19 / 94
逆行する歯車
03
しおりを挟む
「あら、見つかっちゃったわ」
悪戯を咎められた子供のように、チラリと赤い舌を見せて彼女は笑った。成程、小悪魔というのは此れか。美しいのは天使だけかと思ったら、悪魔というものも随分蠱惑的に麗しいらしい。
「みすみさま、お探し致しましたよ。大奥様がお呼びでございます」
どうやら祖母に呼ばれてきたらしい。真っ白なワンピースは光を反射して、より彼女の肌の白さを浮き立たせる。
胸元のリボンを、ほどいてみたい、と思った。
「真愛さま、此方においででしたか。そろそろピアノのお時間です。先程から佐藤が探しておりました」
門倉の言葉に頷く。だが、ピアノよりも今は彼女の声を聴いていたい。心の琴線を弾いて鳴り止まない、至上の音楽を。
「あら、じゃあ君が真愛くんね?初めまして、私は“みすみ”よ」
ゆっくりと地面に膝をつくと、目線を合わせて覗き込み、にっこりと笑った。先程までの淡い印象は消え、意思の強さと快活さが顔を出す。瞳の力に飲み込まれそうだった。
「真愛です。初めまして、みすみさん」
己の知る限り、最も優雅で美しく見える角度とタイミングで、彼は彼女に微笑み返した。隣で門倉の眉が僅かに跳ね上がる。聡明な故に老成した彼が、初対面の人間に笑いかけることなど皆無だったからだ。
「噂通り本当に美しい方ね、君は。どうぞ仲良くしてくださいな、“ちかちゃん”」
真っ直ぐな笑顔で、彼女は彼を呼んだ。その愛称で呼ばれるのは初めてのことで、他の誰でもない彼女が名付けてくれたその名を、心の一番奥の深い深い処にある宝箱の中に、壊れないようにそっと仕舞いこんだ。
何にも汚れないように、誰からも汚されないように。
柔らかで滑らかな天鵞絨の布に包んで、時折ちらりと覗いてはまだ其処にあの時の儘変わらずに在ることを確認して、安心する。
未だ彼女を確かに愛していると、色褪せない記憶は存在していると、確認して安心する。変わらない己の想いに、安心する。もうこの世界の何処にも彼女が存在しないからこそ、確かめずにはいられない。試さずにはいられない。この心は濁らずに生涯彼女だけを見詰めていられるのかと。
あの運命の邂逅以来、彼女には一度も逢えなかった。逢えないまま、彼女はこの世に別れを告げた。本当の天使が一瞬だけ、彼の元に降臨した。そう信じてしまいそうになる程、夢現の出来事だった。
そして直ぐに、彼女の忘れ形見と出逢うことになる。
その子供は、天使の面差しを遺していた。だが彼女と比べると、違和感だけが際立った。彼女の痕跡を散見はしても、同質同量の存在ではないことを厭でも実感させる。天使ではない、唯の子供。美しい面影を遺すだけの、普通の子供。
だからこそ、認められない。あの天使の遺伝子を遺すのが、こんな不完全で心許ない存在である筈がない。ありえない。彼女の跡を継ぐ者が、何の力もない幼な子で赦される筈がない。
彼女の出来損ないのレプリカを、僕は赦すことが出来なかった。
幼な子に罪はなかった筈なのに。僕もまた幼かったが故の、愚かな過ち。恋というものは此れ程までに人間を愚かにするものだと、義務教育が始まるより前に、僕は学んでいたのだった。
悪戯を咎められた子供のように、チラリと赤い舌を見せて彼女は笑った。成程、小悪魔というのは此れか。美しいのは天使だけかと思ったら、悪魔というものも随分蠱惑的に麗しいらしい。
「みすみさま、お探し致しましたよ。大奥様がお呼びでございます」
どうやら祖母に呼ばれてきたらしい。真っ白なワンピースは光を反射して、より彼女の肌の白さを浮き立たせる。
胸元のリボンを、ほどいてみたい、と思った。
「真愛さま、此方においででしたか。そろそろピアノのお時間です。先程から佐藤が探しておりました」
門倉の言葉に頷く。だが、ピアノよりも今は彼女の声を聴いていたい。心の琴線を弾いて鳴り止まない、至上の音楽を。
「あら、じゃあ君が真愛くんね?初めまして、私は“みすみ”よ」
ゆっくりと地面に膝をつくと、目線を合わせて覗き込み、にっこりと笑った。先程までの淡い印象は消え、意思の強さと快活さが顔を出す。瞳の力に飲み込まれそうだった。
「真愛です。初めまして、みすみさん」
己の知る限り、最も優雅で美しく見える角度とタイミングで、彼は彼女に微笑み返した。隣で門倉の眉が僅かに跳ね上がる。聡明な故に老成した彼が、初対面の人間に笑いかけることなど皆無だったからだ。
「噂通り本当に美しい方ね、君は。どうぞ仲良くしてくださいな、“ちかちゃん”」
真っ直ぐな笑顔で、彼女は彼を呼んだ。その愛称で呼ばれるのは初めてのことで、他の誰でもない彼女が名付けてくれたその名を、心の一番奥の深い深い処にある宝箱の中に、壊れないようにそっと仕舞いこんだ。
何にも汚れないように、誰からも汚されないように。
柔らかで滑らかな天鵞絨の布に包んで、時折ちらりと覗いてはまだ其処にあの時の儘変わらずに在ることを確認して、安心する。
未だ彼女を確かに愛していると、色褪せない記憶は存在していると、確認して安心する。変わらない己の想いに、安心する。もうこの世界の何処にも彼女が存在しないからこそ、確かめずにはいられない。試さずにはいられない。この心は濁らずに生涯彼女だけを見詰めていられるのかと。
