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CASE 5 心に染みる一杯

【オルカ・夏の体調不良】

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    1

 台所でリリーとムーンが並んで立っている。二人の前には鍋と花。花は真っ直ぐに伸びた茎に薄ピンクの五枚の花びらが集まり、花火のような艶やかさがある。全草ぜんそう――花から根まで綺麗に揃っている。リリーは適当な大きさに切り分ける。
「これを煮て掻き混ぜます」
 煮てから花を絞って取り出し、混ぜると白い泡が湯の表面に立ち始めた。
「これを洗濯に使ったり、髪や身体を洗うのに使うんです。ソープワート。名前の通り石鹸です。この時期に咲くので重宝してるんです。根を干して固形石鹸として保存もします」
「ふむ……」
 ムーンは余った花を一輪持ち、じっと眺めた。
「集めれば役に立つだろうか?」
「はい。これで暑い日に湖で水浴びすると気持ちがいいんですよ」
 そのときのことを思い出してか、泡を見つめてリリーの表情がうっとりとする。
 その反応を目にしたムーンは、「煮たり干したりするのは時間がかかるだろう。私が用意することにしよう」と金属の内側から響く声で淡白に言った。

    2

 その日の患者は村に住むオルカという若い女だった。薄茶色の髪を束ねて白いリネンを被っている。時折、コホッと小さな咳。
「数日前から喉が痛くて……。熱はないようなんですが、これからの季節忙しくなりますから、早めに治したいんです」
 リリーは長く明るい髪をリボンで高く結んだ姿でふんふんと頷く。オルカの口を覗くと喉の奥が少し赤い。一通り調べてみて結果を紙に書き出した。
「風邪の引き始めですね」
 オルカはほっとしたような複雑そうな顔をした。
「ですが、夏の風邪は拗らせると厄介です。暑さで体力が奪われてますから、なかなか治りません。早めに治してしまいましょう」
 リリーの人差し指がぴんと上向く。
エルダーフラワーという薬草を使います。発汗・利尿作用があります。どんどん毒素を出して元気になりましょう。しっかり水分を摂って下さいね」
 頼もしい笑顔にオルカの顔がほっと緩む。
「ありがとうございます。収穫期に寝込むわけにはいかないと思ってたんです」
「忙しいですもんね。充分間に合いますから大丈夫ですよ」
 リリーは席を立ち、薬草を用意する胸を伝えると、部屋の隅に立っている甲冑と話しながら奥へと向かった。
「そうですね。じゃあ、かまどをお願いします」
「ああ」
 オルカに聞こえたのは、そんな会話だった。

    3

 夕食を終えた後、リリーは壺から薄紅色の液体をコップに注ぎ、水差しから水を加えてスプーンで混ぜた。
「なんだそれは?」
 向かい側の席からムーンが問いを投げかける。
「コーディアルです。昼間の患者さんに出した薬草の飲み方の一つです。お砂糖とレモンを加えて煮込み、一晩寝かせるだけでできます。昨日仕込んでおいたのを水で割りました。とっても爽やかで美味しいんですよ。ハンス兄さんのところから材料を分けてもらったときに作るんです。お砂糖が勿体ないので夏に成る実も足してますけど。風邪の予防にもなって一石二鳥なんです。これを飲むと夏が来たなーって思います」
 リリーはコップを両手で包んで口をつける。甘い香りが鼻腔びくうくすぐる。
「確かに身体によさそうだ」
 ムーンの目には飲み物が入ったクラスや壺が透き通った力に覆われているのが見える。
「とても便利な薬草ですが、花は白くて小さくて可愛らしいんです。それが集まって……星くずみたいなんです」
 リリーは台所の窓に視線を移す。そこには墨で塗りたくったような闇しかない。
「そういえば、夏の夜空は星の川がよく見えるんですよね。夜更かしして父とおじいちゃん見たことがあります。綺麗だったなあ」
 その眼差しは懐古に満ちている。
 ムーンはそれを見て顎に手を当てた。
「見に行きたいか? 私の目は闇夜など関係ない」
 温度を感じさせない声にリリーの顔は嬉しさに輝いた。笑顔が溢れる。
「はい! 是非、今度連れていって下さいっ」



次回→CASE 6 山猫亭
※エルダーフラワー→ニワトコ
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