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戦闘服とローヒール
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スーツは働く男の戦闘服、なんて言い方をよくする。
老若男女の区別なく、剥き出しの自分をさらけださないように、世間や社会に向けて擬態することを武装だというのであれば。
たとえ薄皮一枚の存在であっても、すべからく戦闘服であるといえるだろう。
であるならば。
僕の戦闘服は、このスカートだ。
目が覚めてから身支度を済ませ着替えるまでのすべてを。
この部屋で独りで行う僕にとっては、唯一この部屋だけが心の拠り所であり、砦でもある。
唯一、本当の自分をさらけ出せる場所。
扉を開けて一歩でもここから出てしまえば、完璧な役者であることを要求されている。
どれだけ面倒だろうと、どれだけ偽りの仮面であろうと、生きている間は被り続けなければならない。
どんな道化の役であろうと、演じなければ生きられない。生きることを許されない。
だから、スカートをはきおえた瞬間から心のスイッチを切り替える。文字通り、心のスイッチを切ってしまうのだ。そして、役になりきる。本当の自分を守るためにまとう鎧。それが僕にとってのスカートだ。
いつもと同じ朝。
毎日同じ時間に目を覚まし、毎日同じローテーションで身支度を済ませる。
顔を洗い、トイレを済ませ、歯を磨き、髪をとかす。真っ直ぐに伸びた漆黒の髪は腰に届こうかという長さで、手入れをするのが面倒で仕方ない。いつか衝動的に短く切り落としてしまいそうで、洗面所にはあえて鋏を持ち込まないようにしている。
自分で結ぶのは億劫なので、おろすだけにしている。気が向けば誰かが結んでくれるだろう。
クローゼットを開けると、まるで花畑だ。色鮮やかな可愛らしい服が咲き乱れ、ふわふわと舞い踊っている。女の子らしい、という言葉がぴったりの、少女趣味。
ーーー目眩がする。
だが、他に着る服もない。
どれでもいいのだ。どれだって同じ。
着せ替え人形になったと思って完璧な少女を演じるまでだ。
襟と手首にシフォンのフリルが幾重にもついた柔らかな白いブラウス。コルセットのついたミントと白のストライプ地のフレアスカート。白いハイソックスにもご丁寧に、フリルとリボンがついている。そしてラウンドトゥの黒いエナメルシューズ。ヒールは奥ゆかしい3㎝。文句のつけようがないほど少女らしいコーディネート。
鏡に写るのは、僕じゃない。
これは、僕じゃない。
そう言い聞かせながら、膨らみのかけらもない胸に真っ白なブラジャーを装着する。これは装着としか言いようがない。
だって、包み込むものなど何もないのに。
もっと酷いのは、下の方だ。
小さな布に隠しきれない膨らみを押し込む時、無意識のうちに片頬が歪む。皮肉げに笑おうとして、いつも失敗するからだ。はみ出した己の性を視認する度に、胃の奥がチリチリとする。
ひどく滑稽で、
ひどく惨め。
これが僕の毎朝のローテーションだ。
毎朝同じように苦い何かを飲み込んで戦闘態勢に入る。ここを一歩出たら、僕は僕じゃなくなる。周囲の望むような完璧に美しい少女になる。あの人の望む、『彼女』になりきる。
それが、僕の生命がここにあることを許された唯一の理由なのだから。
本当の僕を知っているのは、世界で僕自身しかいない。時々、本当の僕なんていなくて僕の方が偽りの存在じゃないかと、怖くなる時がある。
現実にはとっくに僕なんていなくて『私』の方こそが本物なんじゃないのかと、信じてしまいそうになる。
誰も僕を呼ばない。僕を必要としていない。必要なのはいつだって『彼女』だけ。愛され、求められ、惜しまれるのはいつだって『彼女』なのだから。もうどこにもいない『彼女』の姿を追い求めて、追い続けて、僕を追い詰めたあの人。あの人の瞳に映るのは、僕じゃない。
