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軌跡~【メアリ・ロード】~黒兎
第七羽
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外はどっぷりと夜に更けこみ、俺たちはミュウの家へと帰って来ていた。
俺がリビングのソファーに座っていると、ナイトがスリッパを鳴らしながら歩いてきた。
ナイトに尋ねる。
「あの子は?」
「……よほど疲れたのでしょう、よく眠っています」
「そうか……よかった」
ため息をつきながら、何故だかホッとしている……そんな自分に疑問を抱いてしまう。
ナイトがキッチンで茶を淹れてから、リビングに入って来る。
やけに甘い香りが漂ってくる。
手にはティーカップを持っている。
「苺ミルクティー、あなたも飲みますか?」
「いや、遠慮しておく」
またあんな喉が燃えるような思いをするのは、ごめんだ。
「いらないのデスか? おいしいのに~」
眉を顰めて舌を見せるナイト。
俺の向かい側のソファーに腰を下ろし、紅茶にくちをつけると、
「ほう……」と一息だけついてカップをテーブルの上に置いた。
「ところで……いつまで長居をしているおつもりで?
そのような下郎な姿にも戻れたのデスから、とっとと魔界にお帰りになられては?」
ナイトが皮肉に笑い、口元を歪ませる。
「無茶言うな。
角も牙も爪も無いし、大体肝心な翼が生えていない。
これでは帰りたくても帰れない」
今の俺の姿はただの人間となんら変わらなかった。
呪いはまだ完全には解けていないのだ。
あれは夢だったのだろうか?
……あの時確かに、俺の背中には黒い翼が生えていた。
「……さようデスか」
チッと舌打ちするナイト。
「……」
しばしの沈黙が流れる。
ナイトの顔が浮かない。
「……気にしてるのか?
あの子をすぐに助けられなかったこと」
ナイトはうつむいて、
「……ワタクシとしたことが、愚かな醜態をさらしてしまいましたね」
少しだけ笑ってから、虚空を眺めた。
……窓から見える月までもが不気味に紅く輝いている……。
やはり此処は何かがおかしい……。
だがそれが何かが解らない。
考えようとすると意識が途絶えそうになる。
「……ナイト」
……今も、嫌な予感は止まらない……。
「お前は一体何者なんだ?」
少しだけピクリと反応し、
「……何度も言っているように、ワタクシはただの不思議なぬいぐるみですよ」
確かに天使でも悪魔でもない……それは解る。
だが、何なんだ? この嫌な感じは……。
「違う……お前はぬいぐるみなんかじゃない」
ナイトは笑んだまま俺を見据えている。
「お前は――」
白い髪の隙間から見える紅い瞳が、ギラリッと光った気がした。
「邪悪なる者だ!」
――……。
刹那、空気に緊張が張り詰めた。
俺は厳しい目線をナイトに向ける。
「ふふふ……」
ナイトは動揺した様子など微塵も見せず、
「ふ……悪魔にそんなこと言われたくありませんねぇ。
それは貴方のほうではないのデスか?」
気に入らないという感じで嘲笑し、
全てを見透かしているかのような冷酷な瞳をこちらに向ける。
「この下等生物が」
――――。
窓も開いていない部屋の中で、
ざわりっと一筋の風が……駆け抜けた気がした。
「よいですか?
今後一切ワタクシの正体を暴こうなどと考えないこと、
そうでなければもうこの家には居られないと思ってください」
ナイトが淡々と続ける。
意識が朦朧としだす。
――とてつもなく気分が悪い……。
「もしそれでもこの命令に背くというのであれば」
呼吸が荒くなる。
異様な恐ろしさを感じる。
ナイトが杖の切っ先を俺の喉元へ向ける。
「――貴方を殺してしまいますよ――」
――!!
瞬間、紅い瞳が異常なまでに輝きを増す。
吸い込まれそうなほど不気味に大きく見開く。
今までに感じたことの無い強烈な威圧感。
立っていられないほどの気分の悪さ。
……世界が酩酊する……。
俺は床に平伏してしまっていた。
……こう見えても俺は魔界では上流階級の悪魔だったのだ。
そのせいでやたらと長い名前だが、誰もが俺に忠誠し、ギャンブルも女もやりたい放題だった。
その俺が……初めて恐怖――。
恐ろしいという感情を抱いてしまった……。
「あれ……?
