4 / 94
憂鬱な朝食
02
しおりを挟む
月兄さまよりもずっと年上に見える、真愛兄さま。だが実際は、今春大学生になったばかりの未成年だ。
しかし、その姿を見た者は一様に息を飲む。その凄絶なまでの色気と美貌に。抜き身のナイフ、というと陳腐に聞こえるが、まさにその通りの怜悧かつ冷徹な空気をまとい、流す視線ひとつにもゾッとするような色気が漂う。面差しは雪兄さまと似てはいるが、完全に非なるものだ。型は同じでも、中に籠められた何もかもが異なる。
異質、の一言に尽きる。
同じ血を分けた兄弟の中で一人だけ。次元の違う異質さをもって生まれてしまった愛兄さまは、心というものを母様の子宮に置き去りにしてきたのだろう。恐ろしいほどの美貌と、明晰という言葉では片付けられない知性とを引き換えに、心を無くした化け物。口性ない連中には、そう呼ばれている。
北白川の鬼子。
愛を冠する名を持つ、
愛を知らない化け物。
末弟の四子、北白川 真愛。
私はこの人がこわい。恐ろしい。寒気がするほど。逃げ出したい。吐き気がするほど。
でも全て飲み込んで腹に納めて、ことさら優雅に、誰がどこから見ても美しい角度で、完璧に微笑む。
まるで恋する乙女のように。
「今朝も麗しいですね、愛兄さま」
返事など期待してはいない。愛兄さまが言葉を発するなど余程のことがない限りあり得ないと皆が知っているので、回答が必要な問い掛けなどそもそも誰もしないのだ。睫毛の一本も揺らすことなく、美しい人形のようにただそこに在るだけの存在。人であることを放棄した無機質さを見せつけながら、確かに息づき強烈な存在感を放つ。
こんな人間を私は他に知らない。
北白川真愛という人間は、世界にただ一人しかいない。
誰にも似ていない。孤高の存在だ。無二のくせに儚い。
私が世界で最も憎んでいる男。
そして、私が世界で最も愛している男。
「全員揃ったことだし、始めようか」
雪兄さまの一言で一斉に時間が動き出す。忙しなく、でも秩序ある動きで朝食の用意が調えられていく。優雅なワルツでも見ているようだ。使用人たちの洗練された無駄のない動きは、門倉の教育の賜物だろう。音もなく静かに進む食事の合間に、兄さまたちの会話がさしはさまれていくのを半分だけ覚醒した意識で応えつつ、半身を深い深い闇の中へと沈ませる。
ぽつり、とコールタールのようにこっくりとした黒い滴が一滴、心の水面を揺らして堕ちる。
徐々に波紋は拡がり、じわりじわりと闇が裾から吸い上げられてあっという間に黒く染め上げていくのを、ただじっと眺めていた。
このまま何も感じられないように
黒く黒く光など届かないほどに黒く
内側から塗り潰してしまえばいいーーー
そう願いながらも時折ちらちらと明滅しながら見え隠れするあの人の横顔に、穏やかだったはずの黒海が波立っていく。
美しすぎる、けれど酷薄すぎるその容姿は諸刃の刃。どうしようもなく惹き付けられる者もいれば、本能的恐怖で逃げ出す者もいる。一度囚われてしまえば、抜け出すことなど不可能。飼い慣らされ、翼を折られ、主の挙動に一喜一憂するだけの愚かな存在になりさがる。
ーーーまるで私だ。
しかし、その姿を見た者は一様に息を飲む。その凄絶なまでの色気と美貌に。抜き身のナイフ、というと陳腐に聞こえるが、まさにその通りの怜悧かつ冷徹な空気をまとい、流す視線ひとつにもゾッとするような色気が漂う。面差しは雪兄さまと似てはいるが、完全に非なるものだ。型は同じでも、中に籠められた何もかもが異なる。
異質、の一言に尽きる。
同じ血を分けた兄弟の中で一人だけ。次元の違う異質さをもって生まれてしまった愛兄さまは、心というものを母様の子宮に置き去りにしてきたのだろう。恐ろしいほどの美貌と、明晰という言葉では片付けられない知性とを引き換えに、心を無くした化け物。口性ない連中には、そう呼ばれている。
北白川の鬼子。
愛を冠する名を持つ、
愛を知らない化け物。
末弟の四子、北白川 真愛。
私はこの人がこわい。恐ろしい。寒気がするほど。逃げ出したい。吐き気がするほど。
でも全て飲み込んで腹に納めて、ことさら優雅に、誰がどこから見ても美しい角度で、完璧に微笑む。
まるで恋する乙女のように。
「今朝も麗しいですね、愛兄さま」
返事など期待してはいない。愛兄さまが言葉を発するなど余程のことがない限りあり得ないと皆が知っているので、回答が必要な問い掛けなどそもそも誰もしないのだ。睫毛の一本も揺らすことなく、美しい人形のようにただそこに在るだけの存在。人であることを放棄した無機質さを見せつけながら、確かに息づき強烈な存在感を放つ。
こんな人間を私は他に知らない。
北白川真愛という人間は、世界にただ一人しかいない。
誰にも似ていない。孤高の存在だ。無二のくせに儚い。
私が世界で最も憎んでいる男。
そして、私が世界で最も愛している男。
「全員揃ったことだし、始めようか」
