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隷属者の下剋上
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何時止むとも知れぬまぐわいの夜は、もう霞がかって上手く思い出せない。彼の夜、確かに此の手に抱いた筈の美澄の身体は、目覚めれば消えていた。
番とは一体なんなのだろう。
早々に美澄ならぬ泉が子を孕めば、自動的に発情期は止まり、畢竟他の男共を淫らに誘惑する必要も無くなる。その時が来たなら、此の馬鹿げた連環を断ち切り、僕の身体は元の様に僕自身の所有となるのだろうか。
今はもう居ないという美澄の意思など関係なく、あの身体は他の男共を受け入れ、貪られ、終いには使い捨ての玩具の様に打ち捨てられるのか。
何のために、僕が、番になってまで引き留めたと云うのか。
神の子とやらは番となったαを隷属化し、まるでΩの様に変えてしまうという。だから番となってしまった僕は、もう、美澄以外の人間と交わることが苦痛でしかなくなるらしい。そして、僕に美澄を番として拒否する権利すら、もう失なった。アレの中身が誰であれ、僕は今やあの子供の思うが儘に操られるマリオネットと化している。
甘い薫りに翻弄され、自分の意思とは無関係に操られ、弄ばれ、厭でも滾らされ、この身の渇望と引き換えに浅ましく肉欲を強請る。
完全に征服されてしまった。
あの時、美澄が今まさに密に喰われようとしていた時、こんな事態になると知っていたならば僕は、
果たして美澄を救おうと思っただろうか。
己の身可愛さに、妹を生け贄に差し出していたのではないか。美澄と自分自身を天秤にかけて救おうと思える程の確かな熱情など、僕は持ち合わせてはいなかった筈だ。
ただ、他人に自分の所有物を横取りされるのが面白くなかっただけなのか。其れがたとえ、その存在を長らく気にかけることもなく打ち捨てていた不出来な紛い物だとしても。他人に拾われるのは腹が立つということか。食べ残しでさえ施すのは業腹だという、傲慢と強欲に猜疑心と排他的な差別と選民思想が加わり、振り返って思わず自分を殴り倒したくなった。
己の言動に度を越した恥辱が加わると、人とは死にたくなるらしい。今まさに己の存在意義すら手放す羽目に陥っているのは、他ならぬ自分の所業の代償であるのが情けなくも口惜しい。だが蓮華の云う通り、覆水難収。時は戻らない。
隷属とは或る種、己からの解放である。他者に思考も選択も委ね、モノとして扱われる快感を齎す。自己の尊厳の喪失と引き換えに、自己の解放が与えられる。
他人に為されるが儘、甘美な支配に身を委ねて、αとしての矜持も責務も努力も要求されることなく才能すらも問われないとは。己が人としてより善く在る為に努力し続ける、というヒトとしての種の本能からも解放せられるとは。
まるで天国ではないか、と。
瞬間、頭の隅を過った思考を、悪魔は見逃さなかったということだろう。
怒濤のように甘い薫りが押し寄せる波となり、脳が侵食される。他者に満たされる快感を、脳が一度たりとも記憶してしまえば其れは、現実に効力を増す。
何者である必要もない、それはαという存在に対する全否定に他ならない。常に何者かに成ることを求められて生きているαという種からの離脱。
其れはこの僕にすら、思いの外、甘美な誘いとなった。
何時止むとも知れぬまぐわいの夜は、もう霞がかって上手く思い出せない。彼の夜、確かに此の手に抱いた筈の美澄の身体は、目覚めれば消えていた。
番とは一体なんなのだろう。
早々に美澄ならぬ泉が子を孕めば、自動的に発情期は止まり、畢竟他の男共を淫らに誘惑する必要も無くなる。その時が来たなら、此の馬鹿げた連環を断ち切り、僕の身体は元の様に僕自身の所有となるのだろうか。
今はもう居ないという美澄の意思など関係なく、あの身体は他の男共を受け入れ、貪られ、終いには使い捨ての玩具の様に打ち捨てられるのか。
何のために、僕が、番になってまで引き留めたと云うのか。
神の子とやらは番となったαを隷属化し、まるでΩの様に変えてしまうという。だから番となってしまった僕は、もう、美澄以外の人間と交わることが苦痛でしかなくなるらしい。そして、僕に美澄を番として拒否する権利すら、もう失なった。アレの中身が誰であれ、僕は今やあの子供の思うが儘に操られるマリオネットと化している。
甘い薫りに翻弄され、自分の意思とは無関係に操られ、弄ばれ、厭でも滾らされ、この身の渇望と引き換えに浅ましく肉欲を強請る。
完全に征服されてしまった。
あの時、美澄が今まさに密に喰われようとしていた時、こんな事態になると知っていたならば僕は、
果たして美澄を救おうと思っただろうか。
己の身可愛さに、妹を生け贄に差し出していたのではないか。美澄と自分自身を天秤にかけて救おうと思える程の確かな熱情など、僕は持ち合わせてはいなかった筈だ。
ただ、他人に自分の所有物を横取りされるのが面白くなかっただけなのか。其れがたとえ、その存在を長らく気にかけることもなく打ち捨てていた不出来な紛い物だとしても。他人に拾われるのは腹が立つということか。食べ残しでさえ施すのは業腹だという、傲慢と強欲に猜疑心と排他的な差別と選民思想が加わり、振り返って思わず自分を殴り倒したくなった。
己の言動に度を越した恥辱が加わると、人とは死にたくなるらしい。今まさに己の存在意義すら手放す羽目に陥っているのは、他ならぬ自分の所業の代償であるのが情けなくも口惜しい。だが蓮華の云う通り、覆水難収。時は戻らない。
隷属とは或る種、己からの解放である。他者に思考も選択も委ね、モノとして扱われる快感を齎す。自己の尊厳の喪失と引き換えに、自己の解放が与えられる。
他人に為されるが儘、甘美な支配に身を委ねて、αとしての矜持も責務も努力も要求されることなく才能すらも問われないとは。己が人としてより善く在る為に努力し続ける、というヒトとしての種の本能からも解放せられるとは。
まるで天国ではないか、と。
瞬間、頭の隅を過った思考を、悪魔は見逃さなかったということだろう。
怒濤のように甘い薫りが押し寄せる波となり、脳が侵食される。他者に満たされる快感を、脳が一度たりとも記憶してしまえば其れは、現実に効力を増す。
何者である必要もない、それはαという存在に対する全否定に他ならない。常に何者かに成ることを求められて生きているαという種からの離脱。
其れはこの僕にすら、思いの外、甘美な誘いとなった。
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