どうかしたのですか? メアリ」
全身から汗がほとばしる。
体が凍り付けにされたかのように動かない。
空気まで薄い気がする。
擦れそうな視界で懸命にナイトのほうを見る。
俺は顔を上げることすら出来なかった。
……だが、
……笑んでいる口元だけが微かに見えた……。
俺がリビングのソファーに座っていると、ナイトがスリッパを鳴らしながら歩いてきた。
ナイトに尋ねる。
「あの子は?」
「……よほど疲れたのでしょう、よく眠っています」
「そうか……よかった」
ため息をつきながら、何故だかホッとしている……そんな自分に疑問を抱いてしまう。
ナイトがキッチンで茶を淹れてから、リビングに入って来る。
やけに甘い香りが漂ってくる。
手にはティーカップを持っている。
「苺ミルクティー、あなたも飲みますか?」
「いや、遠慮しておく」
またあんな喉が燃えるような思いをするのは、ごめんだ。
「いらないのデスか? おいしいのに~」
眉を顰めて舌を見せるナイト。
俺の向かい側のソファーに腰を下ろし、紅茶にくちをつけると、
「ほう……」と一息だけついてカップをテーブルの上に置いた。
「ところで……いつまで長居をしているおつもりで?
そのような下郎な姿にも戻れたのデスから、とっとと魔界にお帰りになられては?」
ナイトが皮肉に笑い、口元を歪ませる。
「無茶言うな。
角も牙も爪も無いし、大体肝心な翼が生えていない。
これでは帰りたくても帰れない」
今の俺の姿はただの人間となんら変わらなかった。
呪いはまだ完全には解けていないのだ。
あれは夢だったのだろうか?
……あの時確かに、俺の背中には黒い翼が生えていた。
「……さようデスか」
チッと舌打ちするナイト。
「……」
しばしの沈黙が流れる。
ナイトの顔が浮かない。
「……気にしてるのか?
あの子をすぐに助けられなかったこと」
ナイトはうつむいて、
「……ワタクシとしたことが、愚かな醜態をさらしてしまいましたね」
少しだけ笑ってから、虚空を眺めた。
……窓から見える月までもが不気味に紅く輝いている……。
やはり此処は何かがおかしい……。
だがそれが何かが解らない。
考えようとすると意識が途絶えそうになる。
「……ナイト」
……今も、嫌な予感は止まらない……。
「お前は一体何者なんだ?」
少しだけピクリと反応し、
「……何度も言っているように、ワタクシはただの不思議なぬいぐるみですよ」
確かに天使でも悪魔でもない……それは解る。
だが、何なんだ? この嫌な感じは……。
「違う……お前はぬいぐるみなんかじゃない」
ナイトは笑んだまま俺を見据えている。
「お前は――」
白い髪の隙間から見える紅い瞳が、ギラリッと光った気がした。
「邪悪なる者だ!」
――……。
刹那、空気に緊張が張り詰めた。
俺は厳しい目線をナイトに向ける。
「ふふふ……」
ナイトは動揺した様子など微塵も見せず、
「ふ……悪魔にそんなこと言われたくありませんねぇ。
それは貴方のほうではないのデスか?」
気に入らないという感じで嘲笑し、
全てを見透かしているかのような冷酷な瞳をこちらに向ける。
「この下等生物が」
――――。
窓も開いていない部屋の中で、
ざわりっと一筋の風が……駆け抜けた気がした。
「よいですか?
今後一切ワタクシの正体を暴こうなどと考えないこと、
そうでなければもうこの家には居られないと思ってください」
ナイトが淡々と続ける。
意識が朦朧としだす。
――とてつもなく気分が悪い……。
「もしそれでもこの命令に背くというのであれば」
呼吸が荒くなる。
異様な恐ろしさを感じる。
ナイトが杖の切っ先を俺の喉元へ向ける。
「――貴方を殺してしまいますよ――」
――!!
瞬間、紅い瞳が異常なまでに輝きを増す。
吸い込まれそうなほど不気味に大きく見開く。
今までに感じたことの無い強烈な威圧感。
立っていられないほどの気分の悪さ。
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俺は床に平伏してしまっていた。
……こう見えても俺は魔界では上流階級の悪魔だったのだ。
そのせいでやたらと長い名前だが、誰もが俺に忠誠し、ギャンブルも女もやりたい放題だった。
その俺が……初めて恐怖――。
恐ろしいという感情を抱いてしまった……。
「あれ……?
どうかしたのですか? メアリ」
全身から汗がほとばしる。
体が凍り付けにされたかのように動かない。
空気まで薄い気がする。
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……笑んでいる口元だけが微かに見えた……。
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