雪兄さまの一言で一斉に時間が動き出す。忙しなく、でも秩序ある動きで朝食の用意が調えられていく。優雅なワルツでも見ているようだ。使用人たちの洗練された無駄のない動きは、門倉の教育の賜物だろう。音もなく静かに進む食事の合間に、兄さまたちの会話がさしはさまれていくのを半分だけ覚醒した意識で応えつつ、半身を深い深い闇の中へと沈ませる。
ぽつり、とコールタールのようにこっくりとした黒い滴が一滴、心の水面を揺らして堕ちる。
徐々に波紋は拡がり、じわりじわりと闇が裾から吸い上げられてあっという間に黒く染め上げていくのを、ただじっと眺めていた。
このまま何も感じられないように
黒く黒く光など届かないほどに黒く
内側から塗り潰してしまえばいいーーー
そう願いながらも時折ちらちらと明滅しながら見え隠れするあの人の横顔に、穏やかだったはずの黒海が波立っていく。
美しすぎる、けれど酷薄すぎるその容姿は諸刃の刃。どうしようもなく惹き付けられる者もいれば、本能的恐怖で逃げ出す者もいる。一度囚われてしまえば、抜け出すことなど不可能。飼い慣らされ、翼を折られ、主の挙動に一喜一憂するだけの愚かな存在になりさがる。
ーーーまるで私だ。
0
お気に入りに追加
15
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
膀胱を虐められる男の子の話
煬帝
BL
常におしがま膀胱プレイ
男に監禁されアブノーマルなプレイにどんどんハマっていってしまうノーマルゲイの男の子の話
膀胱責め.尿道責め.おしっこ我慢.調教.SM.拘束.お仕置き.主従.首輪.軟禁(監禁含む)
壁穴奴隷No.19 麻袋の男
猫丸
BL
壁穴奴隷シリーズ・第二弾、壁穴奴隷No.19の男の話。
麻袋で顔を隠して働いていた壁穴奴隷19番、レオが誘拐されてしまった。彼の正体は、実は新王国の第二王子。変態的な性癖を持つ王子を連れ去った犯人の目的は?
シンプルにドS(攻)✕ドM(受※ちょっとビッチ気味)の組合せ。
前編・後編+後日談の全3話
SM系で鞭多めです。ハッピーエンド。
※壁穴奴隷シリーズのNo.18で使えなかった特殊性癖を含む内容です。地雷のある方はキーワードを確認してからお読みください。
※No.18の話と世界観(設定)は一緒で、一部にNo.18の登場人物がでてきますが、No.19からお読みいただいても問題ありません。
俺と父さんの話
五味ほたる
BL
「あ、ぁ、っ……、っ……」
父さんの体液が染み付いたものを捨てるなんてもったいない。俺の一部にしたくて、ゴクンと飲み込んだ瞬間に射精した。
「はあっ……はー……は……」
手のひらの残滓をぼんやり見つめる。セックスしたい。セックスしたい。裸の父さんに触りたい。入れたい。ひとつになりたい。
■エロしかない話、トモとトモの話(https://www.alphapolis.co.jp/novel/828143553/192619023)のオメガバース派生。だいたい「父さん、父さん……っ」な感じです。前作を読んでなくても読めます。
■2022.04.16
全10話を収録したものがKindle Unlimited読み放題で配信中です!全部エロです。ボリュームあります。
攻め×攻め(樹生×トモ兄)、3P、鼻血、不倫プレイ、ananの例の企画の話などなど。
Amazonで「五味ほたる」で検索すると出てきます。
購入していただけたら、私が日高屋の野菜炒め定食(600円)を食べられます。レビュー、★評価など大変励みになります!
首輪 〜性奴隷 律の調教〜
M
BL
※エロ、グロ、スカトロ、ショタ、モロ語、暴力的なセックス、たまに嘔吐など、かなりフェティッシュな内容です。
R18です。
ほとんどの話に男性同士の過激な性表現・暴力表現が含まれますのでご注意下さい。
孤児だった律は飯塚という資産家に拾われた。
幼い子供にしか興味を示さない飯塚は、律が美しい青年に成長するにつれて愛情を失い、性奴隷として調教し客に奉仕させて金儲けの道具として使い続ける。
それでも飯塚への一途な想いを捨てられずにいた律だったが、とうとう新しい飼い主に売り渡す日を告げられてしまう。
新しい飼い主として律の前に現れたのは、桐山という男だった。
成り行き番の溺愛生活
アオ
BL
タイトルそのままです
成り行きで番になってしまったら溺愛生活が待っていたというありきたりな話です
始めて投稿するので変なところが多々あると思いますがそこは勘弁してください
オメガバースで独自の設定があるかもです
27歳×16歳のカップルです
この小説の世界では法律上大丈夫です オメガバの世界だからね
それでもよければ読んでくださるとうれしいです
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる