影牢 -かげろう-

帯刀通

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隷属者の下剋上

08

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「いいんだよ、僕のせいにして。この人に触れたいのも、僕を犯したいのも、密兄さまの意思なんかじゃないって。僕の変なチカラで惑わされたんだって。こんなの自分じゃないって、誰かのせいにしたいんでしょ?そう思いたいならそうしてあげる。大人って皆欲しいんでしょ?

ーーー逃げ道」

蔑むでもなく非難するでもなく、ただ本心から言っているのだと判る。泉は、人間の持つ醜悪な身勝手さや残酷さを否定しない。欲望に従うことを当然だと思っている。

自分を殺す、ということを何よりも厭う。だから、平気で。
俺の前で、愛と繋がろうとする。

俺の愛しさや淋しさは、この子にはきっと、届かない。

この指に触れてしまえばもう、戻れないことは判っている。男だとか血の繋がりだとか愛情だとかそんな偽善的な上っ面だけでは覆い隠せない。俺はいい大人のクセに、雄としての本能には抗えないだろう。ホント、笑えるよ。

甘い香りが視界を揺さぶる。もう行き着く先は分かっているのだと言わんばかりに泉は、優しく微笑んでいる。俺が理性をへし折って投げ捨てて、深みに堕ちていくのを面白そうに眺めているだけだ。

愛の骨ばった手で撫で回されているその背中に、噛みつきたい。
剥き出しの本能を叩きつけて屈服させたい。
啼き喚いて逃げ出す腰を押さえ付けて、揺さぶり倒したい。
感覚がなくなるまで繋がって擦り合って出し尽くしたい。
脳が沸騰して、神経が焼き切れるまで、
犯して犯して犯し尽くしたい。
どちらかではなく、

どちらも、だ。

戯れ合う二人のコントラストに自分の姿を重ね合わせる。俺ならもっとこうしてやるのに、ともどかしさが募る。ああ、喉が渇く。

ふと気がつけば足を一歩、踏み出していた。

なんだ、こんなに簡単なことじゃないか。拍子抜けするほど簡単に、俺は矜持を捨てた。しがらみを捨て、理性を捨て、己の存在すらを捨てた。

禁忌を破ることは、軽やかな快感をもたらした。罪悪感などは欠片も残らなかった。

目の前に在る果実をむさぼればいいだけ。滴る甘い蜜を吸い上げて、飲み込んで、溶け合って朽ち果てるそれ以上の何が今、ここに必要だというのだろう。ああ、世界は補完された。幸福に満ち満ちている。愛するあの子を悦ばせて満足させられるのは俺しかいないのだから。

『  さあ  密兄さま  ここへ来て  』

あの子の声が耳をくすぐる。気持ちよすぎて、身体がふわふわとする。

『  僕を  めちゃくちゃにして  』

ああ、お前が望むなら、何だってしてやる。

『  何処までも  酷く  犯して  』

俺は泉の首筋に、噛みついた。
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