上 下
8 / 48

子イルカ

しおりを挟む
 柔らかな波の音に包まれる中、流児は子供の頃の記憶を夢として見ていた。イルカの調査をする両親に、無理を言って連れて行ってもらった時の夢だ。

 ゆったりとした波に揺れるボートの上で、流児は母の膝の上に座り、海を泳ぐイルカを眺めていた。

『知ってるか流児。イルカは凄く賢いんだ』

 双眼鏡を覗く父が、隣で同じ様にし双眼鏡を覗く流児に語り始める。

『どれくらい?』
『んー、丁度流児くらいかな。その年の子供くらいの知能がある──要は賢いんだ』
『んー?』
『ははっ、まだ分かんないか』
『わかんない!』

 流児が問えば、父は何気無く頭を撫でながら答える。
 しかし、登場は五歳に成り立てだった流児には、父が何を言ってるのか全て理解することはできなかった。

『ま、要するにだな……海の中ではイルカにも気を付けろってことさ』

 そういうと、父と母は流児の頬をつつき始めた。

『こんな風にイタズラされちゃうぞ~ツンツン!』
『それパクパク~~』
『んあ~~っ!』

 やがてそれは、頬を食む様な動きに変わる。
 まるで餌を啄む小魚の様に。



「う~ん……何すんだよ……うわっ!?」

 目を覚まし身動ぎすると、小魚が散り、流児は四方から波をかけられた。
 それが丁度良い気付けになったのか、流児の眠気はどこかへ消えていった。

「まったく……あ、あ~……おはよう?」
「──おはようございます」

 ボヤけた目を擦って開く。すると、はぐれた筈のシエラの顔が眼前にあった。
 逆さまに見えるシエラに向かって流児が目覚めの挨拶をすると、シエラは微笑んで返してくれた。

「……!」
「ああ、お前もおはよう」

 流児の胸の上に乗っているガザミにも挨拶する。どうやらここまで付いてきたらしい。
 そんな一人と一匹の様子を見て、シエラは微笑んでいる。
 その微笑みに流児は見惚れて居ると、ようやく回り始めた頭が違和感に気付いた。

(……何でシエラの顔が逆さまに見えるんだ?  姿勢の感じで寝てるなら、顔がこんなに近くにあるのはおかしいし……まさかっ!?)

「うおお、ごめん!?」
「──対象が起床」
「……!?」

 飛び起き離れ、先程まで自身の頭があった場所を見る。するとそこには、白い花の咲く海底に座り微笑むシエラの姿があった。

(まさかっ、膝枕!?)

 ただでさえ出口への案内やらで迷惑をかけているのに、膝枕までしてもらったと気付く。 流児は感謝すべきか謝罪すべきかで混乱していると、立ち上がったシエラが何かを差し出してきた。

「あの、えっと……ありがとう。それと──それはッ……!」

 少女が差し出したそれは、マリンブルーのボディに、白い手帳タイプのカバーが付いた、流児の端末スマホだった。

「あ、ありがとう!  見付けてくれたんだね!」

 シエラから端末を受け取ろうと手を伸ばす──その時だった。

「──回避します」
「……!」
「うわッ何だッ!?」

 シエラと流児の間を、灰色の何かが素早く横切ったのだ。

「ピュイー!」
「……灰色のイルカ……バンドウイルカの──子供!?」
「ピュイッ!」

 花を散らしながら横切った灰色の正体は、バンドウイルカの子供だった。
 そんな子イルカは、流児を呼ぶ様に鳴いたり頭を振ったり、クリック音をぶつけて挑発している。

「遊んで欲しいのか?  待ってて、その前にスマホ……あれ、スマホは?」
「……!!」

 シエラを待たせているので、先にスマホを受け取ろうとする流児。しかし、その掌にはガザミが乗っており、振り落とされた怒りが収まらないのか、ハサミを広げて威嚇のポーズをとっている。

「ごめんガザミ……それで、スマホは?」
「……!?」
「──端末はあちらに」
「あっち?  あ、お前!」

 軽い謝罪にショックを受けるガザミを放置して、流児はシエラにスマホの有りかを聞く。するとシエラは、子イルカの居る方を指差した。
 シエラの指に従い視線をムケルト、子イルカが流児のスマホを咥えて弄んでいた。

「お前、返せッ!」
「ピュイー!」

 あわてて追いかける流児だが、子イルカは楽しげな声を上げて逃げ出す。

「──案内を一時中断します」
「……」

 シエラは追いかけっこする流児を微笑ましげに眺め、ガザミは呆れているかのようにハサミを下ろした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

高校生とUFO

廣瀬純一
SF
UFOと遭遇した高校生の男女の体が入れ替わる話

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

ワイルド・ソルジャー

アサシン工房
SF
時は199X年。世界各地で戦争が行われ、終戦を迎えようとしていた。 世界は荒廃し、辺りは無法者で溢れかえっていた。 主人公のマティアス・マッカーサーは、かつては裕福な家庭で育ったが、戦争に巻き込まれて両親と弟を失い、その後傭兵となって生きてきた。 旅の途中、人間離れした強さを持つ大柄な軍人ハンニバル・クルーガーにスカウトされ、マティアスは軍人として活動することになる。 ハンニバルと共に任務をこなしていくうちに、冷徹で利己主義だったマティアスは利害を超えた友情を覚えていく。 世紀末の荒廃したアメリカを舞台にしたバトルファンタジー。 他の小説サイトにも投稿しています。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

独裁者・武田信玄

いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます! 平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。 『事実は小説よりも奇なり』 この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに…… 歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。 過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。 【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い 【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形 【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人 【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある 【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。 (前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)

狭間の世界

aoo
SF
平凡な日々を送る主人公が「狭間の世界」の「鍵」を持つ救世主だと知る。 記憶をなくした主人公に迫り来る組織、、、 過去の彼を知る仲間たち、、、 そして謎の少女、、、 「狭間」を巡る戦いが始まる。

処理中です...