太町=円町も同じく)。
田中・昌樹と那須・きなこの両名は、負傷者を出す事無く(あくまでも人間の)戦闘を終えて廃寮から出てきたところを大学から下校中の喫茶店『くりばやし』の看板ウエイトレス、“カチコ”こと緋野・可知子と偶然出食わし、共に百万遍より南へ一本目の信号『東山東一条』の交差点を西へと入ったところにある喫茶店へと向かったのであった。
カチコの夢は将来喫茶店を開くこと。
だけど彼女はいま、一番の近道としてアルバイト先である『くりばやし』の店長が老齢なのを良い事に、いずれは乗っ取ってやろうと野望を抱いている。現在カウンターに立っている孫の圭一郎はジャマな存在ではあるもののタイプの男性なので、修行の場として利用させてもらうに留めている。
彼女の修行とは?
京都は悠久の都と呼ばれる一方で全国でも屈指の喫茶店激戦地である。
大手チェーン店がこぞって参入を果たしているにも関わらず、未だ街中の小さな喫茶店が店を畳んだという話はあまり聞かない。
つまり常連さんが離れないからで、さらに今どきはSNSなどで客そのものが店の情報を発信してくれるおかげで、小さな店でも連日客足は絶えないという訳。
カチコは色んな店のコーヒーを研究しては、いずれ自分のオリジナルブレンドを開発したいと日々研究に勤しんでいるのだった。
「お前は蟻か!?」
カチコの声に、2本目のスティック砂糖を投入しようとしていた昌樹の手が思わず止まった。
「いや、だって一本じゃ苦いままだし…」
足りない事はあっても決して余る事の無い今日日のスティック砂糖。場合によっては2本でも足りない事もある。
「そこ!ホットコーヒーにアイスを入れない!」
キナコにも飛び火。
「だってさぁー、熱いじゃん」
「猫舌なら時間を置いてから飲みなさいよ。味が変わっちゃうでしょ」
口うるさいカチコは砂糖もミルクも投入せず。彼女はコーヒー本来の香りと味を楽しむ主義の人なのだ。
ちなみに何でも混ぜて食べる人は見下す傾向にある。
「じゃあ、聞かせてくれる?マサキさんはどうして彼女を連れている訳?」
制服女子高生を連れ立っていたら、誰の目にも“援助交際”の疑いを掛けられてしまう。この場合、カチコが一緒なのでワンクッション置けた訳だが。
まずいんだよなぁ…。コイツが一緒だとCの事も訊けないし…。
ほとほと困り果てた。
一方のキナコと来たら。
奢ってもらえるならばと喜んで付いて来てやがる。
現金なものだ。
コーヒーだけに飽き足らず、アイスは頼むわ、パスタは頼むわ(ランチタイムはすでに終了しています。なので、通常価格メニューとさせて頂きます)つまり割安のランチメニューは出してくれない。
しかもカチコが誘ってくれた店にも関わらずに料金は全額俺持ちかい!
まぁ良いわ…。別にお金に困っているワケじゃないし。
気分的には左団扇で顔を扇ぐ。
しかし、邪魔者のおかげで一向に本題に入れない。
「ところでキナコ。お前は痛むところとか無いのか?」
訊ねた。
「ん?」
ホットコーヒーに浮かべたアイスを口に入れて「熱い!」「冷たい!」ワケの分からないリアクションを取ってから昌樹の質問に答えた。
「アタシは平気。ツェーが負ったキズはアタシにまでは及んでいないみたい」
一心同体という訳でもなさそうだ。ひとまずは安心。
しかし、隣の席のカチコは“何かなー??”と独り首を傾げている。
「エイジ、一緒に来ても良かったんじゃない?」
今度はキナコが訊ねた。
「アイツはいつもお仕事を終えたら帰っちゃうの」
部外者がいる手前、『俺の身体の中へ戻って行った』とは言えない。
それでも。
「エイジ?マサキさん、アシスタントを雇ったんですか?」
初めて耳にする名前にカチコはやはり質問してきた。だけどこれは想定内。
「いつものアレだよ。カチコにヘルプを頼む時だってあるだろ?探偵稼業と言っても独りじゃ出来ない事が多すぎる。だから色んな人にヘルプに入ってもらっているんだよ」
ヘルプの相手は慎重に選んでいる。
守秘義務を念頭に入れなければならないために、ヘルプに入ってもらう人には依頼内容は絶対に伝えない事が必然となる。
「エイジくんかぁ…。どんな人なの?イケメン?」
カチコの問いに、キナコがすかさず「うん。イケメン」
案の定食い付いたカチカは「ねぇねぇマサキさん。そのエイジくんって男性、今度紹介してよ」身を乗り出して頼んできた。
「アイツ、オッサンだぞ?いいのか?」
「えぇ!?オッサンなの?」
「うん。たぶん俺と同い年」
昌樹は一切嘘を言っていない。人格は違えども、紛れも無くエイジはマサキと同い年。ふたりは同一の肉体を共有している関係にあるから。
「えぇー。じゃあ、いいや」
とても残念がっている。
「オヤジィ、会わせてやんなよ」
人様の事だと思って気楽に言ってくれる。
カチコは看板娘でありながら、彼女を目当てに『くりばやし』にやってくる男性は高齢者が多数を占める。
たまには潤いを欲する気持ちはよく分かる。しかしエイジだけは会わせる訳にはいかない。アイツがどんなボロを出すか、想像できない。
「アイツが何を考えているのか、俺にはよく分からん。さっきだって俺の命令を聞かなかったし、もう少し従順でいてくれるものとばかり思っていたのに」
正直、宿主である自分を護るためなら何をしでかすか予想がつかない。
「んな事、本人の好きにさせときゃ良いじゃない。ツェーもエイジみたいに人前に出せるならさ、私は好きにさせとくよ」
確かに…。あんな全身黄色一色のオッサンを連れ立って歩く訳には行かないよな…。昌樹は、そこは素直に同情した。
「ところでさ」
声を潜めてキナコに顔を近づけた。
「な、何よ?」
女子高生は反射的に身を退いた。
「さっき電話していたエグリゴリさんの事なんだけど―」
まずはキナコとエグリゴリ氏との関係を質さなくては。すると。
「さん?オヤジィ、何言ってんの?“エグリゴリ”ってスノーていうお兄さんの働いている会社の名前だよ」
「え?」思わぬ訂正が入った。
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