影牢 -かげろう-

焦燥の狂宴

02

二度目とはいえ、発情期になど慣れたものでもない。何とか遣り過ごしてはいるが、いつか何かの拍子に箍たがが外れて醜い獣のように成り下がってしまうのではないかと思うと、心が凍った。

もう、何処かに消えてしまいたい。誰も知らない場所で、誰にも知られないまま、激情に身を任せることが出来たのならどんなにか。

ただただ楽になりたい、と願うことは怠惰に他ならない。文句は努力をしてから言え。私にはまだ文句を言う資格すらない。どんなに内面が悩み苦しみ悶えたところで、お腹は空く。浅ましくてもそれが人間というもの。私は門倉に給仕をして貰いながら更に部屋で数日を過ごした。

体調が戻ってきた頃には、日射しは既に暑い夏のものになっていた。

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「お嬢様、お時間でございます」

背後に佐藤親子を付き従えて、門倉が現われた。

今夜は遂に、お披露目の夜会。

心などひとつも躍ることはないが、唯一救いだといえるのは発情期が既に過ぎたこと位だろう。少なくとも今夜は、そろそろ発情するのではないかと怯えながら過ごす必要がなくなった。それだけでも僥倖ぎょうこうだと思わなければやっていられない。

仮縫いから今日までの間に完璧に仕立て上げられたドレスは、男の僕から見ても、ひどく煌きらびやかで、豪奢ごうしゃで、溜め息が出るほどの美しさだった。こんな僕を飾るために存在するには勿体ないほどの素晴らしい出来栄えだった。

ならば、僕も完璧に演じ切らなければならない。このドレスに見合うほどの、可憐で清新で誰もが羨む美貌と地位を手に入れた幸せの頂いただきに君臨する少女として、北白川家次期当主の伴侶として、このお披露目を成功させる義務が僕にはあるからだ。

それが僕を引き取り育ててくれた父様と母様と兄さまたちと、この家や僕に係わる全ての人たちへの、せめてもの恩返しなのだから。

さあ、『私』は北白川　美澄。今夜が一世一代の晴れ舞台。この日のために僕は此処にいる。見事に演じ切って魅せましょう。パーティーは、これからだ。