あの運命の邂逅以来、彼女には一度も逢えなかった。逢えないまま、彼女はこの世に別れを告げた。本当の天使が一瞬だけ、彼の元に降臨した。そう信じてしまいそうになる程、夢現の出来事だった。
そして直ぐに、彼女の忘れ形見と出逢うことになる。
その子供は、天使の面差しを遺していた。だが彼女と比べると、違和感だけが際立った。彼女の痕跡を散見はしても、同質同量の存在ではないことを厭でも実感させる。天使ではない、唯の子供。美しい面影を遺すだけの、普通の子供。
だからこそ、認められない。あの天使の遺伝子を遺すのが、こんな不完全で心許ない存在である筈がない。ありえない。彼女の跡を継ぐ者が、何の力もない幼な子で赦される筈がない。
彼女の出来損ないのレプリカを、僕は赦すことが出来なかった。
幼な子に罪はなかった筈なのに。僕もまた幼かったが故の、愚かな過ち。恋というものは此れ程までに人間を愚かにするものだと、義務教育が始まるより前に、僕は学んでいたのだった。
0
お気に入りに追加
15
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
膀胱を虐められる男の子の話
煬帝
BL
常におしがま膀胱プレイ
男に監禁されアブノーマルなプレイにどんどんハマっていってしまうノーマルゲイの男の子の話
膀胱責め.尿道責め.おしっこ我慢.調教.SM.拘束.お仕置き.主従.首輪.軟禁(監禁含む)
【※R-18】αXΩ 懐妊特別対策室
aika
BL
αXΩ 懐妊特別対策室
【※閲覧注意 マニアックな性的描写など多数出てくる予定です。男性しか存在しない世界。BL、複数プレイ、乱交、陵辱、治療行為など】独自設定多めです。
宇宙空間で起きた謎の大爆発の影響で、人類は滅亡の危機を迎えていた。
高度な文明を保持することに成功したコミュニティ「エピゾシティ」では、人類存続をかけて懐妊のための治療行為が日夜行われている。
大爆発の影響か人々は子孫を残すのが難しくなっていた。
人類滅亡の危機が訪れるまではひっそりと身を隠すように暮らしてきた特殊能力を持つラムダとミュー。
ラムダとは、アルファの生殖能力を高める能力を持ち、ミューはオメガの生殖能力を高める能力を持っている。
エピゾジティを運営する特別機関より、人類存続をかけて懐妊のための特別対策室が設置されることになった。
番であるαとΩを対象に、懐妊のための治療が開始される。
壁穴奴隷No.19 麻袋の男
猫丸
BL
壁穴奴隷シリーズ・第二弾、壁穴奴隷No.19の男の話。
麻袋で顔を隠して働いていた壁穴奴隷19番、レオが誘拐されてしまった。彼の正体は、実は新王国の第二王子。変態的な性癖を持つ王子を連れ去った犯人の目的は?
シンプルにドS(攻)✕ドM(受※ちょっとビッチ気味)の組合せ。
前編・後編+後日談の全3話
SM系で鞭多めです。ハッピーエンド。
※壁穴奴隷シリーズのNo.18で使えなかった特殊性癖を含む内容です。地雷のある方はキーワードを確認してからお読みください。
※No.18の話と世界観(設定)は一緒で、一部にNo.18の登場人物がでてきますが、No.19からお読みいただいても問題ありません。
俺と父さんの話
五味ほたる
BL
「あ、ぁ、っ……、っ……」
父さんの体液が染み付いたものを捨てるなんてもったいない。俺の一部にしたくて、ゴクンと飲み込んだ瞬間に射精した。
「はあっ……はー……は……」
手のひらの残滓をぼんやり見つめる。セックスしたい。セックスしたい。裸の父さんに触りたい。入れたい。ひとつになりたい。
■エロしかない話、トモとトモの話(https://www.alphapolis.co.jp/novel/828143553/192619023)のオメガバース派生。だいたい「父さん、父さん……っ」な感じです。前作を読んでなくても読めます。
■2022.04.16
全10話を収録したものがKindle Unlimited読み放題で配信中です!全部エロです。ボリュームあります。
攻め×攻め(樹生×トモ兄)、3P、鼻血、不倫プレイ、ananの例の企画の話などなど。
Amazonで「五味ほたる」で検索すると出てきます。
購入していただけたら、私が日高屋の野菜炒め定食(600円)を食べられます。レビュー、★評価など大変励みになります!
首輪 〜性奴隷 律の調教〜
M
BL
※エロ、グロ、スカトロ、ショタ、モロ語、暴力的なセックス、たまに嘔吐など、かなりフェティッシュな内容です。
R18です。
ほとんどの話に男性同士の過激な性表現・暴力表現が含まれますのでご注意下さい。
孤児だった律は飯塚という資産家に拾われた。
幼い子供にしか興味を示さない飯塚は、律が美しい青年に成長するにつれて愛情を失い、性奴隷として調教し客に奉仕させて金儲けの道具として使い続ける。
それでも飯塚への一途な想いを捨てられずにいた律だったが、とうとう新しい飼い主に売り渡す日を告げられてしまう。
新しい飼い主として律の前に現れたのは、桐山という男だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる