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憂鬱な朝食
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兄さまたちの会話を遠くに聞き流しながら、ただただ食べ物を摂取して消化する。味など分かるはずもない。時折投げかけられる言葉に笑顔で応えながら、一見穏やかに朝食は進んでいった。
「さてと、では本題に入ろうか」
何の気負いもなく、食後のコーヒーを片手にするりと場を掌握するのは勿論雪兄さまだ。間の取り方が抜群に巧いのは、際立った長所といえるだろう。
ふわふわとしていた空気が、一瞬にして引き締まる。
給仕の使用人たちが吸い込まれるように扉の向こうへと消えていき、残ったのは門倉だけになった。静かに扉が閉まる音を合図に、雪兄さまが一堂をゆっくりと見回した。
「知っての通り、我々は北白川直系の後継者候補だが、それについて春から話がある」
名前を呼ばれた春兄さまは少しためらいながら、口を開いた。
「俺は、お前たちも知ってるようにサポートというか、裏方向きの人間だ。どうも人の上に立つのは性分に合わない。人には向き不向きがあるし、残念ながら俺は…北白川当主の器じゃない」
俯きながら、選ばれ、つむがれる言葉は穏やかだが、破壊力抜群だった。
「俺は雪の下について、雪を支えることを選んだ。ここに、北白川の当主争いからの離脱を宣言する」
言い切った後の顔は、清々しさに満ち溢れていた。
北白川の家に生まれ、日本有数の財閥の直系男子として生きてきた兄さまたちにとって、当主への道筋を断念する、と決断することは生半なことではない。自身を支えてきてくれた派閥を裏切り、栄誉を投げ捨てることに等しいからだ。
「父さんには了解を得ている」
雪兄さまが春兄さまを労うように、優しく微笑んだ。春兄さまは確かに補佐向きで、当主になるには優しすぎることは、誰の目にも明らかだった。決断までの葛藤は想像して余りあるので、もう今は何も言わずに受け入れるのが、兄弟としての正しい姿だろう。
「仕方ないね、こればっかりは。了解!僕に異論はないよ」
少しばかり拗ねた口調の裏には、寂しさと共に、わずかな羨ましさが混在している。
「雪兄につく、ってところが納得いかないけどね!」
憎まれ口を叩きながらも優しい笑顔で春兄さまを見つめる月兄さまは、世に言うツンデレに違いない。何だかんだで仲がいいのだ、この人たちは。相続をめぐって骨肉の争い、なんてことにならないのは余裕があるからなのか育ちのよさなのか、私には分からないけれど。
「愛にも異存はないね?」
雪兄さまが話を振っても、愛兄さまは応えない。すっと春兄さまを一瞥して、また沈黙を続ける。
それだけで否ではないことを感じ取れるのは、血を分けた兄弟だからだろう。長年の経験と勘で、愛兄さまの言わんとしていることを推し量れるのは、ここにいる我々と門倉くらいのものだ。両親にさえ困難なのだから。
「皆すまない。認めてくれて、ありがとう」
肩の荷が下りたといわんばかりに身体中を弛緩させて、溶けたチョコレートのように椅子にへばりついている春兄さまはいつもより幼く見えた。重責と足枷から解き放たれて心底安心している様子を見ると、素直にお疲れ様と言いたくなるほどだった。
「さあ、そういうわけだから、春は一抜けだ。今後は僕の補佐という形で仕事をしてもらう。皆の賛成も得られた今、春の庇護者は僕となる」
野心に燃えるような様は一切見せない雪兄さまだが、たった一言でその場の空気を作り変え、いつの間にか中心へたどり着き、君臨していく場面を幾度となく見せられている。
春兄さまのサポートを得たならば、より一層後継者争いからは抜きん出た形になるだろう。雪兄さまは決して自ら手を挙げるわけではないのに、いつの間にか周囲から持ち上げられリーダーにと望まれる。
「さてと、では本題に入ろうか」
何の気負いもなく、食後のコーヒーを片手にするりと場を掌握するのは勿論雪兄さまだ。間の取り方が抜群に巧いのは、際立った長所といえるだろう。
ふわふわとしていた空気が、一瞬にして引き締まる。
給仕の使用人たちが吸い込まれるように扉の向こうへと消えていき、残ったのは門倉だけになった。静かに扉が閉まる音を合図に、雪兄さまが一堂をゆっくりと見回した。
「知っての通り、我々は北白川直系の後継者候補だが、それについて春から話がある」
名前を呼ばれた春兄さまは少しためらいながら、口を開いた。
「俺は、お前たちも知ってるようにサポートというか、裏方向きの人間だ。どうも人の上に立つのは性分に合わない。人には向き不向きがあるし、残念ながら俺は…北白川当主の器じゃない」
俯きながら、選ばれ、つむがれる言葉は穏やかだが、破壊力抜群だった。
「俺は雪の下について、雪を支えることを選んだ。ここに、北白川の当主争いからの離脱を宣言する」
言い切った後の顔は、清々しさに満ち溢れていた。
北白川の家に生まれ、日本有数の財閥の直系男子として生きてきた兄さまたちにとって、当主への道筋を断念する、と決断することは生半なことではない。自身を支えてきてくれた派閥を裏切り、栄誉を投げ捨てることに等しいからだ。
「父さんには了解を得ている」
雪兄さまが春兄さまを労うように、優しく微笑んだ。春兄さまは確かに補佐向きで、当主になるには優しすぎることは、誰の目にも明らかだった。決断までの葛藤は想像して余りあるので、もう今は何も言わずに受け入れるのが、兄弟としての正しい姿だろう。
「仕方ないね、こればっかりは。了解!僕に異論はないよ」
少しばかり拗ねた口調の裏には、寂しさと共に、わずかな羨ましさが混在している。
「雪兄につく、ってところが納得いかないけどね!」
憎まれ口を叩きながらも優しい笑顔で春兄さまを見つめる月兄さまは、世に言うツンデレに違いない。何だかんだで仲がいいのだ、この人たちは。相続をめぐって骨肉の争い、なんてことにならないのは余裕があるからなのか育ちのよさなのか、私には分からないけれど。
「愛にも異存はないね?」
雪兄さまが話を振っても、愛兄さまは応えない。すっと春兄さまを一瞥して、また沈黙を続ける。
それだけで否ではないことを感じ取れるのは、血を分けた兄弟だからだろう。長年の経験と勘で、愛兄さまの言わんとしていることを推し量れるのは、ここにいる我々と門倉くらいのものだ。両親にさえ困難なのだから。
「皆すまない。認めてくれて、ありがとう」
肩の荷が下りたといわんばかりに身体中を弛緩させて、溶けたチョコレートのように椅子にへばりついている春兄さまはいつもより幼く見えた。重責と足枷から解き放たれて心底安心している様子を見ると、素直にお疲れ様と言いたくなるほどだった。
「さあ、そういうわけだから、春は一抜けだ。今後は僕の補佐という形で仕事をしてもらう。皆の賛成も得られた今、春の庇護者は僕となる」
野心に燃えるような様は一切見せない雪兄さまだが、たった一言でその場の空気を作り変え、いつの間にか中心へたどり着き、君臨していく場面を幾度となく見せられている。
春兄さまのサポートを得たならば、より一層後継者争いからは抜きん出た形になるだろう。雪兄さまは決して自ら手を挙げるわけではないのに、いつの間にか周囲から持ち上げられリーダーにと望まれる。
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