老若男女の区別なく、剥き出しの自分をさらけださないように、世間や社会に向けて擬態することを武装だというのであれば。
たとえ薄皮一枚の存在であっても、すべからく戦闘服であるといえるだろう。
であるならば。
僕の戦闘服は、このスカートだ。
目が覚めてから身支度を済ませ着替えるまでのすべてを。
この部屋で独りで行う僕にとっては、唯一この部屋だけが心の拠り所であり、砦でもある。
唯一、本当の自分をさらけ出せる場所。
扉を開けて一歩でもここから出てしまえば、完璧な役者であることを要求されている。
どれだけ面倒だろうと、どれだけ偽りの仮面であろうと、生きている間は被り続けなければならない。
どんな道化の役であろうと、演じなければ生きられない。生きることを許されない。
だから、スカートをはきおえた瞬間から心のスイッチを切り替える。文字通り、心のスイッチを切ってしまうのだ。そして、役になりきる。本当の自分を守るためにまとう鎧。それが僕にとってのスカートだ。
いつもと同じ朝。
毎日同じ時間に目を覚まし、毎日同じローテーションで身支度を済ませる。
顔を洗い、トイレを済ませ、歯を磨き、髪をとかす。真っ直ぐに伸びた漆黒の髪は腰に届こうかという長さで、手入れをするのが面倒で仕方ない。いつか衝動的に短く切り落としてしまいそうで、洗面所にはあえて鋏を持ち込まないようにしている。
自分で結ぶのは億劫なので、おろすだけにしている。気が向けば誰かが結んでくれるだろう。
クローゼットを開けると、まるで花畑だ。色鮮やかな可愛らしい服が咲き乱れ、ふわふわと舞い踊っている。女の子らしい、という言葉がぴったりの、少女趣味。
ーーー目眩がする。
だが、他に着る服もない。
どれでもいいのだ。どれだって同じ。
着せ替え人形になったと思って完璧な少女を演じるまでだ。
襟と手首にシフォンのフリルが幾重にもついた柔らかな白いブラウス。コルセットのついたミントと白のストライプ地のフレアスカート。白いハイソックスにもご丁寧に、フリルとリボンがついている。そしてラウンドトゥの黒いエナメルシューズ。ヒールは奥ゆかしい3㎝。文句のつけようがないほど少女らしいコーディネート。
鏡に写るのは、僕じゃない。
これは、僕じゃない。
そう言い聞かせながら、膨らみのかけらもない胸に真っ白なブラジャーを装着する。これは装着としか言いようがない。
だって、包み込むものなど何もないのに。
もっと酷いのは、下の方だ。
小さな布に隠しきれない膨らみを押し込む時、無意識のうちに片頬が歪む。皮肉げに笑おうとして、いつも失敗するからだ。はみ出した己の性を視認する度に、胃の奥がチリチリとする。
ひどく滑稽で、
ひどく惨め。
これが僕の毎朝のローテーションだ。
毎朝同じように苦い何かを飲み込んで戦闘態勢に入る。ここを一歩出たら、僕は僕じゃなくなる。周囲の望むような完璧に美しい少女になる。あの人の望む、『彼女』になりきる。
それが、僕の生命がここにあることを許された唯一の理由なのだから。
本当の僕を知っているのは、世界で僕自身しかいない。時々、本当の僕なんていなくて僕の方が偽りの存在じゃないかと、怖くなる時がある。
現実にはとっくに僕なんていなくて『私』の方こそが本物なんじゃないのかと、信じてしまいそうになる。
誰も僕を呼ばない。僕を必要としていない。必要なのはいつだって『彼女』だけ。愛され、求められ、惜しまれるのはいつだって『彼女』なのだから。もうどこにもいない『彼女』の姿を追い求めて、追い続けて、僕を追い詰めたあの人。あの人の瞳に映るのは、僕じゃない。
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