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【星ワタリ篇】~第1章~(題2部)

夢現八時

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人形の関節が擦れる、鏡に亀裂が入っていく、世界が壊れていくかのような音が聴こえる気がする……。

色の無い教会の中で、時が止まったかのような錯覚を感じた。

「ワタクシには、そんなことはどうでもよいこと……」

静寂を打ち破ったのはナイトの声。
未だ脚にすがり付いているミュウに告げた。

「貴女には、友達も恋人も、家族さえも必要ない……」

口を三日月形にして笑むと、ミュウの首元を掴み体を軽く持ち上げた。

「ミュウ様には、ワタクシだけが傍に居れば良いのデス」

黒く重い支配者の瞳で、ミュウを見下ろしていた。

「分かったら、そこで大人しくしていなさい」

冷たい視線のまま、前に向き直る。

首にかけられていた力が無くなると、ミュウの体は床に放り出された。

驚いて声が出せない……。
脚が竦んで体が動かない……。

ナイトの言っている言葉の意味が、解っているはずなのに、頭で考えられない。
心が真っ暗になる……。

――ナイトは王子様で、ミュウはお姫様。

この世界でふたりは永遠にずっといっしょ。
誰にも邪魔されたくない。誰にも邪魔させない。

その気持ちはふたりとも同じ。
だけれど……、

それが少し怖かった。
ナイトがどんなに自分のことを想ってくれているかは、痛いほど分かっていた。
でも、

何かが違う気がする。

……ミュウの心の中もイビツに歪んだ気がした。

……ナイトのミュウを思う気持ちは、いつもどこかエゴイズムに歪んでいた……。

「ローゼン・クロイツァ、我が声を聞け!」

ナイトは十字架に手をかざす。

「神の名の下に、邪悪なる者に裁きを与えよ!」

呼吸を整えて、言葉を放つ。

「ジーヴァス・エデン・レクイエム!」

――――。

シンと静寂の音が突き抜けた。

――光が出ない……!?

ナイトはもう一度呪文を叫ぶ。

「ジーヴァス・エデン・レクイエム!」

だが、また何も起こらなかった。

――何故だ?

ナイトはミュウのほうへ振り返る。

「ミュウさ……」

……ミュウは真っ暗になった瞳でナイトを見つめていた……。
それはナイトに対する不信感と拒絶心だった。

その時――。

「――うっ!?」

黒の世界にイビツな白い亀裂が入る。
割れて粉々に砕け散る音が響いた気がした。
――。

……アンジェラの腕が、ナイトの体を貫いていた……。

「コイツは人間じゃない! 血!人間の血を吸わせろッ!」

アンジェラはナイトの腹から腕を引き抜く。
それでもナイトの体から血は一滴も出ない。

十字架が元の杖へと姿を戻す。
体が力無く、ぐらりとミュウのほうへ倒れこむ。

「ナイ……ト……?」

それを見たことでミュウは我に返った。

「――いやああああああああああッッ!!」

ただ、腹部が砕けて、体にヒビが入っただけだった。

ナイトの体も、ただの玩具の人形と変わらない。
けれどまだ意識はあった。

「血を吸わせろ――ッ!!」

アンジェラが再び向かってくる。
ミュウは両腕を広げて叫んだ。

「ダメぇ!! ミュウの王子様を傷つけないでぇ!!」

怖くて目をギュッとつむった。
瞬間、辺りが静まり返った……。

――――。

「ミュウ……ちゃん……? ナイトくん……?」

――その声に驚いて目を開けた。

アンジェラさんの手が、頬に触れる寸前で動きが止まっていた。

「どうしたの……? ミュウちゃん、また泣いているの……?」

「ア……アンジェラさん……?」

いつものように優しく微笑むアンジェラさんが、ミュウの目の前に立っていた。
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